化学肥料は土壌微生物を殺さない

洋の東西を問わずよく目にする園芸情報の一つに化学肥料は土の中の微生物を殺しちゃうので出来るだけ使わないようにしましょうというのがあります。理由は、長期に渡って化学肥料を使用すると土が酸性化し、さらには土壌中の有機物も減るので微生物の数や多様性が失われるから」ということです。

理由に関しては至極ごもっともです。化学肥料中の窒素成分は微生物の働きによって硝酸塩に変わります。それが蓄積されていけばいずれ土は酸性化するでしょう(現実的には石灰でも撒けば解決する問題ですが)。有機物を直接土に供給しているわけではありませんから、化学肥料は先の硝酸塩を生成する細菌以外の餌にはなりません。徐々に土壌中から有機物が減っていくこともあるかも知れません。

だが、その理由をもって化学肥料が微生物を殺すというのは論理の飛躍が過ぎます。カギになるのは比較の対象と長期という言葉です。

化学肥料の比較対象が同程度の肥料分を持つ有機質肥料だったとき、化学肥料が土壌微生物に与える影響は有機質肥料に比べて見劣りします。有機質肥料は肥料分の他に微生物の餌となる有機物を含んでいるのですから。有機高分子を分解し無機の肥料分を得るには多くの微生物の関与が必要です。しかし化学肥料が微生物に有害かどうかを調べる際の比較対象は、有機質肥料をまいた畑ではなく、何も肥料をまかなかった農地であるべきです。

化学肥料の主成分である窒素やリン、カリなどは微生物にとっても体を作るために必要な成分です。ですが、ほとんどエネルギー源にはなりません。人間の食事との比較で言えばサプリメントのようなものです。サプリメントの効果を調べるときに同じだけの栄養を含んだちゃんとした食事と比べたとしましょう。サプリメントだけを長期に渡り摂取していたら体の調子を崩すに違いありません。しかし、だからと言ってサプリメントを摂取すれば死ぬとはなりません。比較対象は何も食べなかった時であるべきです。何も食べなかった時と比べて、サプリメントだけを摂った時により早く体調を崩せば、サプリメントが毒だという証拠になるでしょう。

無肥料の農地と化学肥料を施した農地と比べた実験結果では
(Tao et al: Supplementing chemical fertilizer with an organic component increases soil biological function and quality、
Mandic et al: Effect of different fertilizers on the microbial activity and productivity of soil under potato cultivation)
化学肥料の施肥は単独でも土壌微生物の数を増やします。殺すのではありません。増やすのです。もちろん有機質肥料と併用すればさらに効果は上がります。
同じ論文を取り上げている動画を見つけたのでリンクを張ります。)

土の中への有機物の供給は植物によるものの影響が大きい。化学肥料は微生物への直接の栄養源にはなりにくくても植物の成長に貢献します。根からの分泌物や根毛の生え変わりなどで土壌中に排出する有機物や地上部の剥落が土壌生物によって地中に持ち込まれる量を増やせれば、それは微生物にとっても利益です。

長期という言葉に関しては、そりゃ研究のために長期に渡って農地に化学肥料だけを施肥し、経過を観察することには意味があると思います。しかし化学肥料が万能のように考えられていた時代ならいざ知らず、今時化学肥料だけを長期に渡って施用し続けている農家はそうはいないと思います。平成9年度と些か古い調査でも畑作農家の87.4%が堆肥を施用しています((財)日本土壌協会: 堆肥施用の現状と今後の利用促進)。堆肥の重要性は周知されていますし、例え堆肥を施用しなくても作物の根などの残渣を漉き込むくらいはします。さらに繰り返しになりますが、土壌が酸性化してくるなら石灰を撒けばいいのです。別に何も難しいことはありません。

化学肥料が好きか嫌いかということはあるでしょうし、主義主張もあると思います。好きな人は使うでしょうし、嫌いな人は使わない。料理のうまみ調味料と似たところがあって、使うと楽においしく出来るのですが、嫌いな人は頑として使いません。使わない人が上手に美味しい料理を作れるのは大したものだと尊敬しますし、その技術を後世に残していくことに意義はあると思います。ただ、嫌いを通り越してうま味調味料が健康に悪いとか言われると意味が違ってきます。

普通に市販されている化学肥料は冴えない色をした粒々です。見た目こそ微妙ですが人類の叡智の結晶の一つであり、人類を飢餓から救い続けてきています。

普通の農家の方へのお願いです。化学肥料を使うこと自体は土壌中の微生物にとっても益になりこそすれ害にはなっていません。ですから化学肥料を撒くたびに微生物を殺しているんじゃないかと良心の呵責に苛まれることなく、これからも立派で美味しい野菜や穀物をたくさん作って頂けたらと思います(もちろん使わない人のポリシーは尊重します)。

そして明日の(主に私の)食卓を豊かにして頂けると本当にありがたく思います。

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