熱恋
どく、どく、と動いている。体の内側が熱を放って、皮膚で溶ける。冷感シーツの上で、触れたところだけひやっとして、この暑い夏より熱いあたしの体が泣く。
熱を測ったら37.3だった、別にいつものことである。生活に支障が出るほどの熱は出ないし、他の人に伝染るような病気でもない。生理の前は体が熱を持つ。
床に投げられていた眼鏡を腕を伸ばして拾って時計を見ると、16時を少し回ったところだった。眼鏡はもう一度床に投げる。目を瞑る。
わたしはゆっくりと振り返る。里奈に言われたこと。
「え、あんたそんなの信じたの?」
「そんなのって、でも、心からの言葉って感じしたもん」
「誰にでも言ってるに決まってるでしょ」
わたしは答えられなかった。初めて真面目に、大切に付き合いたいと思ったんだ、とぽつりと呟いた治也くんの言葉が嘘とは思えなかったけれど、里奈が嫌味で言っているわけではないということもわかる。里奈は周りをよく見ているし、前から治也くんと知り合いだから、何か知っているのかもしれない。それでも、治也くんの優しい手がわたしの髪の毛にふわりと触れるあの感覚が今のわたしの生きる希望だった。
目を開ける。ほの暗い部屋がわたしを包む。治也くんの胸、治也くんの腕、治也くんの指先。わたしは信じたい。治也くんの言葉。
ふと、白い光がつく。床に投げられていたスマホを腕を伸ばして拾うと、治也くんからだった。
「会いたい」
どく、どく、と動く。頬が火照る。
「すずか、今どこ?」
通知がどんどん来る。
「会いに行きたいんだけど…、こういうのわがままかなごめん」
涙を浮かべながら既読をつける。息を吸ったり、吐いたりするのが初めてのような気がする。意識しないと呼吸を忘れる。そのくらい、嬉しかった。
「今お家にいるよ。私も会いたい」
起き上がって電気をつける。床の上に投げられていた眼鏡や髪ゴムやイヤホンを拾い集めて引き出しの中にしまう。コンタクトをつけて薄く化粧をする。だるかった体が嘘のように動く。スマホがまた光る。
「ニ十分で着く」
髪の毛を巻く時間を計算する。石けんの香りのミストを探す。可愛い枕カバーに替えてミストを振る。全身着替えてもう一度、スマホを見た。
「すずかこないだはごめん、でもちゃんと話したい」
里奈の声が蘇る。息を吐く。吸う。ごくりと飲み込んで、わたしは決めた。既読をつけずに、里奈の通知だけオフにする。
どく、どく、と胸が鳴る。温まったコテを掴んで、頬の染まったわたしをじっと見ていた。
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