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夕方

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夕方のお話です。 日が暮れていく色、一日が終わってしまう時間に、切なさや人恋しさを感じ、自分の想いに気付くようです。
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2020年8月の記事一覧

あめだま

あめだま

 黄色い屋根の可愛らしい小屋で、小さな女の子がひとり座っている。横幅が二メートルほどもある焦げ茶色の机に、臙脂色の二人掛けのソファを置いて、その真ん中に小さな背中をぴんと反らして座っている。白くて小さい手のひらは、お人形みたいなひらひらのスカートに軽く添えられている。机の上には湯気の立つ白湯の入ったティーカップと、その隣に白いコースターがあって、はっと目の覚めるような鮮やかな赤色をしたキャンディが

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君の話

君の話

 「それじゃあ、君の話をしようか」

 おもむろに話し始めたその人は、チェーン店ではない高そうな喫茶店でアップルパイを二つ頼みました。何が「それじゃあ」なのかも、その人が誰なのかも知らないまま、私は俯きます。

「君、お名前はなんだい」

「…」

知らない人について行ってはいけないと、お母さんにはよく言われたものです。今目の前で姿勢よく座っているこの人は年齢も性別も謎に包まれていました。すごく年

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雨の匂い

雨の匂い

 「雨の匂いがする」

下駄箱を通り過ぎて、唐突に君は言った。

「え、何?なんの台詞?イケてるね」

「いや、普通に、匂い。嗅覚」

「匂い?」

僕にはさっぱり感じ取れなかったが、そこには確かに雨の匂いがしたらしい。芝居がかった胡散臭い言葉も、君が言うと真実だった。しばらくすると、並べた肩をぽつりと雨粒が叩いた。

 雨はすぐには強くならなかった。僕たちは狭い歩道を、前髪を湿らせながら歩く。最

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花歌

 大きく息を吸い込んで、マイクを構える。目を閉じる一瞬前、まだ何も言ってないのに僕の目を真っ直ぐに見て涙を落とした女の子が見えた。瞼の裏で、明るい紫のステージライトを反射してキラリと光った涙の粒を反芻する。

 何かを、伝えたかった気がする。

 「息を吸う音まで、綺麗だよね」

小さな部屋を、防音のパネルで囲って更に狭くして、僕らは二人、いつも寄り添って座っていた。僕の手にはギター、君の手には花

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置き去りチェリー

置き去りチェリー

 店内はゆったりとした音楽が流れ、深い茶色でまとめられた家具やところどころに置かれたアンティークなインテリアがシックな雰囲気を醸し出している。でも、女の子同士やカップルの若い客が多いからか、どこか浮ついたような感じもする。目の前に置かれたインスタ映えするようなプリンアラモードのさくらんぼを摘んで、口に放り込む。あ、種がある、なんて考えていると、ポケットに入れたスマホが震えた。

「あれ、佳穂から電

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