フラペチーノ
「でさあ、三木がさあ」
「うん」
藍依は目を輝かせて喋る。
「今度一緒に海行こうって。華も行こうよ」
期待に満ちた目で顔を覗き込んでくる。三木くんはクラスメイト。藍依と仲良しで、派手な男女のグループでよく一緒にいる。
「私はいいよ。楽しんできて」
「ちぇー、華とも海行きたいのに」
素っ気ないふりをして太いストローに口をつけながら、そっと横を盗み見る。口を尖らせて拗ねている顔が、やっぱり少し嬉しかったりする。綺麗な形をした眉がひそめられているこの表情が好きだ。
「じゃ、旅行行こうよ」
「え、行く!行きたい、行きたいけどどうしよ、お金足りっかなぁ」
「ピンチなの?」
「いや、遊ぶ予定入れすぎてて」
ほら、と見せてくれた藍依のカレンダーは、毎日のように星のマークが入っている。友だちと遊ぶ予定の日に入れる印だ。ちょっと悔しくて、卑怯な手を使う。
「伯母さんとこの旅館泊めてもらえるか確認しとくよ」
「えっいいの?神、最高すぎる」
「いつにしよっか」
「んー、連続で空いてるのはここだけだ」
八月後半の三日間、綺麗に白く空いたそこのマスを見て、私は心が踊った。
「三日空いてるじゃん!二泊する?」
「お、いっちゃう?」
「いっちゃお!」
カレンダーに書き込んで、ふたり目を見合わせて笑った。
「楽しみだね」
伯母さん、かき入れ時なのにごめんね、お手伝いするから、と心の中で謝る。でもきっと伯母さんは快く受け入れてくれる。私が友達を連れて行くことはすごく少ないから。
「華の予定も見してよ」
手帳をすっと奪われる。サークルとバイトしか書いていないそれを見て、藍依は目を丸めて声を上げる。
「何もないじゃん!」
「えへへ、藍依と遊べるように、空けといたの。だって藍依、毎年忙しいんだもん」
「わーーんありがとう、華大好き」
腕が勢いよく伸びてきて、横から抱きつかれる。横並びの高椅子から滑り落ちたみたいで、ずんと体重がかかった。柔らかくて、いい匂いがする。
「あはは、藍依、重いって」
「ええっひどい。ダイエットしなくちゃ」
腕を放して座り直して、そして、ズズズと生クリームを啜る。ふと思いついたように、藍依が聞いた。
「華、彼氏との予定は?」
「まだ決めてないよ」
「えっなんで?」
「だって彼より藍依のほうが忙しいと思ったから」
「うそ、もしかして私との約束するの待っててくれたの?」
「そだよー、他の子とも保留してる」
「もうやっぱり華、大好き」
「私も、藍依大好き」
空っぽになったプラスチックカップを机に置いて、二人で笑い合う、この時間がたまらなく愛しい。みんなの人気者で、友だちがたくさんいて、予定がびっしり埋まるような彼女が、地味で友だちも少ない私の方を向いてくれる。その忙しい夏休みに、私だけと過ごす時間を作ってくれたと思うと、笑顔が止まらなかった。
「わ、有咲のインスタめっちゃ可愛い」
色んな友だちのことを私にも話してくれる。藍依の友だちの名前は大体知っている。でも、私が興味があるのは、くるくると表情を変えて楽しそうに話す藍依だけだ。
「そういえば藍依、水着は買ったの?」
「あ、忘れてた」
「三木くんに見せるんだもん、可愛いの選ばなくちゃね」
「え、いや、三木は、別にそんなんじゃ」
「本当に?」
「ん…」
ストローのゴミを手でいじりながら、恥ずかしそうに呟いた。
「やっぱりちょっと、気にはなってる、かも」
「じゃあほら、選ぶの手伝ってあげる。行こ」
「もう、華には全部ばれる!なんで!」
えへへ、だってずっと見てるんだよ。三木くんのこと話してるときは、いつもと少し違うもの。わかるよ、藍依のことなら。
「ええ、これ似合う?本当に?可愛すぎない?」
「大丈夫」
大丈夫、可愛いよ、藍依は。私が一番、知ってるから。
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