【青空文庫】アクセスランキング・ジャンル別分析(XHTML版_2021年)
前書き
著作権の消滅した作品などを閲覧できる青空文庫では、公開作品ファイルへのアクセスランキングを、上位500位まで掲載している。
今回はこのランキング表をもとに、ランキング内作品のジャンル別割合を集計、分析してみた。
「青空文庫で人気のジャンルは何なのか?」
「このジャンル内で、最も人気の作品は何なのか?」
という素朴な疑問に、数値データで回答することを目的としている。
普段は読まないジャンルの人気作品を知る機会になるだろう。
読者にとって、新しい読書や考察へのきっかけとなれば幸いである。
前提条件
※今回は前提条件が長いので、結果のみ知りたい方は、適宜目次などからジャンプしていただければと思う。
1. 対象はXHTML版ランキング(2021年通年)
ランキング外の作品や、テキスト版(2021年通年)は対象外。
2. 「ジャンル」=「NDC分類の第3次区分の名称」に準じる
※NDC分類については下記引用、及び引用元のページを参照のこと。
各作品の分類番号は下記の作品データ欄に記載されている(例)。
上記の「NDC 913」の場合は、ジャンルは「小説、物語」となる。
※厳密には「(日本文学の)小説、物語」や「(英米文学の)小説、物語」などで割り当てられている番号は異なるが、今回は原書の言語ではジャンルを区別せずに集計している。
3. 一つの作品に複数のジャンルがある場合は個別のジャンル数に加算
下記のように、1つの作品に複数の分類が付けられている場合がある。
上記〔雨ニモマケズ〕は「NDC 911」 の「詩歌」に分類されると同時に、「NDC 916」の「記録、手記、ルポルタージュ」にも分類される。
このような場合には、それぞれのジャンル数に加算をして集計している。
※〔雨ニモマケズ〕の一作品で、ジャンル「詩歌」と「記録、手記、ルポルタージュ」の計2カウントとなる。
4. ジャンルとしての「児童書」はカウントしない
下記のように、NDC番号に英字の ”K” が付されている場合がある。
これは「児童書」であることを意味し、NDC分類と重複して表される。
上記の「赤いくつ」の場合は、「NDC 949」の「その他のゲルマン文学」である「児童書」と分類される。
今回の集計上は、ジャンルとしての児童書は集計していない。
※「赤いくつ」は、単に「その他のゲルマン文学」として集計。
基本情報
基本的な数値は下記にまとめた。
ランキング500位の作品数は500(うち、106作品が児童書に分類)。
ジャンル種類は41種。複数のジャンルが付された作品が18あり、合算したジャンル数は523となった。
1. アクセスランキング上位10ジャンル
アクセスランキング500位以内のジャンル数で順位付けを行うと、下記のような結果となった。
1位はダントツで「小説、物語」(344カウント)となった。
次点で「評論、エッセイ、随筆」(51カウント)が2位である。
割合円グラフにしてみると、6割以上が「小説、物語」で占められていることがわかる。
前提として、青空文庫に掲載されている作品として「小説、物語」が多いということもあるだろうが、それでも偏りは顕著である。
「青空文庫で最も人気のジャンルは何なのか?」という問いに対しては、
「小説、物語」がアクセス人気の高いジャンルである、というのが答えになるだろう。
2. ジャンル別アクセスランキングTOP作品紹介
では、「それぞれのジャンル内で、最もアクセスランキング順位の高い作品」は何なのだろうか。
それがわかれば、たとえば、
"青空文庫の「小説、物語」(ジャンル名)の中では、
「〇〇」(作品名)がアクセス人気が最も高い”
という紹介の仕方ができるだろう。
前項の集計の結果をもとに、アクセスランキング上位10ジャンルについて、ジャンル内で最もアクセス順位の高い作品をピックアップしてみた。
筆者自身、これを機会に初めて触れた作品もあるので、簡単な感想も添えてみたいと思う。
※カッコ内は、XHTML版アクセスランキングの順位。
1. 「小説、物語」
「小説、物語」ジャンル内でのアクセスランキング順位TOPは、
