ブラック・アウト
猛吹雪の山中 昼
若者4人が雪山を登山している。
吹雪の中を、深い雪をかきわけて歩いている。
一人一人の口から、白い息が出ている。
髪の毛に付いた汗が氷柱となっている。
横殴りの吹雪が視界をさえぎっている。
先頭が後ろを振り返る。
後方の3人は、疲れ果てている。
先頭の橘が、辺りを見回している。
吹雪の中、ぼんやりと黒い影が見える。
無我夢中で望遠鏡を取り出す。
前方に山小屋らしき建物を発見する。
タイトル ブラック・アウト
山小屋の中 夜
小屋になだれ込むように倒れる。
二瓶「ああやった、やった」大きなため息
菊地「もう、助らねえかと思った」
疲れ果てその場に倒れ、座り込む。
橘はみなみのバックを外す。
山小屋の中 (数日経過)
外の吹雪を見ている橘。
囲炉裏を囲んでいる仲間。
小屋の隅に、空き缶やスナック菓子の袋が散らかっている。
いらだった菊地がスノーボードを床に叩きつける。
「ドン」と言う音で皆、菊地のほうに振り向く。
菊地「(いらいらして)そもそも、なんでこん
ことになっちまったんだよ!たかがスノボ
ーやりに来ただけじゃねえのか!俺たち死
ぬ寸前だったんだぜ」
二瓶「橘が、あの分かれ道をこっちだと言ったから来たんじゃねえか、あの道を行ってりゃ、こんなことなかったんだ」
橘はうつむいたまま黙っている。
いらだって薪をぼんと火の中に入れる二 瓶灰が舞いあがり皆咳き込む。
菊池「何やってんだよ!馬鹿野郎」
憮然とする二瓶。
火は今にも消えそうなくらい弱弱しく燃えている。
みなみは、ヒザを抱え、囲炉裏の火を見ている。
菊池は、自分のバックをごそごそとかきまわしている。
小屋を物色している菊地。
一つの袋を発見する。
袋を開けてみると、芽の生えたじゃがいもが数個ある。
しめしめと、ふところに隠す菊池。
二瓶は、寒さと空腹のせいで丸まって寝ている。
みなみは炎を見つめている。
橘はみなみを気にしてチラリと見る。
二瓶は外の吹雪を見てため息をつく。。
囲炉裏に薪をくべる橘。
二瓶(独り言)「雪が食えたらな」
真っ暗な部屋 橘の夢
ぽつんと暗闇の中で寝ている橘。
スポットライトに浮かんでいる。
白装束の集団がゆっくりと橘を囲むように近づいてくる。
橘は目をパッと見開き、恐怖におののく。
金縛り状態にある。
白装束の集団は橘を取り囲む。
白装束の集団は般若心経を唱えている。
橘はもがき苦しんでいる。
山小屋の中 昼
(ラジオからの音。雑音混じり)
「梅雨前線がしばらく、ザーザー、停滞中のため、ザーザー、数日は、大雪、雷雨、その他、なだれに注意してくださいザーザー」
クラシック音楽が雑音混じりに聞こえる。
山小屋の外 夜
吹雪。
山小屋の中 昼
ぐったりしている4人。
戸板が割れ、雪がなだれ込んでくる。
戸板の穴を自分のバックで防ぐ橘。
二瓶「俺たち、死ぬかもしれない、このまま
凍死して」
菊池「馬鹿、死ぬかよ」
二瓶「氷山に墜落した飛行機でさ、食うもの
がなくってさ、最初は我慢できたんだよ、
だけどさ、空腹に耐え切れず死体を切って
食べて生き残ったんだ、そんな話知ってる
か」
菊池「キモイんだよ、おまえ、じゃ俺はお前
を喰ってやる、おまえの頭からがぶりと
な」
二瓶「へっやれるもんならやってみろ」
菊池はあきれたような顔。
寝ているみなみを振り返る。
みなみは丸くなって横になっている。
みなみは目がしっかりと開いている。
ラジオから途切れ途切れに聞こえる雑音交じりの音楽。
山小屋の中 夜
皆が寝静まったのを見ると、菊池はポケットの中からじゃがいもを取り出し囲炉裏にそっと隠す。
強風で、扉がドンドンと響く。
小屋の隙間から、吹雪が入る。
