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ラブソング

 風が吹いた。買ったばかりの帽子を押さえて、見上げる。空が、青く輝いていた。

 なんだかやる気がでないので、今日は学校を休んだ。私が休んだって誰も困らない。だから勝手に、お休み。

 久しぶりの日差しだ。肌に光が反射して眩しい。日光を吸収して、閉じ込める。この感覚。気持ちが良かった。光をいっぱいに吸い込んで、深呼吸。流れ込んでくる彼の声が、これ以上ないほどに優しい。

 いつも日傘を差しているから。日焼けするのが怖くて、いつも日傘の中に縮こまって、腕も振らずに歩いている。でも今日は、それもお休み。代わりに日焼け止めをたっぷりと塗って、二時間以内に家に帰る。それならいいでしょう。日光は元気の源だから。大きく腕を振って、胸を張って歩く。

 心地よいメロディが歩を進める。爽やかな歌だと思った。まるでこの青空を閉じ込めたみたいに温かい。

 いい天気。今日、この世界を、独り占めしている。

 私は歩いていく。彼が歌う。思い出す。優しさを。温もりを。

 彼はどうしているだろうか。柔らかい猫っ毛の男の子だった。青空に、笑顔を浮かべてみる。目は奥二重で、瞳が薄かった。唇が厚かったと思う。一つ一つはしっかりと思い浮かぶのに、できあがった顔はあまり似ていないような気がした。

 暖かいねと歌う。私は、そうだね、と、答える。

 一緒にいたころ、やる気の出ない日はふたりで散歩をした。この大きな世界を、私たちはふたりで分け合っていた。

 ねえ、今日、いいお天気じゃない。

 とっても。でも、なんだか疲れてる。

 私も。頭が働かないな。

 じゃあさ。さぼっちゃおうか。

 にやり、と、彼は笑った。私も笑い返した。

 制服を着たまま、電車を乗り換える。下り線はいつも空いていた。今日はどこにしようか、なんて、路線図と睨めっこする。

 くすくすと笑いながら、手を繋いで歩いた。すべすべした手の感触。暖かいねと囁く。そうだね、と、私が答えた。

 顔を上げる。いつの間にか辿り着いていた。彼と一緒に歌った川原。草むらをかき分けて、川べりのコンクリートに腰掛ける。彼のギターが、耳の中で弾ける。

  ずっとなんて言わないけど
  続いていくこの声を

 そこはさぁ、と私は思う。

 言い切ってよ。ずっと続いていくって。ずるいじゃない。

  ありふれた日々に言いそびれた
  未来とともに

 合わせて口ずさむ。まるでわかっていたみたいな歌だ。もうお揃いの制服も着ていないし、並んで歩くことはない。彼はどうしているだろうか。あの愛おしい猫っ毛を震わせて、どこかの空の下で、また歌っているだろうか。

 日差しが心地良い。今日は絶好のお休み日和だ。私なんていなくたって、この世界は進んでいく。でも、私がいないと、この歌はただの、ありふれた爽やかな歌だ。

 これは、私たちの歌なんだから。

 そろそろ家に帰らないと日焼けをしてしまう。雲が歩いていく。私もまた、歩き始める。目を瞑ると、ふたりの影が思い浮かぶ。

 明日からまた頑張ろう。私が休んだって誰も困らないけれど、でも、頑張ろう。太陽の光を体いっぱいに吸い込んだ。くすりと、笑う。

 風が吹いている。空は青く輝いている。

 懐かしい彼の声が、優しく、響いている。



「かげおくり」
文中の歌です。

「記憶」
彼のつくった、もう一つの歌です。

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