& episode 006
僕がくにちゃんと付きあい始めたのは、桜がほころび始める3月。
銀行の内々定が出て、本命を控えた時期だった。
僕は、研究室からの推薦で大手建設会社の内定が決まったところだった。
理想的なキャリアはエッジが効いた憧れの建築家の元で働くことだったが、社会人としてのスタートは組織だった会社の方が、後々仕事がしやすいぞという先輩からの助言に従った。
くにちゃんは、手堅く銀行の総合職の内々定をゲットし、迎え撃つは本命の総合商社を待つという時期、僕は彼女に「海を見に行かないか?」と誘った。
学生よろしく深夜まで渋谷のカフェで話した後、レンタカーで外房の犬吠埼までドライブ。疲れ果てた彼女は、移動中眠りに落ちてしまった。
もちろん、僕も男なのでそれは計算済みではあるけれど。
彼女が寝息を立て始めると、僕は一度車を停めて後部座席からブランケットを取り出した。姉からこっそり借りてきた、ミナ・ペルフォネンがデザインしたブランケット。値段はそこそこ張るらしいが、軽さと温かさを備えていると姉はご満悦だった。
深夜すぎに都心を離れ、犬吠埼に着いたのは朝方だった。
時計を見やると、6時前。コンビニに立ち寄り、彼女を起こした。
「着いたよ。なにか食べ物買おうか」
彼女は、目をこすりながらトルティーヤとプリンとカフェオレを選んだ。
「組み合わせ悪くない?」
と思わず僕は彼女に言った。
身体が欲しているのと彼女は言い、プリンの蓋を開けた。
東の空が明るくなってきた。
日の出の時間だ。
僕は、海岸へ車を走らせた。
地平線に沿って空が橙色に染まっていく。
波打ち際を歩く二人。
水面から顔を出す朝陽に、くにちゃんは見入っていた。
さざ波と僕らの呼吸以外なにも聴こえない。
深呼吸をして、僕は彼女にこう告白をした。
「僕、君を支えたいと思う。
だから、羽ばたいてきなよ、世界に」
後日談になるけれど、この日のことを彼女は本命企業の面接で話をしたそうだ。
帰り道、改めて朝ごはんで食べた海鮮丼がとても美味しかったと添えて。
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