太宰 治の『走れメロス』(2位)である。
もはや紹介不要なほど有名な作品ではある。
中学国語の授業で触れた人も多いだろう。
人間不信の暴君に逆らった牧人メロスは、捕らわれ処刑されることになるが、唯一の肉親である妹の結婚式をあげるため、親友セリヌンティウスを人質とすることで一時的に故郷へと戻る。約束の刻限までに城下へ戻らなければ、親友が自分の身代わりに処刑されてしまうが、道程は険しく…。
というのがかいつまんだ粗筋だろうか。
改めて読み直して印象に残ったのが下記の一文だ。
生きるために走るのはわかる。走るために走るのも理解できる。
だが殺されるために、生きた肉体を駆使して走るというのは、なんという不合理あるいは不条理だろう。
もちろんメロスもただ殺されるためではなく、その先の名誉・信実の証しのために殺されることを意味づけているわけだが。
仮に自分だったら、”殺されるために走る”なんて芸当ができるだろうかなどと、つい立ち止まってしまった。
とはいえ、全体としてはテンポのよい文体で読みやすい作品であると思う。メロスのくよくよとした葛藤にすら、小気味良いリズムを感じる。
そういったところにも人気の理由があるのかも知れない。
2. 「評論、エッセイ、随筆」
「評論、エッセイ、随筆」ジャンル内でのアクセスランキング順位TOPは、
鴨 長明の「方丈記」(17位)である。
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。」ではじまる、鎌倉時代に書かれた随筆。
古典日本三大随筆のひとつとされる(他ふたつは「枕草子」と「徒然草」)。
「方丈」は、一丈(約3メートル)四方の空間のこと。釈迦の弟子、維摩居士が文殊菩薩と問答したと伝えられる狭い空間になぞらえた、鴨長明の居住空間が意識されているのであろう。
災害や飢饉を目の当たりにして痛切に感じた人の生の儚さと、俗世を離れ独り暮らす心情とを綴った作品。
数百年前に記された文章だが、改めて読むと現代にも通ずる感覚がところどころに見られる。
上記の引用のような矛盾・背反あるいは二重拘束は、多かれ少なかれ誰しもが突き当たる悩みではないだろうか。
また、一見すると世を離れ達観したようでいて、自らの死を前にしてどこか悩みを捨てきれないような気持ちを書き残しているのが印象深かった。
3. 「詩歌」
「詩歌」ジャンル内でのアクセスランキング順位TOPは、
宮沢 賢治の「〔雨ニモマケズ〕」(1位)である。
こちらももはや紹介が不要なほど有名すぎる「作品」である。
賢治の没後に発見されたメモ書きで、「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」からはじまり、「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」で結ばれる。
素朴なあこがれを綴った文体が、多くの人に共感を呼ぶのだろうか。
一方で井上陽水などは「ワカンナイ」なんて歌を歌ってもいるが。
上記の引用箇所などは、「自分がそうなりたい像」というよりは、
むしろ「他人にとって都合の良い人間像」であるように思われる。
自分が自分に望んでいるのではなくて、ほんとうは自分が他人に望んでいる姿といえばよいだろうか。
結局は自分を勘定に入れてほしい、よく見て、聞いて、わかって、忘れないでほしい…ということの裏返しなのではないか。
個人的な意見だが、「自分」が関わる以上は「自分」は勘定に入れておくべきではないかと思う。
正確に計算できるかはさておくとしても。
4. 「戯曲」
「戯曲」ジャンル内でのアクセスランキング順位TOPは、
シェークスピア ウィリアム の「ロミオとヂュリエット」(53位)である。
訳者は坪内逍遥。
世界最大の劇作家として名高いシェイクスピアの作品だ。
対立するモンタギュー家とキャピュレット家の争いに翻弄される、ロミオとジュリエットの悲恋を描いた戯曲である。
青空文庫に掲載されている本作は、言葉遣いが些か古めかしい。
底本は1933年初版となっているので、100年近く前なのだからそういうものか。印象としては歌舞伎・浄瑠璃調だとでも言おうか?
