自然農法の収量はなぜ慣行農法に比べて劣るのか

野に咲く花は人間が肥料を与えなくても育ちます。それはまるっきり肥料分なしで植物が育つという意味ではなく、植物は人に頼らずとも肥料分を集める方法を持っているという意味です。

雨水はわずかな肥料分をもたらしますし、落ち葉などの有機物は微生物によって分解され、植物によって利用されます。何より大きいのは植物は他の生物(特に菌類)と協力して自らの生長に必要な成分を集めることが出来ることです。

この菌類との協力には植物にとって単に肥料分を集める手助けになるだけでなく、他にもメリットがあります。根の代わりに菌類のネットワークが広く土壌の中に拡がるので、植物の根が病原菌と接触する機会が減ります。さらに植物が菌類や他の微生物に渡す光合成生成物によって、土壌の生態系が豊かになり、病原菌に対するチェック&バランスが働くことにより、耐病性が上がります。また、土の中の微生物が増え、土の団粒化など植物の生長にとって良い環境を作ることにも繋がります。

これらの効果は自然農法は勿論、大抵の土壌生態学の本でも大きく賛美されるところです。

但し、この植物と他の生物との協力関係は、一見良いこと尽くめのように思えますが、こと農業として考えたときには大きな落とし穴があります。それは、植物にとって協力関係を結ぶための対価は只ではないということです。

植物の種類や生育のステージによって大きく変わりますが、トータルで植物はその光合成産物の30%から50%を協力関係の対価に支払います。植物の周りの生物は、この光合成産物をエネルギーとし、ネットワークを張って植物にとって必要な肥料分を供給します。お互いに利益のある関係ではありますが、もし、この光合成産物が全て植物の生長に使われていたら、植物は単純計算で1.4倍から2倍もの大きさに生長できるでしょうし、それがさらなる光合成をもたらすと考えるなら差はもっと大きくなります。

ここに化学肥料の大きな利点があります。他の生物との協力関係は植物主導で結ばれています。植物は利用できる十分な肥料分があれば、協力関係を打ち切ることが出来ます。植物に微生物に頼らない形で肥料分を人間が供給してやれば、植物は微生物に支払う対価である光合成産物を自らの生長に使うことが出来るようになります。

しかし一方で、植物と他の生物の協力関係によってもたらされていた耐病性や土壌の改善といった効果は必然的に弱まってしまいます。化学肥料が微生物を殺すわけではなく、むしろ微生物にとっても化学肥料は栄養となるのですが、植物にとってみれば、微生物に頼らずとも肥料が手に入るなら微生物に対する栄養供給を行う必要がなくなってしまい、植物の耐病性に有利に働いていた生態系にとってネガティブな影響をもたらすからです。これは植物を育てる側にとっては堆肥などの形で土壌生態系に栄養を供給してやる必要があると共に、植物が病気に罹った時の適切な対処の仕方や土壌の維持管理についてより多くの知識が要求されるということでもあります。

結局、どちらにもそれなりのメリットがあります。じゃあ、どっちが良いんだよという話になると農業として生計を立てていくことを考えるなら化学肥料を使った慣行農法、収量を追わないで済む家庭菜園なら自然農法が優れていると考えます。

自然農法は収量こそ見劣りするものの、一旦軌道にのってしまえば圧倒的に簡単です。病気にも罹りにくいので、あまり病気について心配する必要はありませんし、従って農薬を買う必要もさしてありません。所詮はアマチュアである家庭菜園家にとって、植物の病気を見分け、適応のある農薬を選び、適切な処置を行うことはかなりハードルが高く、植物が周りの生物と協力して病気に罹らないよう努めてくれるなら、多少の対価が支払われたとしても利得は大きいのです。肥料分は植物が周りの微生物と協力して集めるので、人間側で肥料設計について悩む必要もありません。収量についても、もともとの規模が小さいので多少減ったとしても大したことでもありません。

また、自然農法の利点とされる豊かな生態系は生態系に頼らない農法にとっては不安定要素でしかありません。周りに農地がないような裏庭なら理解のある家人に恵まれれば多少の虫は勘弁してもらえます。

一方で、業としてやっていくなら収量の多寡は大問題です。農地の規模が大きければ大きいほど単位面積当たりの収量の差は収入の大きな差となります。プロフェッショナルであれば、植物の病気や農薬についての知識を集めることや周りの専門機関に頼ることも比較的簡単ですし、そうでなければやっていけません。化学肥料や農薬、土壌分析に掛かる費用は増えた収量から捻出することが出来ます。

慣行農法よりもさらに徹底して植物の周りの生物との協力関係を排除した農法に水耕栽培があります。植物に対する肥料分は養液から供給され、植物が協力関係を結ぼうにも養液中二はろくに微生物もいません。こうした農法では植物は光合成産物をフルに成長にまわし、収量は素晴らしく高いものになり得ます。その代わり、人間が養液の制御から防疫に至るまで植物の面倒をすべて見てやる羽目になります。

2050年くらいには世界の人口はピークに達し、そこから人口は減っていきます。現在でさえ、2050年に推定される総人口を養うに充分な食糧を生産出来ています。食糧難については心配する必要はありません。ただ、少しでも豊かな生活を願っている人たちの為にも十分な食料を安価に提供できることがこれからもずっと農業のテーマであり続けることは確かだと思います。

また一方で環境意識の高まりにより、自然農法に対する期待も大きくなっているように思います。そうは言っても期待ばかりで現実には一向に自然農法が拡がりを見せないのは夢を見過ぎて経済性を無視した結果ではないかとも思うのですが。

どの農法にも一長一短はあります。○○農法が世界を救うなんてことを期待するより、各人がそれぞれの環境に応じて適切な農法を選択することが重要であると考える次第です。

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