二瓶が寝返りする。
一瞬、ビクッとして二瓶を見る菊地。
焼けたジャガイモの灰を払い、皮をむいてむしゃぶりつく。
鼻をクンクンし、眼をさます二瓶。
ジャガイモを食べている菊地。
二瓶「あっおまえ何食ってんだ」
菊地「うるせ」
二瓶「俺にもくれよ」
無視する菊池。
二瓶は、菊池に飛びかかる。
菊池と二瓶はもつれ合い、菊池が二瓶を殴り飛ばす。
この騒ぎで橘は、金縛りが取れ起きる。
二瓶「ちっくしょ」
さらに激化する、菊地と二瓶。
みなみ「やめてよ!やめて!」
取っ組み合いは激しくなり、勢いのあまり吹雪の外に出る。
吹雪の中 外
二人は殴りあっている。
山小屋の中
みなみは心配そうに見ている。
吹雪が吹きつける、小屋の戸を閉める橘。
吹雪の音に紛れ「あー」と言う叫び声が聞える。
橘とみなみはお互い顔を見る。
ゆっくりと小屋の戸が開くと、吹雪がゴーとすごい勢いで入ってくる。
小屋に吹雪が入り、目を覆う橘。
戸の中央に立っているのは、菊地。
不審な笑いを浮かべている。
橘「おい二瓶はどうしたんだ!さっきの叫び
声はなんなんだ!」
後ずさりする橘。
菊池はいきなり橘に襲いかかり乱闘。
馬乗りになり、橘を一方的に殴る菊地。
みなみは菊地を制止するが、菊地はみなみを片手ではらいのける。
菊地は橘を突き飛ばし、その隙に逃げる。
追ってきた菊地に橘は突き飛ばされ、壁に頭をぶつけ、その場にへたり込み、額から血が滲み出る。
菊地は、みなみに襲いかかる。
みなみ「やめてーやめてー」
菊地はみなみを押し倒し、馬乗りになっている。
橘は朦朧と見ている。
みなみ「いやーやめてーやめてー」
菊地は強引にみなみにキスをする。
必死に抵抗するみなみ。
橘は意識を取り戻し、近くに置いてあった錆付いたピッケルを手にする。
ふらふらと背後から、菊地に近寄る。
菊地の背中めがけピッケルを大きく振りかざす。
みなみは眼を見開く。
みなみ「キャー」
次の瞬間グサッと菊地の背中にピッケルが突き刺さる。
菊地はドサッと倒れる。
肩から息をしている橘。
みなみは、小刻みに震えている。
橘は、放心状態。
橘の背後でゆっくりと起きる菊地。
菊地「おおおおおー」
橘にタックルする。
その拍子に小屋の板は抜け、バキッという音と共に2人とも吹雪の外に出る。
吹雪の中
橘は腰まである深い雪の中を逃げる。
橘を追う菊地。
橘は後ろを振り向くと吹雪で見えない。
菊池の背中から血が凍っている。
阿修羅の顔になっている。
濃い白い息がフウーと不気味に出て、ニンマリと不穏な笑みを浮かべる。
橘は吹雪で眼を隠しながら、前方を見る。
吹雪の中に一本木がぼんやりと見える。
一本木にたどり着き、木にしがみつく。
追いつく菊地。
ピッケルを持ち橘を殺そうとする菊地。
ピッケルを振り上げる菊地。
阻止しようと菊地に抱きつく橘。
もみ合う二人。
次の瞬間、崖が崩れ落ち、谷底に二人とも落ちる。
が落ちたのは菊地だけで、橘は岩から出た木の根に掴まっている。
下を見る橘。
奈落の底のような真っ暗な谷底。
上を見ると、みなみの手がある。
橘は腕を伸ばし、2人の手が強く握られる。
苦痛に歪む、みなみ。
助けようと引っ張るが力が入らない。
みなみはバランスを崩す。
片足を踏み外し、小石が谷底に落下する。
橘「もういいよ・・・みな」
橘はみなみを手を離そうとする。
みなみ「やだ!そんなの!やだー」
橘「みなも落ちるぞ!」
ドッと岩が崩れ落ち、みなみと橘は谷底に転落する。
転落する橘とみなみ
(スローモーション)
崖を落下している
ブラックホールの中に落ちて行く橘。
(フラッシュバック)
吹雪の中の、廃村の風景。
冬の日本海の風景が、消えては現れる。
