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アンフォールドザワールド・アンリミテッド 8
8
金曜日の朝、ぼんやりとテレビを見ながら朝食をとる。朝のニュースでは、地元に大型商業施設がオープンすることや、政治家がなにか悪いことをしたとか、ネットアイドルが大手プロダクションからメジャーデビューするだとか、どうでもいいニュースが流れていた。
昨日フータに言われた言葉が、考えなくても頭に浮かんでくる。私の感情はサボっている。それが事実なのかよくわからないけれど、あまりいい気分はしない。重い体を引きずるように、歯を磨き、顔を洗い、鏡を見る。私は以前からこんな顔をしていたのだろうか。どんよりとした目つきは、まるで着せ替え人形の瞳みたいだ。
「おはよー、きずなちゃん」
「おう、おはよ」
教室に入ると、窓際の席に座っていたほのかに声をかけられる。昨日のことはとくに気にしていなさそうで、だけどなんとなくよそよそしさを感じるのは、私の考え過ぎだろうか。
「おっはよ」
「あっ、イチゴくんだー」
ひょうひょうとした表情で、イチゴが教室に入ってくる。私の席とほのかの席のあいだは、イチゴの席だった。
「イチゴ、ミッチは?」
「うん、もうだめかな」
「はあ?」
「ミッチと連絡がつかない。俺たちにできることはもうないよ」
イチゴは席につき、机を見つめたまま返事をする。
「それでいいのか? あんたたち兄弟みたいなもんなんだろ」
「じゃあどうしろっていうんだよ」
イチゴは怒っているふうでもなく返事をする。机上に教科書やノートを置き、淡々と一時間目の用意をしている。私は席を立ちイチゴの前に回る。
「なにかできることはないのか」
「あっち側から窓を開かないと、ミッチのところには行けない」
イチゴと真正面から向き合い、はっとする。なにも見ていないような水色の瞳。感情の読めない顔つき。こんな顔を私は見たことがある。今朝、鏡に映っていた私の表情とよく似ている。
「ねえ、ふたりとも、なんでそんなひとごとみたいなのー」
「ひとごとだなんて、そんなつもりはないけど」
「おかしいよ。親しい人が帰ってこないのに、なんで平気なの」
「平気なわけない」
いおうとした言葉を、イチゴに先にいわれる。抑揚のない声。怒りにも悲しみにも満たない中途半端な感傷。改めて、自分がほのかたちにどう見えていたのかを自覚する。今のイチゴは私と同じだ。こんなんだったのか、私は、こんな顔で、こんな声で、こんな言葉を、こんな……。
「こんなかっこ悪いの、いやだ!」
「きずな?」
私が大きな声を上げたので、教室中の生徒が怪訝な顔でこちらを振り返る。
「ほのかの言うとおりだ! イチゴ、あんたどっかおかしいよ、私もだけど!」
「俺はおかしくなんか」
「イチゴ、そんなヤツじゃなかったじゃん。もっと馬鹿みたいに自信に満ちて、無駄にプライド高くて、チャラくて、でもやるときにはやるやつだっただろ! こんな状況で、なに普通に学校生活に溶け込もうとしてるんだよ!」
「きずなちゃんもねー」
「わかってるよ、なにやってんだよ私たちは! なあイチゴ、ミッチのためにまだできることがあるはずだ。考えようよ!」
イチゴの肩をつかみ、まっすぐに顔を見つめる。私の挙動に彼は目を丸くする。冬の湖みたいな瞳からは感情を読み取れないけれど、私の言葉は少しだけ届いた気がした。
「……うん、とりあえずフータ呼んでこようか」
きまり悪そうに微笑んで、イチゴは立ち上がった。
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銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE
2016年から活動しているセルパブSF雑誌『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』のnote版です。
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