「失われた30年(20年)」の失われた意味

(この投稿は、どこかで読みかじった今や記憶もあいまいな記事を元にしています。あまり内容に自信がないので、特に年配の方の異論をお待ちしております)

昨今、「失われた30年」(ひと昔前は20年でした)という言葉はバブル経済以降、日本の経済成長が停滞しているという意味で用いられているようです。しかし、この言葉と共に持ち出される、例えば日本のGDPの推移を示したグラフを見るにつけ、「失われた~年」という言葉の持つ意味は単なる経済の停滞を示すものだったろうかと自問してしまうのです。

実際、経済の停滞と言っても別にマイナス成長しているというわけではありません。安倍政権の時に戦後最長の好景気などと報じられたように、好景気という実感はあまり感じられないものの数字上はそれほど悪くもありません。GDPの伸び率も潜在成長率位には収まっています。移民がバンバン入って、人口が拡大し続けているアメリカなどと違い、世界に先駆けていち早く高齢化しつつある日本にしてはよくやってるほうだと個人的には感じています。

ではなぜ、「失われた~年」という表現が未だによく使われているのかと言えば、一つには政府批判に繋げやすいことが挙げられると思います。本来あるべき経済成長の姿が、何者かによって奪われ失われた日本、というイメージを作るための言葉です。経済運営に大きな役割を果たす政府こそがその何者かに当たると示唆することで、古今東西、大人気なテーマである政府批判に結びつけることが出来ます。

ですが、元の「失われた20年」という言葉の背景にある喪失感、時代精神は単なる政府批判ではなかった気がするのです。(この言葉の生みの親は作家の村上龍氏だとどこかで読んだ覚えがあるのですが、自信はありません。)

話は80年代に遡ります。

80年代の好景気は後にバブル景気と呼ばれることになるわけですが、当時を生きる人にとっては根強い土地神話、強い消費、好調な企業業績を背景にした株高による、投資すれば儲かる時代であって、ヤバいと薄々は感じている人はいたでしょうが、多くの人はそれがバブルとして盛大にはじけるなんてことは予想していませんでした。そして80年代の好景気には一つの大きなテーマがありました。それは「アメリカに経済で勝つ」ということです。

終戦後数十年を経た80年代当時、実際に太平洋戦争に従軍した人は多くはいなかったでしょうが、戦後の焼け跡を経験した世代、父母を戦争で亡くした人たちは多くいました。それらの人たちにとって戦争でアメリカに負けたということは、とても大きなことでした。流石にもう一度戦争するわけにもいきませんから、今度は経済で、そのアメリカに追いつき追い越すということが戦後の大きなテーマの一つだったのです。その集大成が80年代の好景気でした。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本をアメリカ人の著者が書いたということは、アメリカが日本の勝利を受け入れたように感じさせましたし、アメリカの象徴でもあるエンパイアステートビルの日本企業による買収なども日本の勝利を感じさせる出来事でした。私は当時ただの学生でしたが、これらの事象を我がことのように喜ぶ人々が多くいたことを覚えています。猛烈に働くサラリーマンを企業戦士と物騒な呼び方をしたのも故のないことではありません。80年代の好景気の持つ時代精神は、この「日本が一体となってアメリカに経済で勝つ」という熱気にあったと私は思います。

しかし、うたかたの夢は儚く破れます。土地や株式の価格の下落と共に発生した巨額の不良債権の処理に苦しむ日本はその後、長きに渡る低成長に甘んじることになり、「失われた20年」という言葉が人気を博することとなります。ただ、ここで強調したいのは「失われた」のは単なる経済成長ではなく、みんなで巨大なアメリカに挑むという熱気、目的感だったということです。

バブルがはじけ、結局日本は経済でもアメリカに勝つことは出来ませんでした。その喪失感と共に日本は戦後ずっとそれでやってきた進路を失ってしまいます。日本はこれからどう進むべきなのか、閉塞感と共に続く長い自問自答の年月こそが「失われた~年」だと私は解釈していました。

ただ、こんな話も今となっては詮のないことです。年月は流れ、太平洋戦争は記憶ではなく、歴史の一ページとなりつつあります。「今度こそ日本がアメリカに勝つ」ことを目標にしようなどと真顔で言っても誰にも受け入れては貰えないでしょう。そもそも戦う意味が判らないと返されるのがオチです。

日本は長い自問自答の年月の間、答えを外ではなく、内に見出して来たと私は感じます。ここで「日本は」という大きな主語を使ってしまいましたが、実際にはそれぞれの人たちがそれぞれの立場で平和で安定した社会システムを作るために尽力されたと感じます。人々はそれぞれがそれぞれの生活を良くするために考え、行動してきたと考えます。

80年代の奇妙な熱気、一体感はもうありません。バブル後の喪失感も遠い記憶となりつつあります。「失われた~年」が政府批判のための単なる枕詞となってしまうのも良くも悪くも時代の流れなのかも知れません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?