しだいに冬の日本海の風景がハッキリと現れてくる。
冬の日本海
荒々しい冬の日本海。
波がうねり、潮は激しく散り、ゴォーゴォーという風が吹いている。
ある家の前
猛吹雪に耐える家
かどつけの親子が家の前に立っている。
父(春郎)母(しお)は玄関前に立ち三味線を弾いている。
幼子(正吉)はその後ろ姿をじっと見ている。
ガラガラと戸が開き、家の中からおばあさんが出てくる。
おばあさんは、かどつけの持っていたはちに米を入れる。
おじぎをする、かどつけの春郎としお。
正吉もちょこんとおじぎをする。
家を後にする3人の後ろ姿。
ある家の玄関前
中年女にシッシッと門前払いされる。
日本海、冬の砂浜
荒れ狂う日本海の砂浜を親子は歩いている。波しぶきが親子を襲う。
正吉は父と母の脇に隠れるようにしがみついている。
小屋の中 夜
強風で今にも壊れそうな小屋。
壁板がバタバタと暴れている。
春郎は細い体で壁板を押さえつける。
しかしあまりの強風に何度も床に投げ飛ばされる。
しおは正吉を胸元に抱き寄せる。
正吉の眼は、ギラギラしている。
とある村 春
雲ひとつない青空。
かどつけの親子は、あぜ道を歩いる。
木々が緑に覆われ、新緑が色鮮やか。
正吉は母にじゃれている。
村の川辺
村の子供達は川遊びをしている。
ガキ大将の子供がかどつけを見つけ指差す。
ガキ大将「おい見れ、乞食だ。乞食親子だ」
子供達は指差した方を一斉に見る。
指差す方にあぜ道を歩く親子。
村のあぜ道 喧騒
ワーと子供達はかどつけの親子を囲み、かどつけをからかい始める。
子供達全員「わー乞食!わー乞食!乞食!親
子そろって乞食!爺さまも婆さまばも先祖代代乞食!乞食!」
かどつけの親子は、無視して先を歩こうとする。
行く手をさえぎるように、子供達はかどつけを囲み、調子に乗って益々激しさを増す。
ある村の畑
畑仕事をしている大人達はその光景を黙って見ている。
ある村のあぜ道 乱暴
子供達「乞食!乞食!」と罵る。
一人の子供が正吉の前に立ちふさがる。
ガキ大将「やい乞食!この道を歩くんじゃね
え!おらたちの道を乞食が通っていいと思ってるのか!」
というと正吉を突き飛ばす。
正吉は倒れる。
ギラギラした眼でにらみつける。
立ちあがり、持っていた杖でガキ大将の頭を殴る。
殴られたガキ大将は頭を抱える。
しおは正吉を押さえる。
うろたえる子供達。
正吉は村の子供達を睨んでいる。
ガキ大将「やったな乞食野郎!」
道に落ちている小石をつかんでかどつけ親子めがけ石を投げる子供達。
春郎は正吉をかばう。
春郎に向け石が飛んでくる。
春郎の背中に石があたりうめき声をあげる。
村の田んぼ
大人達は、光景を黙って見ている。
村のあぜ道 反撃
正吉は春郎の中から強引に出ようとする。
石がしおの顔面にあたる。
かがみ込む、しお。
一瞬呆然とする子供達。
心配して駆けよる春郎。
ガキ大将「逃げろ」
子供達は一斉に逃げる。
正吉は子供達を追う。
ガキ大将が転んで逃げ遅れる。
正吉は、ガキ大将を捕まえて馬乗りになって何度も殴る。
こぶしを大きく振り上げると、大人の手に捕まる。
そして正吉を荒っぽくわしづかみにすると、たんぼに投げ飛ばす。
正吉は大人を睨む。
足をひきづり、大人に向かって行く正吉。
大人は正吉に平手打ちをすると、正吉の頭を地面に押し付ける。
正吉「離せー離せー向こうが悪いんだ!」
父が駆け寄り正吉の手を引く。
父と母は土下座して詫びる。
父は正吉の頭を無理やり下げさせる。
泥のついた真っ黒な顔で大人を睨んでいる正吉。
大人はつばを吐くと、
大人「とっとと立ち去れ!この乞食が!二度
とこの村に来るんじゃねえ!今度来た時は
