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アンフォールドザワールド・アンリミテッド 5

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 ミッチが死んだ。
 私たち三人はその事実を受け入れることができずに、校庭に立ち尽くしていた。部活が終ったのか野球部員たちが部室棟に入っていく。ほのかがこわごわと体育倉庫の中を覗き込む。
「うわあ、やっぱり体育倉庫の中すごい荒れてるよー。怒られちゃうー」
「さっきまでイチゴたちが戦ってたしな。ちかこ、だれかに見つかる前に逃げよう。私たちのせいにされてしまう」
「あ、ああ、はい……」
 ちかこは我に返ったように顔を上げる。いつもビデオカメラを構えている右手はだらりと垂れ下がり、今にもカメラを落としそうだ。
「ねえ、『死んだ』ってどういう意味かな」
 校舎に向かいながら、ほのかが不安そうにつぶやく。
「どういう意味って」
「私たちの考える、死と同じことなの? まさか、ミッチくん本当に……」
「そんなの、わかんないよ。でも、こっちにいるあいつらは実体じゃないって言ってたし」
「そうだよね、きっと大丈夫だよね!」
 私とほのかは事実を捻じ曲げるように強引に、事態を軽くとらえようとしていた。


 下足入れの前で上履きに履き替えているときに、ふと教室での出来事を思い出す。
「ちかこ、友達の様子を見に行かなくていいのか?」
「友達とは?」
「さっき教室にいた、ちょっと変わった子。拙者とかござるとかゆってた、あの」
「安藤さんですか。友達……ですかね」
「ひどいな、ちかこと仲良さげだったじゃないか」
「だれー? あんどうさんって」
 さっきよりは気を取り直したほのかが、私たちのあいだに首を突っ込んでくる。
「そうか、ほのかはいなかったっけ。ナニガシはどうも、ちかこの友達から出現したっぽいんだ」
「えー、ほんとにー?」
「状況からしてそうでしょうね。安藤さんの様子がおかしくなり、ミッチがナニガシの気配を感じた」
「気配?」
「今回のナニガシは、姿が見えなかったんだ」
「え、見えないのにミッチくんやられちゃったの?」
「見えないからやられたのでしょう!」
 ほのかの素朴な疑問に、ちかこが声を荒げる。
「おい、ちかこ」
「……すみません、怒鳴るつもりではありませんでした」
「ううん、なんかごめんねー、ちかこちゃん」
 これほど動転しているちかこを、初めて見た。いつも冷静沈着に振る舞っているはずの彼女が、悪気ないほのかに対し怒りを露わにしている。

 保健室に養護の先生はいなくて、安藤さんが横になっているベッドのそばには、ちかこのクラスの担任がつきそっていた。
「結城さん、ちょうどよかった。安藤さんの保護者さんに連絡してくるから、安藤さんのそばにいてあげてくれる?」
「はい、わかりました」
 先生が保健室から出ていき、私たち三人は安藤さんのベッド横の丸椅子に腰掛ける。
「大丈夫ですか、安藤さん」
「申し訳ないでござる、結城殿。とくにどうということはないのだが、なんだか体がだるくて……」
「ねえねえ、安藤さんー、だっけ? 安藤さんって妊娠してたりする?」
「はっ? ななななななんですか先輩! 私はそそそそそそそのようなことはまだ!」
「唐突になにをいい出すんだ、ほのか」
「だってさー、ナニガシって、なにかが生まれる前のエネルギーをどうこうして出てきちゃうんでしょ? ナニガシがこの子から出てきたなら、この子からなにかが生まれようとしていたのかなーと」
「そういやそうだな。安藤さん、なんか心当たりはない?」
「わ、私は……、いや、拙者はやらねばならぬ使命があり、異性とそういうことをしているヒマは……、ともかく、妊娠とかしてませんからっ!」
 安藤さんがベッドから上半身を起こし、ずれた丸眼鏡を整える。
「キャラが安定しない子ねえ」
「妊娠でなくてもいいのです。なにかありませんか、安藤さん。買ったばかりのカメラで映像を撮影しようとしているとか、新しい作品の構想があるとか、安藤さんの中で、現在大きなエネルギーを持っているものです」
「大きなエネルギー……」
 安藤さんが目を伏せ、自分の胸元に手を当てる。心当たりがあるような表情だった。
「なんかあるのー?」
「いっいえ、カメラは買ったけど、まだ作品とかいうアレではアレで……、結城殿を撮影させてもらおうと思っていた程度で」
「ほのかがー、モデルになってあげてもいいよー」
「はあ、あ、ありがとうございます……? てゆうか、ナニガシってなんですか。拙者、どうにかなったのでござるか」
 そこまで話したところで、担任の先生が保健室に戻ってきたので、私たちは話を中断し保健室をあとにした。

「安藤さんってー、いつもあんな感じ?」
「教室ではあまり話しませんね。だいたいいつも一人でいるようです、普段」
「ああ、なんとなくわかる」
 人と会話をするのに慣れていないのだろうか。言葉が途切れがちで、私たちと目を合わせてもくれない。
「なんであんなかっこしてるのかな。すごい美人なのにね」
「え? そうだった?」
「きずなちゃん気づかなかったー? あの子、自分が超かわいいことを知ってる感じだったよー。無自覚にダサいんじゃなくて、わざとキモいふうなキャラを装ってる」
「かいかぶり過ぎなんじゃないの。てゆうか、キモいとかなにげにひどいなほのか」
「人格を装っている、というのは同意ですね。安藤さんは我々になにかを隠してる」
 ずっと片手に持ったままだったカメラを、ちかこはトートバッグの中に放り入れる。それから廊下を振り返り、保健室のドアを睨みつけた。

6につづく

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