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リン酸多すぎ問題(肥料について)

有機物マルチ型の不耕起栽培で家庭菜園をやっていると、肥料についてはあまり考えることがありません。最初の一、二年こそあらかじめ漉き込んだ有機物が分解するまでの繋ぎで化成肥料をやったりもしますが、それを過ぎれば草や収穫残渣やらのマルチが分解して肥料になるだろう位の認識で、野菜は大体育っています。本当は定期的に土壌診断を受けるべきであるとは知っていますが、猫の額ほどの家庭菜園に土壌診断はあまりに高価なので、問題が出るまではこのまま放置です。

ところが、コンテナでバラやクレマチスを育てるにあたってはちょっと事情が異なります。コンテナ内の培養土は畑の表土とは異なり、その生物相は余りにも貧弱です。バクテリアや菌類はどこにでもいるものなので、きっと培養土内にも大量にいるのでしょうし、きっとセンチュウとかもいるに違いないのですが、それより高次の、目に見える大きさの虫やらミミズやらはいないというか、わざといない環境を作っています。マルチにしても美観の関係上、装飾バークとかを使っているので有機物の分解による継続的な肥料分の補給というのは望めません。コンテナ栽培で多年生の植物を育てようと思うと、どうしても肥料の継続的な施用が必要になります。

畑みたいに土壌生物が大体何とかしてくれるだろうという期待は薄く、培養土の役割を、植物の体を支え、根が成長する空間を与えるだけに限定する、どちらかと言えば水耕栽培よりのスタンスで考えます。となると必要なのは化成肥料です。

早速、どんな肥料が良いのかとホームセンターに行って色々眺めてみます。微量要素についても気になるところではありますが、まずは窒素、リン酸、カリの比率です(NPK)。

まずはバラの専用肥料から。
ところがこれが沢山の種類があるんですね。しかもみんなNPKの比率が違う。

住友化学園芸のマイローズ 10:13:6
プロトリーフのバラの肥料 3:6:5
ハイポネックスのバライフ、バラのまくだけ肥料 7:23:6
花ごころのばらの肥料 6:8:5

住友化学園芸と花ごころは比率としては大体同じですが、プロトリーフはカリが多く、ハイポネックスはリン酸がとても多い。もうこの辺で私には何が正しいのか分からなくなります。

クレマチスの専用肥料だと

プロトリーフのクレマチスの肥料 3:6:6
ネット調べではありますが
クレマチス専門の春日井園芸センター 4:14:0.7
同じくクレマチス専門の及川フラグリーン 3.5:3.7:3.3

と、これもバラバラです。同じ種類の植物専用肥料なんだから、何か統一した基準とかあってしかるべきだとか泣き言を言いたくなります。

この辺でどうやら専用肥料は思ったほど専用ではないのかも知れないと疑念を抱くようになります。

そう言えば以前、連作障害について調べていた時に、植物が使う肥料分は植物の種類にはあまり関係なく、ほぼ一定であるという説があることを紹介したことを思い出します。最近、YouTubeで英語のリスニング代わりによく聴いている園芸家のRobert Pervis氏も3:1:2がベストなんだって強調してます。そこで、この線で調べてみることにします。

連作障害の話で紹介していた論文が依拠していたのがこちらです。その中から拾ってきたグラフがこれです。

Figure 2. Phosphorus, potassium, calcium and magnesium concentrations versus nitrogen in foliage of coniferous (●), deciduous (○) and herbaceous (▼) species as found in the literature (see Appendix). The dashed lines represent the optimum nutrient ratio.
KNECHT et al, (2004)

これは様々な論文からデータを拾ってきて、植物の葉に含まれるリン、カリ、カルシウム、マグネシウムを窒素を基準にしてグラフにしたものです。リンと窒素の比率は割とどの植物も一定なのが見て取れます。カリウムと窒素はばらつきが大きいかも知れません。

この結果から論文の著者らが推定する植物内の最適な肥料分の比率を表にしたのがこれです。ちなみに、肥料の袋に書いてあるN:P:Kの比率は実際にはN:P2O5:K2Oの数値なので、下表のPには(リン酸の分子量/リンの原子量)を、Kには(酸化カリウムの分子量/カリウムの原子量)を掛けるとN:P:Kの比率がほぼ3:1:2になります。(以下、単にN:Pと書くときは窒素:リン、N:P2O5と書くときは窒素:リン酸を指すことにします)