命がねえと思え!」
しおは目を手で押さえている。
手の間から血が滲んでいる。
大勢の村人の間を3人は歩く。
豪農半兵衛の玄関前 春
豪農(半兵衛の家)らしい家の門の前でかどつけをしている親子。
三味線を弾いている春郎。
戸が開くが親子を見るなりピシャリと閉める老婆。
諦めて歩き出す親子。
両親が先に歩き出す。
正吉は、ふんどしを下ろし戸に小便をする。あっかんべーをする正吉。
林の中 雷雨 夏
小走りになる親子。
大木の下、雨宿りをする父母
正吉は、林を走っている。
雨の中半壊した小屋。
正吉は母の手を引く。
半壊した小屋の中 夜
雨を払い、大きなため息をつく春郎。
奥の方で、バチバチと薪を燃やす音が聞こえる。
奥から、「おいこっちへ来なされ」盲目の男の声だけ。
人影が炎に揺れている。
正吉は春郎の背に隠れる。
親子は恐る恐る声のするほうに歩み寄る。
薄暗い囲炉裏の前に黒い影が見える。
大柄な座っている男。
両目が閉じられ顔の変形した、らい病者。
背後には、大きな金剛杖が立てかけてある。男の近くには、小さな仏像と木屑の山。
正吉は春郎の背後から、興味深々の顔をして見る。
男は錆びた小刀で仏を彫っている。
木屑は囲炉裏の中に飛ぶ。
盲目の男「外は雨で濡れたんべ、ほらここに
来て乾かしたらええ」
遠慮するように囲炉裏を囲み、両親が座ると正吉もちょこんと座る。
彫刻刃を床に置くと、手探りで何かを探している。
鉄の引っかき棒を見つける。
ニコッと微笑む。
盲目の男「その様子じゃ腹減ってんだろ」
おもむろに囲炉裏の中の灰を棒で掻き回す。
盲目の男「(嬉しそうに)おっあったぞ」
囲炉裏の中に手を入れる。
焼けた芋を取り出し震える手で正吉に差し出す。
正吉は目の前の芋に躊躇する。
盲目の男「遠慮するな」
正吉は芋を受け取るが、あまりの熱さで囲炉裏に落としてしまう。
盲目の男「はははははっ」
囲炉裏の中に手を突っ込んで芋を取る。
熱さをこらえふーふーして焼き芋にかじりつく。
両親はぼんやりと囲炉裏を見ている。
盲目の男「ところでおめえさん方、どっから
来たんだね」
しおは無言で囲炉裏の火を見つめ黙っている。
沈黙の後、ポツリと言う。
春郎「はあ、北から」
盲目の男「北からね」
春郎は正吉を見ている。
おいしそうに芋を食べている正吉。
春郎「おらーなんもお返しができねえ、おら
の三味線でも聞いてくんねえがい」
盲目の男は彫っていた仏と小刀を置く。
春郎は三味線を手に取ると一曲弾き始める。
津軽じょんがら節の演奏
聞き入っている盲目の男。
正吉は芋にむしゃぶりついている。
荒れる日本海 なまはげ
砂浜を、数人のなまはげが荒々しく走っている。
民家の中 なまはげ
なまはげが玄関に上がりこむ。
なまはげ「わるい子はおらんかーわるさをした子はおらんかー」
なまはげは逃げ惑う子供を追いかける。
泣きながら逃げる子供達。
親に隠れる子供。
なまはげは泣く子供を抱き上げる。
恐怖のあまり泣き叫ぶ子供。
大人達は笑っている。
林の中 満月
雨は上がり、夜空には美しい満月。
小屋の中 涙
男の目にはうっすらと涙が流れている。
盲目の男「ええなー魂がこもっている。おめ
えさんの三味線を聞いていると故郷を思い
出す」
盲目の男「風呂敷包み一つで故郷を追い出さ
れるように出てきたんだ」
宙を見つめている。
春郎は仏像を見ている。
盲目の男「あの日から幾日経つんだか」
仏像を手に取り彫り始める。
盲目の男「こうやってとりあえず生きてるってのは、仏様の御慈悲じゃねえかと思うんだ」
自分が彫った小さな仏像を不器用に握る。
盲目の男「仏様は一人一人の心の中におるん
だ。どんなにつれえことがあっても、負け