例として、誰もが一度は聞いたことがあるだろう台詞を引いてみる。
すべての漢字にルビが振ってあるのが、逆に読みにくさを助長する感も。
戯曲すなわち演劇用の台本としての使用を想定し、俳優が声に出しやすいように配慮されている事によるのだろうけれど。
ロミオとジュリエットに初めて触れるひとが読むのではなく、ほかの現代語訳版と比較して読むことで、趣の違いを感じるのが良さそうだ。
5. 「詩」
「詩」ジャンル内でのアクセスランキング順位TOPは、
上田 敏の「海潮音」 (177位)である。
この作品は、30名近くの外国詩人の詩作を訳した訳詩集だ。
マラルメ、ヴェルレーヌなど、「象徴主義・象徴派」の詩を初めて日本で紹介した作品とされる。特にカアル・ブッセの次の訳詩が有名だ。
ほかの訳詩文も全体的に七五調で統一されている。
声に出して読んでみると、リズムもより楽しめる。
個人的にはアンリ・ドゥ・レニエの「花冠」が、よかった。
6. 「その他のゲルマン文学」
「その他のゲルマン文学」ジャンル内でのアクセスランキング順位TOPは、
アンデルセン ハンス・クリスチャン の「赤いくつ」(204位)である。
靴も履くことができないほど貧しい女の子カレンと、彼女が履くことになる「赤いくつ」との童話。なかなか怖い童話だ。
「赤いくつ」は、少なくとも平和や幸福の象徴などではない。
「信仰」や敬虔さにそぐわないが、つい心惹かれてしまうほど美しいもの。恩を忘れて悪魔的な赤いくつに魅入られてしまったカレンの行く末は。
青空文庫の作品ページに掲載されている挿絵の(墓所で天使と合う)シーンが印象的だった。
7. 「日記、書簡、紀行」
「日記、書簡、紀行」ジャンル内でのアクセスランキング順位TOPは、
紀 貫之 の「土佐日記」(32位)である。
日本最古の日記文学のひとつとされる。古今和歌集の選者のひとりである紀貫之が、土佐国から京への旅路の最中の出来事を綴っている。
文中には何首かの和歌が登場する。
引用は娘を亡くしたことの想いについて詠まれた和歌。
自分も昨年、友人が亡くなったので、殊の外、惹きつけられるものがあった。
8. 「記録、手記、ルポルタージュ」
「記録、手記、ルポルタージュ」ジャンル内でのアクセスランキング順位TOPは、宮沢 賢治の「〔雨ニモマケズ〕」(1位)である。
「詩歌」の項でも説明したように、元は宮沢賢治が書き残した手記から抜粋されていることから、「記録、手記、ルポルタージュ」の分類が付されているのだろう。
内容の紹介については繰り返しとなるので割愛させていただく。
9. 「日本思想」
「日本思想」ジャンル内でのアクセスランキング順位TOPは、
三木 清 「人生論ノート」(321位)である。
三木清はハイデガーに師事した日本の哲学者で、第二次世界大戦中の治安維持法により逮捕され、そのまま獄中死した。
「人生論ノート」は「死について」、「幸福について」といったテーマに沿って綴られた随筆である。「日本思想」ではあるが、論文形式ではないので、一般読者にとっても読みやすいと思われる。
「幸福について」のテーマから気になった部分を引用してみた。
なるほど改めて問われてみると、幸福について真正面から考えてみることが、あまりないかも知れない。幸福について考えることは想像以上に労力や勇気がいる。ともすれば現状がなんらかの不幸であることを認め、そこから脱するための工夫を施すことを自身に課さざるを得なくなるから。だが、だからこそひとりひとりが考えるべきなのかもしれない。
10. 「個人伝記」
「個人伝記」ジャンル内でのアクセスランキング順位TOPは、
福沢 諭吉の「福翁自伝」(243位)である。
ご存知1万円札の肖像に描かれている福沢諭吉の、幼少期から老年に至るまでを記した作品。本人の口述を筆記したものが、「時事新報(福沢諭吉が創刊した日刊紙)」に連載されていたと冒頭に記されている。
幼少期に稲荷様の神体の石をその辺の石と取り替えた話だとか、長崎遊学中に偽りの身分を保証するニセ手紙を出して、逗留先に手厚くもてなしてもらった話など、偉人の在りし日の「武勇伝エピソード」が面白おかしく読めたりもする。
現在の慶應義塾大学の起源である蘭学塾を開いた福沢諭吉だが、自分の子への教育・養育について下記のようなことを書いているのが興味深かった。
内容の適否はともかく、「獣身を成して後に人身を養う」という文言は面白い。身体の健康があってこそ、というのは頷ける部分がある。
まとめ
青空文庫テキスト版・2021年通年のアクセスランキングから集計した結果、
といったことがわかった。
また、各ジャンル別のアクセス数ランキングTOPという視点で光を当ててみると、新しい作品への出会いがあった。
今後もまた別な角度からデータを紐解くことで、読者の方々への何らかの役にたてれば幸いである。
(補足・注意事項)
集計作業に注意は払っているが、正確性を保証するものではない。
本記事はあくまでアクセス数ランキングをもとに再構成をしたものであり、個別の作品・作家の優劣を示すことを意図したものではない。
本記事内のデータ利用により生じた損害について、筆者は何ら責任を負うものではない。
本記事で参照したデータは、「XHTML版 アクセスランキング (2021.01.01 - 2021.12.31)」(https://www.aozora.gr.jp/access_ranking/2021_xhtml.html)で公開されているものである。
NDC分類の付与については、https://www.aozora.gr.jp/index_pages/person_all.html
で公開されている「公開中 作家別作品一覧拡充版:全て(CSV形式、UTF-8、zip圧縮)」を利用した。
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