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【戯れ~オフベージュの疼き4~】

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俯瞰視線は空想セシ欲を選んだ。





電車の中での息苦しさと、ブラウスに残る汗は
ーー白昼夢。
空のずっと向こうから前触れ無く降ってくる、予兆のような夢。

嗚呼、それなら、よかった。
だって、私がつまらないと思ったことも、
自由だと思ったことも、ほんのひとときナイショに赦されたのだもの。

甘いカフェラテの空缶をゴミ箱に捨てると、カランという音。
聞きようによってはとても、ふわふわとした非日常の音。
まるで……マシュマロのような音。

喉の奥をまだゆっくりと下りるミルクの温もりと、
鼻の奥に残るコーヒーのほんのり苦くて甘い香り。
胸元の汗を……ボタンを摘まんでパタパタさせるのは行儀が悪い人に見えるから、我慢。

ーーそう、我慢なの。

カタンタタン、カタンタタン。
あまり変わらない混雑の快速電車。
吊革をしっかり掴んで、たくさんのリプライやDMにお返事をする。

『男ばっかの車両はだめだよw』
『そうですね。今度から気をつけます(৹˃ᗝ˂৹)』
『各停なら人少ないから落ち着くかも』
『カフェラテに癒してもらいました♪ゆっくり帰るのもリラックスになりそうですよね(⑅•ᴗ•⑅)』
『オフちゃん可愛いからしょーがない』
『ううぅ、可愛いは関係あるのでしょうか(⑉• •⑉;;)』

オンラインチャットのように忙しなく続くリプライやDMのやりとり。
受信通知の小さなバイブが嬉しくて、頬がぽかぽかしてくる。

このぽかぽかふわふわ甘い中の感触が一番大事。
それ以外の感覚はなるべく外へ。外へ。
隣の女の人が不機嫌そうにスマホに文字を打ち込むのも、
前の座席でヘッドホンをしながらゲーム機に没頭する学生の男の子も、
みんな、みんな、外へ。外へ。
つまらないものは、関係ないの。

ひとつだけ……。
ロングスカートのフレア裾が、
うまくあしらえていなかったのか、脹脛がすぅすぅと涼しい気がした。

あとで直さないと。
最近流行の、肩や二の腕を露出する服が好きな、
アピール好きの人と間違われないようにしないと。

『DMごめんね。心配だよぉ。私ね、昔けっこー痴漢されやすい時期とかあったから、ほんとに何もされてないかとか、無理してないかとか……』
『連投ごめん!なんでもない!家に着くまでの気晴らしに着せ替えアプリで見つけた神画像貼りまくるから癒されて!』
『たくさん気づかってくれて、ありがとうございます♪とても可愛いウェディングドレスですね(⁎˃ᴗ˂⁎)』

そう、もらった画像にあるような純白のウェディングドレスが永遠に似合う清楚な私を、きちんとみんなに伝え続けることは、とてもとても大切なこと。

『DM失礼。オフベージュさん、あの書き方だと痴漢報告だと思う奴とか普通にいるんで、身バレ防止にもあんま場所とか性別とか書かないほうがいいですよ。やりとり忙しいでしょうから返信不要。』

ーーツキリ。
厳しい言葉にも、きちんと後日手短でもお返事をしないと。
息をゆっくり吸って、止めた。
カフェラテのふわふわが、逃げてしまう気がしたから。

「……え?」

息を止めている間に、脹脛のすぅすぅとした感覚が
膝裏にひろがっている気がした。
思わず目を見開いて口からこぼれてしまった声。
そうっと肩越しに後ろを振り返ったら、
スカートの裾がするすると、
膝裏と脹脛を撫でるようにして足首へと滑り落ちた。

…………あっ……もし、かし、て。

カタンタタン、カタンタタン。
確かめる暇もなく、最寄り駅の名前がアナウンスされた。
人の流れに急かされて、私は見慣れたホームに降り立つ。

トクン、ドクン……トクン……。

なんだろう、この、脹脛から太腿の内側をせり上がる温い感覚……。
なんだろう、この、心臓が少し寒い感覚。
私、私、もしかして……。

ーーピコン。
SNSとは違う、完全プライベートのメッセージアプリの通知音。
…………嗚呼、そうだった。
私は、仕事の帰り道だった。それが普通で正しい道のり。
表示されたメッセージは、私にとって一番大切なもの。

だから、歩いた。
ブラウスの胸元やロングスカートのフレアを確認しながら。
清楚が、いつもの私が崩れていないか。

気にしすぎるほど気にして進むローヒールの歩が重いのはきっと、
ついさっき見たはずの綺麗な星空が、
どんどんタワーマンションに追い出されるから。

「ただいま……!ごめんなさい、遅くなっちゃって。
 すぐにご飯を用意するから……!
 さっきの投稿?……大丈夫。びっくりしただけ」

愛してくれる人の抱擁に相応しく清い振る舞いが、一番、皆が仲良くしてくれるのだもの。



だから、イケナイ私は、ここでおしまい。

今日のブラウスとオフベージュのロングスカートは、
洗ってクローゼットの奥にしまってしまおう。
お気に入りだけれど…………


…………普通、そうするでしょう?


【オフベージュの疼き/分岐「イケナイ」編 おわり。】
補足資料ハ此方

これが白紙の値札。いつでも、もちろん0円でも構わないわ。ワタシの紡ぎに触れたあなたの価値観を知ることができたら、それで満足よ。大切なのは、戯れを愉しむこと。もしいただいたら、紡ぐ為の電気代と紙代と……そうね、珈琲代かしら。