ちゃなんねえんだ。南無阿弥陀仏と唱えれ
ば仏さんは助けてくれるんだ。仏様はおら
を決っして見捨てはしねえ。仏様はでかくて暖たたけえ。どんな人間も救ってくださるんだ。おら極楽浄土にいけなくてもええ。
ただ仏様のお傍にいられるだけでええんだ。
おらにはおっとうもおっかあも誰もいねえ。
頼りは仏様しかいねえんだよ。本当にあり
がたいの」
数珠を持ち囲炉裏に向かい合掌。
仏像の一つがころりと囲炉裏に落ちる。
その仏像に火がつく
しおの顔には、血でにじんだ手ぬぐいが巻かれている。
とある農家玄関の前 曇天
重く憂鬱な雲が、どんよりとのしかかる。
農家の家の前に立っている。
急に戸が開き、
中年女「うちは何もないよ他あたっとくれ」
冷たく追い返される。
正吉は睨んでいる
夕日に暮れる山道
夕日に暮れる道を歩いている。
正吉は母の手を引いている。
春郎がよろけて倒れそうになる。
お寺の境内
境内の中の親子。
ムシロを体に巻き、体を寄せ合い寝る親子。ぼんやりと一枚の絵が見える。
その絵は地獄絵。
おどろおどろしい絵に正吉は息を呑み恐怖におののく。
ムシロに隠れるように潜る。
春郎は呼吸が浅く激しく咳き込む。
衰弱しているやつれた春郎の顔。
高原 晩秋
親子が湿地を歩いている。
すすき草がゆらいでいる。
多くのカラスが、群れて騒いでいる。
正吉はカラスの方に走る。
カラスは迷惑そうに飛び立つ。
近くに寄るとハエがブンブン舞っている。 うつぶせの男の死体。
蛆虫が沸き死体は腐っている。
死体のそばには、泥まみれの小さな仏像が数個落ちている。
正吉は目を見開く。
一目散にその場から逃げる。
段々畑の道 初冬
大きな籠を背中に背負う老婆(ちよ)
前からかとつけ親子が歩いてくる。
すれ違い様に血で滲んだ、しおの手ぬぐいを見る。
ちよは不思議そうに見て、お互いにすれ違う。
ちよは、かどつけの後姿を見てる。
ちよ「どうなさった、ケガしてるじゃねえ」
ちよが駆け寄る。
尋ねるが何も答えない。
ちよはしおの顔に巻いてあった汚れた手ぬぐいを取る。
眼は腫れて赤くなっている。。
ちよはその痛ましい傷に驚く。
ちよ「どうしたんだ?こんなにまで放ってお
いて」
何も答えない親子。
顔を伏せたままうつむく、しお。
ちよ「なあ、わらべっこ、おっかあの目に何
があったんだ?」
ちよは正吉に尋ねるが、うんともすんとも言わない。
ちよ「えらいこった、どういう事情があるの
か知らねえが、おらの家に来て傷の手当て
をするがいい、なっ遠慮はいらねえから」
しおの手を強引に引っ張るちよ。
その後を黙ってついて来る春郎と正吉。
ちよの家の中
ちよは土間で食事を作っている。
いごこち悪そうにそわそわしている親子。
鍋はぐつぐつと煮立っている。
おいしそうな湯気が天井に消えて行く。
正吉はごくっと今にもよだれが出そう。
ちよ「さあ」
お椀を持ってくるちよ。
出された食事に深深とお礼をする両親。
躊躇する正吉。
ちよ「はやぐ、食べらっせ」
椀に盛られた山盛りの芋煮汁と山盛りのご飯。
椀をを取ると無我夢中に食べる正吉。
笑っているちよ。
春郎としお、申し訳なさそうに食事に手を出す。
正吉は空になった椀を舐め回す。
ちよは、正吉から椀を取り、鍋から芋煮汁山盛りに入れる。
正吉の幸せそうな顔。
お腹が満たされ安堵する親子。
正吉は、母のひざまくらで寝ている。
ちよ「何処へ行くのがしんねえが、おっかあ
は治療が必要だ。とうちゃんはもう体力が
残ってねえ。よかったらここでしばらく休
んでけ、な?」
正吉は起きている。
しおと春郎はていねいにお辞儀をする。
囲炉裏
春郎は、ぐっすり寝ている。
その顔は安堵の表情をしている。
