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ボディピアス

 ボディピアスと言うそうだ。
 娘が臍にピアスを開けたいと言い出した。高校三年生。まだ十七歳。
 色々言いたいこともある。でも、最近は少しも言うことを聞きたくないらしく、小言は全部「ハイ、ハイ」とあしらわれる。

 私は、高校生のときに親に内緒で耳にピアスを開けた。
 当時は簡易器具もなく、まことしやかに噂されていた方法は、安全ピンで穴を開ける方法。
 神経が出て失明するとか、傷口が膿んで耳たぶを切り落とさなければならないとか、様々なことを囁かれてはいたけれど、私は実行した。
 夜中だった。誰にも知られずにやるためには、夜中しかなかった。
 家族が寝静まった部屋で布団を被り、こっそりと、安全ピンをライターで炙った。
 真っ赤になったピン先は、懐中電灯に照らされて怪しげにきらめいた。
 耳たぶを氷で冷やす。感覚がなくなるまで冷やすのが大事だそうだ。氷の入った袋は汗をかいて水を滴らせた。ぽたぽたと布団を湿らせる音が鳴る。
 そもそも感度の悪い耳たぶが、感覚を失ったのかどうかがわからないまま針を突き立てると、ものすごく痛かった。
 痛くて、やめてしまいたかったけれど、中途半端に終わらせるのは違う気がした。針を持つ手と、耳たぶを支える手の両方に、グッと力を入れた。皮膚が破れる音がした。ズブズブと肉を割く感覚は気持ちが悪く、鳥肌が立った。
 休んで、深呼吸する。そして再び力を入れる。そんなことを繰り返して、ようやくピンが向こう側の皮を破ったのは、始めてから四十五分も経ってからだった。
 鏡を見ると、ロックを外した安全ピンがたしかに耳たぶにぶら下がっている。満足した。
 母親が知ったら烈火のごとく叱られるだろう。キリスト教系のお堅い学校に知れたら、不良のレッテルを貼られるかもしれない。
 でも、構わなかった。
 なんであれ、私はただやり遂げたかったのだ。美しいピアスを、耳たぶに揺らせる自分を想像して、ほくそ笑んだ。
 ためらうから痛いし時間もかかるのだと、反対側は十分ほどで開け切った。どちらの耳たぶも熱を持ち、じんじんと痛んだ。

 叱られるとわかっていても、あの時分、まだ十六歳だった私は、耳たぶにピアスを開けたかったのだった。
 あの時開けた穴は今もそのままだ。
 安全ピンなんかで開けたから、真っすぐに貫通せず、ピアスを通すときに苦労する。しばらくの間耳たぶは痛かったけれど、学校にも母親にもバレなかった。地味で暗い女子がピアスを開けているとは誰も思わなかったようだ。
 ただ、妹だけが気付いていた。なんでもチクる妹なのに、ピアスだけは母親に告げ口しなかった、ということを大人になって聞いた。なぜ、の理由は忘れてしまったけれど。
 だから、娘がピアスを開けたいと思う気持ちはわかる。臍に、というところに引っ掛かりを覚えている。きっとアメリカの高校生のように、お腹を晒して歩くのかと思うと、どうにも心配でたまらない。
 なんて憂いをこぼしたら、「水着になったときに見せたいだけだから」と言う。嘘かほんとかわからない。でも、ダメと言ったらどうするのだろう。諦めるのだろうか。それとも、親に黙ってやりきるのか。
 ――私みたいに。
 結局、「なんとなく嫌だ」という以外にダメな理由を自分の中に持っていないことに気づき、トラブルとか体に悪いのではないかということが脳裏を過ぎり調べたけれど大した理由はなかったから、いいよと言うしかなかった。やらなければいつかやるのだし、やってしまえばいつか満足するのだ、どうせ。
 そんな話をして数日後、いつの間にか娘は施術を終えていた。病院でたったの5分。
「ね、綺麗でしょ?」
 シャツを捲って見せた腹に、大粒のピアスが光っている。
 夏が来るのが楽しみだと笑う姿に、なぜか彼女を少し遠くに感じた。

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