じゃあ、植物の体の中のN:P2O5:K2Oの比率はみんな大体3:1:2なのかというとそういうわけでもなさそうです。上のグラフは、自然界の植物のNPKの比率を測定したものですが、N : P ratios in terrestrial plants: variation and functional significanceという論文に、人工的に植物に与える窒素とリンの比率を変えて、シュートの中の窒素とリンの比率がどう変わるかを紹介したグラフがあったので拾ってきました(使っている植物はカヤツリグサの一種です)。

Dependence of N : P ratios in the shoot biomass of Carex curta on the N : P ratio of the nutrient solution for plants grown during 6 months in an open glasshouse with c. 45% daylight (high light, HL) or in a closed, shaded glasshouse with c. 10% daylight (low light, LL). Variation in N : P supply ratios was created through inverse variation in N and P supply to maintain the geometric mean of N and P at a fixed level, which was 14.3 mg per plant for high nutrient level (HN) and 4.8 mg per plant for low nutrient level (LN). For each combination of light and nutrient levels the regulatory coefficient H was calculated as the inverse slope of a regression line fitted to log-transformed variables (regression lines not shown). Coefficients > 1 indicate homeostasis. (S. Güsewell, unpublished data.)

植物は与えられる窒素の割合が多いとそれなりに多い割合で窒素を吸収します。逆にリンが多ければリンを多めに吸収します。ただ、与えられた比率がそのままシュートの生長に使っているわけでもなく、何らかの調整は行われているようです。

グラフに描いてある斜めの破線が植物に与えられた窒素とリンの比率がシュートに使われる窒素とリンの比率に一致する1:1の割合を示しています。植物に当てる光の量や肥料の総量によっても異なりますが、N:Pでおおむね5から20:1くらいです(N:P2O5に直すと2から8:1くらい)。

じゃあ、植物の生長はどうかという話になると同論文に以下のグラフがあります。

Dependence of the shoot biomass of Carex curta on the N : P ratio of the nutrient solution for plants grown during 6 or 18 months in an open glasshouse with c. 45% daylight. Variation in N : P supply ratios was created through inverse variation in N and P supply to maintain the geometric mean of N and P at a fixed level, which was 14.3 mg per plant for 6 months and 28.7 mg per plant for 18 months. (S. Güsewell, unpublished data.)

これはシュートのN:P比率によってシュートの大きさがどのくらい変わるかという結果ですが、N:P比率で7から16:1あたりまでが最大でそのレンジではほとんど生長量は変わりません。

以上の二つの結果を総合するとどうやらN:P2O5比率では、やはり3~6:1くらいがちょうど培養土中に肥料残りの偏りが出ることも少なく、生長も良さそうな気がしてきます。

ちなみにリン酸は土壌に吸着しやすく、あまり動かないことで知られていますが、リン酸が過剰に蓄積するとウリ類その他で病害が発生しやすくなるという論文があります。こういうのは程度問題なので、ちょっとやそっとリン酸が蓄積しても問題なかろうとは思うのですが、まあ気分の問題です。

(じゃあ、だいぶ3:1からずれている専用肥料のN:P2O5は何なんだろうという疑問が湧いてきますが、そもそものところ、数時間論文を漁ったことから得られた結果が、肥料のプロの熟慮された結果より優れているなんて根拠はどこにもありません。きっとそれぞれの肥料の配合にはそれぞれのきちんとした理由がある筈です。使っている培養土や実験条件の違いなど差異を生む要素は幾らでもあります。残念ながら、その配合の根拠を知る機会はなさそうなのですが、一度どこかで肥料メーカー同士で集まって討論会とかやって頂ければとても興味深いものになるとは思います。)

K2Oの私にとっての理想の比率はよく判りませんが、とりあえずN:P2O5:K2O=3:1:2でいくことにします。

比率を決めたのはいいとして、ところがこの比率って意外と日本では売ってないんですね。大体どれもリン酸が多い。アメリカのメジャーどころでMiracle-Gro Water Soluble All Purpose Plant Food, 24-8-16っていうのあって丁度いいのですが、日本で買うと大きいパッケージしか売ってないし、妙に高価です。ハイポネックスのスティックってのが8:3:4で比率としてはかなり近いのですが、ホームセンターに売っている気配がありません。通販で買うとなると送料で悩みます。

ここで思い出しました。家庭菜園を始めたばかりの頃に買って、ちょっと使ったまま15年ほども放置していた尿素と過リン酸石灰、硫酸カリの小袋があった筈です。埃だらけの袋を見つけ出し、成分表と見比べながら配合割合を計算すると、どうやら尿素:過リン酸石灰:硫酸カリで10:10:6で良さそうです。

長々を悩みましたが、これで肥料も決まりました。あとはこれをやり過ぎないように注意しながら、バラやクレマチスが丈夫に育ってくれることを祈るばかりです。

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