正吉「おっかあ?ここで暮らせるのか?」
無言のしお
見晴らしの良い丘 初夏
一本木の根の下で成長した正吉は居眠りをしている。
草むらから狐が見ている。
遠くの方から聞こえてくる、ちよの声で、
「正吉!」と呼ぶ声。
ちよが眼下の畑から手を振り呼んでいる。
正吉は目覚め、大きなあくびをする。
狐と眼と眼が合い、狐の真似をすると狐は草むらに隠れるように消える。
ちよとしおのいる畑に手を振る。
一本木の根をヒョイと下りると、正吉はちよの待つ畑に急な坂を下りていく。
だんだん畑の中 昼
大きなおにぎりを食べる正吉としおとちよ。大げさにおもしろおかしく、狐の真似をする正吉。
それを見て、大笑いするちよとしお。
思わずちよもこっけいな動作をする。
笑いが絶えない昼食風景。
だんだん畑の中 昼
正吉は畑に入り、芋を引き抜いている。
しおは草むしりをしている。
たくさん芋が入った籠をよっこらしょと背負う正吉。
だんだん畑の中 夕方
あぜ道を歩いている3人。
母と正吉の3人の長い影。
ちよの家 台所 夜
しおは料理を作っている。
ちよはわらを編んでいる。
釜をかき回している正吉。
春郎の寝床
春郎が寝ている。
部屋に入る正吉。
春郎を抱き起こす正吉。
春郎は正吉を杖にやっと立つ。
正吉の介助で囲炉裏の前に座る。
浅い呼吸をして咳き込む春郎。
親子の寝室 深夜
影が親子の部屋を横切る。
布団から出る正吉。
祭壇の間 廊下
部屋の中から、お経が聞こえる。
祭壇の間 外
部屋に耳を近づける正吉。
障子の隙間から覗く。
ちよ以外に数人の人がいる。
信者の背中しか見えない。
護摩が焚かれている。
祭壇があり、ちよは祭壇の中央に座り、他の人たちは、ちよの背後に座っている。
ちよはお経を唱えている。
祭壇の間 中
ちよ「はいさーや、しきなれば、しきよと申
す春のしきよ、しきより御前遊び申せば、
おもしろや、若神子が、かのをが庭で祈り
する、祈りも叶う幸いもよく、幸いもよし、 幸いもよし、うちたつる、音のよき調子の初音をば、まずすいさくに、まいらするもの、はらいする、ここが高天原なれば、集まり給え、四方の神々、千早ふる、神のみ祓いする人は、千歳の栄えあるとこ、そひらく、神道は千道(ちちみ)百道(ももみち)道七つ、中なる道が神の通い路、伊勢大神、天が岩戸を押し開き、押せや開けや 天岩戸を、高神は今ぞ降り、来て理想をひろめ、あしげの駒に、手綱よりかけ」
バチバチという木片の燃えている。
中年女「おっとうがいなくなって、寂しくて
なんね。おっとうを呼んでくれねえがい」
神懸りになったちよは、数珠を片手に語り始める。
ちよ「おれは元気にまかせて暮らしていたが、
今、突然思いもかけず、あんな姿になっち
まって閉じ込められたとき胸の中から首筋、
胸のつらさはたとえようもない。問わるわ
が身は、声をたてる力もすがる力もあらば
こそ、体中の力が抜けて、こわさというか
だるさというか、身の置き所のないほどせ
つなさ、よしよ、そなたには、人に知れな
い苦労をかけ人に知れない難儀をかけてよ。
神がかりのちよの顔。
祭壇の炎が大きく揺らいでいる。
ちよ「残したおまえや子供達のことが案じら
れてならない。どうか薄いえにしと思し召し、何やかや、心を強くもってよしなに頼みます。あの世にも急ぐ順序なもんだ。それはおれが縁しく思えば、こころ残りはないけれど、ただおいたり、おかれたり、今まで苦心難難し通で、やっとのことで右、左からじいちゃん、ばあちゃんと呼ばれながらこれから安楽な月日が送れると思ったのに、この世を立たねばならないか」
泣いている女。
ちよ「10年せめてえ5年は生きたかった仕
