【orchidノ気紛レ-侵蝕-】
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白茶ノ白昼夢を願い請うた断片は、恐怖ノ侵蝕。
つまらない三次元リアルワールドのデイリータスクは今日も今日とてトラブルなしに終わる。昼休み中に没収されたスマホは、ご丁寧にピカピカに磨かれて返ってきた。出勤中は業務用スマホしか使わないから帰るまでに持ってきてくれれば困らないけれど……。
「……本当に遊んだんだ」
だからコーヒー飲みすぎたとか言ってトイレに駆け込んでいたのか。
あ、やばい、想像したらちょっと笑いそう。駅蕎麦が喉に詰まりそう。
――マジで笑いそうになったから、チャットログでも眺めることにした。
会社の裏グルチャのクソリプに一応の既読を付ける処世術を発動。
あとは、幼馴染が何かスタンプ連打してる。なんだこれ。……痴漢?
……なんだ本人じゃなくて……友達?オフちゃんって、ああ、あの人。
先輩含め皆一同が過保護する天然ふわふわさん。曰く投稿を読めと。
『さっき電車が揺れたときにぎゅうぎゅう詰めになっちゃいました。
男の人だらけで、ちょっとだけ怖かったです(৹˃ᗝ˂৹)
あ!でも怖い目に遭う前にちゃんと途中下車しましたよ。
ホームで見れた綺麗なお星様とカフェラテでリフレッシュしたし、
もう大丈夫です♪次の電車に乗って帰ります。
心配をかけないために、帰ったらまた連絡しますね(⑅•ᴗ•⑅)』
なるほど。それでグルチャが信者とアンチで祭になってると。
――――知らないんだろうね、あんたら。
結露したプラスチックカップを掴んで冷や水を喉に流し込みながら、
片手でアカウントを起動してフリック入力を始める。
『DM失礼。オフベージュさん、あの書き方だと痴漢報告だと思う奴とか普通にいるんで、身バレ防止にもあんま場所とか性別とか書かないほうがいいですよ。やりとり忙しいでしょうから返信不要。』
送信完了。スマホを冷房避けのカーディガンのポケットに突っ込んで、なるべく丁寧にと心の中で唱えてから空の天蕎麦の器とトレイを返却台に乗せて、「ごちそうさま」と台所のおばちゃんに投げかけてから店を後にした。
薄いはずの自動ドアをくぐった直後にぶわりと広がる駅の喧噪。子供の頃から見慣れた最寄駅のホーム。梅雨の足音を運ぶ生ぬるい風が前髪を煽って、最近できたばかりの転落防止柵の塗料が鼻の奥で蕎麦と喧嘩をする。
今日は狭いほうの階段を下りて改札をくぐろう。
あっちには自販機もあるし。
――ガコン。支払いはIC化していくのに受け取り方は全くもって進化しない不思議な機械の大きな口に手を突っ込んで、ブラックコーヒーの缶を手探りして取り出した。マニキュア族にいつまでも優しくないプルタブにゆっくり爪をひっかけて、プシュッという音にちょっとした達成感。
…………。
…………………あれ。あの人こんなとこで何してんの。
一口飲みながら静かなホームを眺めていたら、女の人がぽつんと一人でベンチに座って俯いている。丁寧に茶染め&コテ当てされた人工エアリーウェーブのロングヘアと、オフベージュ色のフレアロングスカートは、オフィスで見覚えがありすぎる。
結婚してタワマン暮らしって聞いたけど。
別にいいか。三次元の人間相手ってめんどくさいし。
……ん?
なんとなく自販機からもベンチからも離れて、自分のスマホを取り出して諸々送受信した時刻と手首の裏で働く腕時計を見比べる。
この投稿、ついさっきか。
『男ばっかの車両はだめだよw』
『そうですね。今度から気をつけます(৹˃ᗝ˂৹)』
電車が滑りこんでくる音。
立ち上がった彼女が見つめる電車の様子は、まだラッシュ真っ只中。
女性専用車両はもう少し歩いた先の最後尾で機能している。
『各停なら人少ないから落ち着くかも』
『カフェラテに癒してもらいました♪ゆっくり帰るのもリラックスになりそうですよね(⑅•ᴗ•⑅)』
……………ふぅん。
このリプ、そんな顔で打ってんの。
『オフちゃん可愛いからしょーがない』
『ううぅ、可愛いは関係あるのでしょうか(⑉• •⑉;;)』
――――知らないんだろうね、あんたら。
ブラックコーヒーの味が急につまらなくなって、三割残して自販機に寄り添う「缶ゴミ」ボックスに滑り落とした。ごめん地球。
ちょっと気紛れ起こしたんだ。同じ電車に乗ってみよう、って。
周りの人と同じようにスマホの画面に視線を落として、DM送信歴を見る。既読はまだついていない。あの人の性格上、返信不要にも必ず返信はくる。だから、バカみたいに同じ画面を見つめて既読の小さい文字を待つ。
理由?――「返答次第」だから。
別に特別彼女と関わりがあるわけではない。同じ部署でデスクが離れた同僚。最近こそミスが目立つけれど、基本的には優秀だし、人当たりも良い。露骨に嫌われるような短所もなければトラブルメーカーでもない。努力してもしなくても人目を引く。それだけの人だ。
理由?――……あ、既読ついた。
ちらと視線をやって、彼女の表情を伺った。針に刺されたような横顔。
その後すぐ、迷子が親を見つけたときのような安堵の笑み。彼女のリプライ欄は今も過保護な気遣いや正義感が高速で連なっている最中だ。
――――だから、これはつまらない三次元へ向けるクソリプだ。
別に同じフォントの文字じゃなくていい。
別に同じプラットフォームじゃなくていい。
たとえばそう、「剥かれる認識を覚えてもらう」を実践するとか。
やり方?……幼稚園とか小学校でやらなかった?女子が廊下でキレ散らかすのを見て男子が面白がるアレ。風がたまにサービスでやってくれることもある。
それだけだよ。
――――――。
――――――――あー、くだらないことした。
さっさと下りて、コンビニに寄ってジャーキーとハイネケンを買って……。
「先輩、お邪魔しまーす」
「深夜に鬼ベルとかアホかお前は!」
「花金だし、どーしても今日のエロゲーの感想を生で聞きたかったんで」
「ったく……とりあえずメイク落としてこい」
三次元リアルワールドの安地でセーブして寝る。これに限る。
「……御子柴」
「なんですか?」
「感想聞かせてやるから愚痴を半分置いてけ」
「全部じゃないんですか。ケチですね」
「男のカッコつけの手本を折るな!だあもうさっさと風呂行け風呂!」
二次元と三次元リアルワールドが、ごく稀に面白おかしくすれ違った瞬間を、酒飲んだ翌日に忘れる程度の距離感で愉しめれば、それでいい。
……それがいい。中途半端に混ざるとろくなことが起きない。
これが白紙の値札。いつでも、もちろん0円でも構わないわ。ワタシの紡ぎに触れたあなたの価値観を知ることができたら、それで満足よ。大切なのは、戯れを愉しむこと。もしいただいたら、紡ぐ為の電気代と紙代と……そうね、珈琲代かしら。