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約束のはがき

 お父さん、お母さん、お母さん、お父さん、成海、お父さん、お父さん、成海、お母さん、お父さん、お父さん、お母さん、お姉ちゃん、お母さん、お父さん、成海。

「成海、お雑煮にお餅何個入れる?」

「二個がいい!」

「はーい」

 お父さん、お父さん、お母さん、お父さん、成海、お母さん、お父さん、お姉ちゃん。

「お姉ちゃーん、お姉ちゃんの二枚しかなかったー」

 大きな声を出しながら、お姉ちゃんのところへ歩く。わたしのは十ニ枚。送ったのは十一枚だから、一枚多い。年賀状を出すのをやめてしまったお姉ちゃんにも二枚来ていたから、返す用の年賀はがきを渡す。

 新年一番に挨拶をしたいと思う相手はとても限られている。小さいころ仲の良かったというほぼ文通だけのお友だちと、幼稚園から一緒の幼馴染、中高でお世話になった先生と、高校でずっと仲良くしていたお友だち。高校まではなんとなくクラスメイトに出したりしていたけど、今年は高校も卒業しちゃったから本当に仲の良かった子だけだ。わたしはきっと他の人より友だちの範囲が狭いから、余計少ないんだと思う。

 自分の部屋でストーブに当たりながら、一枚ずつ目を通す。あ、和香ちゃんの弟大きくなってる。新谷先生はお変わりないなあ。城山とは一週間前に会ったばかりだけど、写真写りが悪すぎて別人みたい。みんなのメッセージは、字も内容も個性的でとても楽しい。みんなのところにもわたしのはがきが届いていると思うと心が踊る。最後のはがきにたどり着いて、わたしはすっと息を吸う。

 涼の字は相変わらず不格好だった。仕分けをしていたとき、表面には差出人が書いていなかったけれど、宛名の文字ですぐにわかった。縦に並んだ園田はなぜか田のほうが大きいし、成海の海、さんずいの点が全部上を向いているし。毎年、当たり前のように送られてきていたこの文字を、忘れるはずがなかった。

「どうせ初詣で会うのに、年賀状なんているかな。紙で挨拶とか、今どき古いんじゃないの」

と、涼は毎年言った。

「年賀状を送りあっていれば、一生連絡を取り合えるんだよ。どんなに会う頻度が減っても、一年に一回は絶対。だから年賀状は約束みたいなもんなの」

と、わたしはそのたびに答えた。ぐるぐる巻きにしたマフラーが苦しくて、眉間に皺が寄っていた気がする。涼は薄いジャンバーを羽織っていただけだった。いつもわたしに甘酒を買ってくれるのだけれど、自分がコップで一頻り暖を取ってから渡してくるので、わたしが飲む頃にはすっかり冷めているのだった。「ひどい!」と言うと、「ほら、あったかいだろ」と言って手を繋いだ。涼は結局、毎年年賀状をくれた。

 幼馴染で、恋人で、大切なひとだった。新年を一緒に祝うのは涼が良かった。年越しも一緒にいたいと駄々をこねると、「もっと大人になったらいくらでも一緒に越せるだろ。今は親といろよ」なんて、急に真面目ぶったりするやつだった。そんなところも大好きだった。

 初詣で祈るのは必ず、「これからも涼と、家族と、友だちと一緒にいられますように」ということだった。ずっと一緒にいたはずだった。もしかするとわたしたちは近すぎて、大切なことを何も見ていなかったのかもしれない。大学生になっても涼と離れることはないと信じていた。去年の春、家に行ってみたら、涼のお母さんが、涼は海外の大学に行ったと教えてくれた。わたしにはなんの連絡もなかった。だからわたしは、今年涼に年賀状を書かなかった。


 あけましておめでとう。成海、元気ですか。去年の今日は一緒に初もうでに行ったね。一昨年も、その前も、ずっと一緒に行った。小さいときは親も一緒だったけど、いつからかふたりだけになってたね。おみくじはいつも成海のほうが一つだけ悪い運勢だった。成海は甘酒が好きだった。なんかふにゃふにゃしてて俺は全然好きじゃなかったけど、温かかったよな。あと、だるま。成海は毎年目を描きたがったけど、緊張するってうるさく騒ぐから、俺が横取りして描いた。下手くそで成海は不満そうだったけど、そのだるまが一年間成海のこと見守ってたんだろ。今年のだるまはどうするのかな。俺の代わりに、成海を見守ってほしいなと思います。

 俺は元気でやってます。突然いなくなってごめんな。うまく言えないけど、成海と離れたかったとかではないんだ。ただ、成海には言わないほうがいい気がして、何も言わずに行ってしまった。そのあともタイミングを逃して連絡できなかったんだ。

 でも、年賀状なら。一年に一回は絶対に連絡を取り合う約束なんだろ。だから書きました。俺はこれからも、一生成海と繋がってたい。イギリスに行って、成海に伝えたいいろんなことがあったんだ。今度会ったときに聞いてくれよな。よろしくお願いします。


 なんの絵もなく、ただびっしりと埋められた文字をじっくりと読みながら、わたしはなんだか馬鹿みたいで笑えてきてしまった。涼って漢字も、やっぱりさんずいの点が全部上を向いている。何が一生だよ、自分から離れといてさ。でも、ちゃんと嬉しい。

 最後の行を読み終わったわたしはあっと叫んでジャンバーを羽織る。髪の毛は適当だし化粧もしてないけど、時計を見たらもうぎりぎりだからしかたない。

「成海、お雑煮できたよー」

「ごめん、外出てくる!」

 必要最低限だけ持って駆け出す。財布とスマホと、涼からの年賀状。

 追伸 年末年始はこれを書くために戻ってきています。暇なら十時に神社の前で集合。初もうで行くぞ。

 冷たい朝を走り抜けて、たくさんのひととすれ違う。世の中にはこんなにたくさんのひとがいるけれど、新年を一緒に祝うのはやっぱり、

「涼!」

「ん」

 薄いジャンバーを羽織った涼が、湯気のたつ紙コップを片手に去年と同じ顔をして笑った。

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