見出し画像

【orchidノ予報】

****18歳未満の方はブラウザバックして下さい****


『お昼のニュースをお伝えします。本日、東都緋室町にて、16歳の女子高生が交際相手から強引に性的関係を迫られたと、女子高生の両親から警察に通報があり、50代の男性会社員が警察―――』
『パパノ浮気相手ハ実ノ息子!?着セ替エゴッコカラ禁断ノ関係へ踏ミ外ス泥沼恋愛ノ全容』
『梅雨前線の影響で、関東地方は今週いっぱい雨が続くでしょう』
『ずーっと洗濯物が干せないなんて不便ですよねぇ?そこで本日ワンダーランド商店がお届けするのはコチラ!!(♪デデン♪)取り付けるだけ簡単!浴室乾燥機~~!』

――ザァァァァ。
――――トゥルルル。トゥルルル。トゥルルル。

『13chまとめ【俺の会社が下請にハーレム作ろうとしてる件www】』
『空き瓶さん からメッセージ:
 あのぉ~  蘭さんってオフベージュさんと 友達なんですか?
 コメント仲良しっぽいから 一緒にVCで ゲームしませんか?』
『空き瓶さん へ返信:
 リスペクトかな。VCは身内ギルドで埋まってるんだ。ごめんね。』
『空き瓶さん をブロックしました』

「……ぁー、めんどくさかった。DM晒しでカノジョ自慢とか言うから何かと思ったら……。ああ今ブロックしました。一度出ちゃったものは仕方ないですから、まあ、見てみぬふりしてあげてください。怖くてそのまま返事しちゃってたんだと思いますから。空き瓶と痴漢がグルかどうかはスマホ没収して中身見ればすぐに分かることですし、あとはプロに任せましょう」

 雨だねぇと話していたらいつのまにか梅雨の言葉が世間を踊って、いつのまにか日常が変わっていた。冷房避けのカーディガンを薄手のものにしないと蒸し暑いとか、なんとなく濃い色を選らばなくなるとか。

 毎年その程度の変化だと思っていた。そうであってほしいと思っていた。

「……で?下請会社の人事に口出ししたのをツッコまれて恥をかいたから、報復で、女性社員に手を出した?帰りの電車をつきまとって?本当の狙いは会議で鋭い指摘を繰り返していた女性なのに、似た格好の別の子を襲っちゃったら普通に捕まった?捕まったのが、アトリエのクソ親父?」

 更新くるたんびに新展開が訪れるなんて、電子コミックで十分。

「――っぷ……っはは!それどこにやってるんですか?いつものところ?――っくはっ、ああもう、この会社の陰謀論スレッドたまに面白すぎ」

 美人たちが黙って見つめ返してくるだけの液晶パネルに囲まれた静寂を、笑い話に浮かされた脚が蹴破る。ゲーミングチェアの背中にぐっと圧をかけて、反動で起きあがっては戻るを繰り返すくらいしか、暇つぶしが無い部屋。

「それより先輩、クッキーしか手当が出ない日雇い警備は順調なんですか?食堂女子組の愚痴が日増しにやばくなってるんで、後輩は心配で心配で……っはは。ごめんなさい思い出し笑いです。……そりゃ笑いもしますよ。どんだけ押しに弱いんですか」

 液晶の中の美人の一人にワンクリックで退いてもらって、片手でパスワードを打ち込みながら電話の向こうから跳んでくる嘆息に笑いを返す。雑多に散るウェブ画面をいくつか前に出して、ネトゲ友人謹製の検索ツールを起こす頃には大体笑い飽きる。その程度の笑いだから、たぶんこれも面白くないんだ。

「本当にクソ親父が釈放からその足の電車でやってたなら本気で笑いますけど。でも、アトリエの面々がスレをリークと愚痴に使ってるのは確定してるんで、今ちょっと調べてます。……え?薬は飲んでますよ。大丈夫です。こないだちょっと減ったんで気分がいいんです」

 愛想笑いは見抜けないのに嘘笑いは逐一指摘して小言を並べる電話の向こう。今日は中々切りたがらない。……この人ほんとすごいな。昔から思うけど。

「真面目な話、大丈夫ですって。おふくろはいつも通りですし、むしろ愛人がご機嫌取り上手くて、どっちも部屋に怒鳴り込んでこないから助かります。……そうです。こないだ会議で親父の隣に座ってた朝霧さん。え?……いますよ。普通にリビングで名前呼ばれました。おふくろに聞いたらここ一年くらい居座り気味なんだとか。先月一緒に撮影した黒髪美人のJKモデル、朝霧さんの娘だって聞いて慌てて電話しましたよ。……安否確認に決まってるじゃないですか。一応まだ無事らしいけど、薬飲まされてないか明日ちょっと内緒の保護活動に出ようかなって――はいはい、そーですよ、お節介な先輩の背中を追いかけた後輩は後輩なりに忙しいんです」

 この人は、うちが揉め事抱えてる間、部屋の中を会話で埋め尽くそうとする。ゲームだったり、音声チャットグループだったり、エア飲み会だったり、仕事が同じ場所になった最近は時間外労働まがいの打ち合わせだったり。
 この人は、自分の嘘笑いが終わって、笑わない自分に戻るまで大体解放してくれない。結構、うざったい。

「……ダメ。木崎さん、最近押しかけ女房してるから。……タイムラインで即バレですよ。食事写真のテーブル、拡大して見るとテーブルの色が違うし、光の入り方がいつもの窓向きじゃないし、電球の色も違います。……え?まあ、視覚に訴える商売してるんですから、そりゃ見ますよ」

 たまに、わざとうざったい話題をピックアップされている気すらする。そのほうが自分から出る口数が増えることを、電話の向こうは知っている。
 そこまで分かってて話題を逸らさない自分は、鏡の中でどんな顔してるんだろう。

「それに、押しかけてるのは自分だって同じですから。これを機に真面目に引越を考えますよ。っていうか、もうマンスリーに荷物は移してます。残ってるのってベッドと部屋着とパソコンだけですよ」

 電話の向こうで、親よりも過保護な困惑を、自分はどうしてゲーミングチェアに心地よく沈みながら聞いているんだろう。

「……大丈夫です。先輩の傍にいたくて緋室町を選び続けてるわけじゃないですよ。地元のツテです。ほら、うちは氏子繋がりがありますから。……まあ、そうなんですけど。絶対誰かは夏祭の準備中におふくろにチクるんでしょうし。そうですタバコ屋の裏にあるあそこ。……ああもう、じゃあ、そんなに言うなら、先輩」

 おびただしい量のブルーライトから逃げるようにして膝を抱えて顔を埋める自分は、どんな声で親しい人を揶揄っているんだろう。

「――本気で一緒に暮らしても良くなったら、迎えにきてください」 

 どんな感情で、慕う人の心を抉っているんだろう。

 たぶん、ヒステリーに塗れた足音を聞いて咄嗟に電話を切るときによぎるものと、同じだ。

 ……そうであってほしい。

『梅雨前線の影響で、関東地方は今週いっぱい雨が続くでしょう』

せめて雨が家の騒音を搔き消してくれている間は。

これが白紙の値札。いつでも、もちろん0円でも構わないわ。ワタシの紡ぎに触れたあなたの価値観を知ることができたら、それで満足よ。大切なのは、戯れを愉しむこと。もしいただいたら、紡ぐ為の電気代と紙代と……そうね、珈琲代かしら。