彼の一日 〜駐輪領収書〜
私はショッピングモールから帰ってきて、カバンを整理した。精算機に置き去りで、何となく持って帰ってしまった赤の他人の駐輪領収書が、私の部屋で静かに語りだした。
「彼は振られたショックで、ここ最近何も食べていなかったのさ。
そんな中、久しぶりに外に出たのが、今日なんだ。
髪はバサバサ、よれた部屋着、汚いサンダル。
『身なりに気を遣う余裕なんてないんだ…。』と彼の体から表情からオーラ、全てが主張しているかのようだったよ。彼は歩くのも億劫だから、自転車をノロノロ漕いでいた。
すると見慣れたコンビニの前を通った。
彼はまだ彼女への想いを中々捨てられずにいた。
だから、昔彼女とここによく来ていたことをふと思い出してしまうんだ。
彼女はブラックサンダーが好きで、ここでよく買っていたらしいね。箱買いはせずに、いいことがあった日にはご褒美で一つ。そういうルールだったそうだ。
そこで彼は、無性にブラックサンダーが食べたくなったんだ。
空腹のせいもあるだろうけど、彼女との思い出をもう一度噛み締めてから、次に進もうとしていたんだと、僕は思うよ。
だけど、そのコンビニにはブラックサンダーがもう置いてなかったんだ。
彼はがっかりしたんだけど、それからどうしてもブラックサンダー"しか"食べたくなくなったんだ。人間ってそういうところが面倒くさい。
そして、あのショッピングモールへ来た。
彼はブラックサンダーを、ショッピングモールのたくさんの店で探し回って歩き疲れた頃、やっと見つけた。
その値段は一個30円!安いよな〜。
だけど、彼は欲張らず一つだけ買って、フードコートの二人席にぽつんと座り、彼女との日々を思い出した。
付き合った日。
初めて触れ合った日。
夜中に一緒にゲームをしながら、二人で銀杏BOYZを歌った日。
お互いが不器用なせいで、傷つけ合った日。
だけど、やっぱりこの人が大事で大切にしたいと思って、腹を割って話した日。
いつからか隣にいることが当たり前になっていて、今思うと最高に幸せだった日々。
たった一つの小さなブラックサンダーを、それはそれは大切に、長い時間をかけて食べたんだ。
食べ終わったとき、彼は満たされたような表情で、静かに涙を流した。
その涙は多分、その瞬間、世界で一番温かかったと思う…
駐輪位置271。
ショッピングモール滞在時間1時間13分。
駐車料金150円。
受領金200円。
釣銭50円。」
語り終わると、その駐輪領収書はホロホロと崩れていき、最後には無くなってしまった。
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