方がない運命だ。どうか諦めてくれなさや
世継ぎの宝よ、後に残りし我妻、そなたの母親さまをくれぐれも頼むぞよ。家の中にどんなことがあっても、ばあちゃんを大事にしてくれよ。家の者はお互いに心と心を親しんで何くれとなく頼みます。急に立ったが因果なもので誰にもどなた様にも遺言といったものは語りかねたが、親子の仲をば睦まじく、兄弟姉妹も睦まじく、皆家業に精だしてくれよう」
ちよは相談者のほうに振り向く。
ちよ「この世は修羅場だ。世間は冷たくても
仏様を信心する心を持てばなんとかなもん
だ。おてんとうさんはすべておみとうしだおめえのご先祖さんは、きちんと見守っているんだからしっかりやんねえとおめえバチあたんぞ、いいな」
すすり泣きをして相槌をうつ中年の女
青年「実は、一週間からなんだかしんねえけ
んど、おっとうが、原因不明の病気で寝こ
んじまって、こんなこと今までなかったの
に、こりゃなんか障りじゃねえかと、お伺
いに来たんだけんど」
ちよは大きく息を吸いこむ。
ちよ「おめえのおっとうは確か猟師だったな。
こりゃ殺された獣の障りだな。山の神さん
に許可なく撃っただろう。その獣は、撃っ
ちゃなんねえ獣だったんだ。たとえ獣であ
ろうと、この森羅万象のお山にとっちゃ一
つの大切な命だ。なんの断りもなく殺した
おめえのおっとうは、その罪を病というかたちで償わなきゃなんねえんだ。病を退散せようとするなら、いとめた獣の角を山に戻し獣の祠を建て供養することだ」
祭壇の間 外
正吉は恐ろしさで身を縮ませている。
親子の部屋
興奮さめやらず、寝返りをうつ正吉。
強引に目を閉じる。
囲炉裏 朝
ちよ、しお、春郎、正吉は朝ご飯を食べている。黙々と飯を食べる。
箸が落ちる音。
正吉が春郎を見る。
お椀をもったまま前かがみにうなだれている春郎。
しおとちよは春郎を見る。
息を引き取っている春郎。
正吉「おっとう!」
正吉の手元からお椀が落ちる。
部屋の中 夕方
春朗の亡骸の手には、汚れた数珠が握られている。
あぜ道 晩夏 夕方
山々が黄、赤と染まりつつある。
とんぼの飛び交う秋空。
荷車を引いている正吉。
荷車に藁で覆われた春郎の亡骸
荷車を押している、しお。
少し後ろを歩いている、ちよ。
ちよ「しきなればー極楽浄土に参らせり、南無阿弥陀仏と唱えれば、万里の道も険しからずやー(鈴の音、チリーン)南無阿弥陀仏と唱えれば、仏の光明に導かん、(チリーン)千里の道も険しからずやー阿弥陀仏と唱えれば、万事安泰恐れるべからず(チリーン)ー南無阿弥陀仏(チリーン)、南無阿弥陀仏(チリーン)南無阿弥陀仏(チリーン)」
共同墓地 五輪の塔 夜
五輪の塔が中央にあり、その周りには、石がただ積まれただけの
(青森県恐山のような)荒地。
提灯を持ったちよ。
ちよ「この塔のを周りを右に3回、左に3回、
回るんだ」
五輪の塔を荷車を引くしおと正吉。
燃えている棺。
正吉としおは、炎を見つめている。
カラスが上空を舞っている。
村の共同墓地 五輪の塔 夜
満月の夜。
煙が夜空に漂っている。
父の骨を拾い集めているしおと正吉。
瓶に春郎の骨を黙々と詰めているしお。
頭蓋骨を手に取る正吉。
頭蓋骨に大粒の涙がぽたりと落ちる。
畑仕事 昼
クワで畑を耕し、額から汗が出ている。
しおは草取りをしている。
囲炉裏 夜
ちよ、しお、正吉の3人は囲炉裏で夕食を食べている。
ちよがゆっくりと話しを切り出す。
食事をしているちよに向かって、
ちよ「しおさんやちょっと相談があるんだけ
ど後で部屋に来てくんねえがね」
祭壇の前
祭壇の炎が揺れている。
炎で二人の長い影がゆらいでいる。
ちよとしおが向かい合っている。
ちよ「なあ、おらの血筋のもんで半兵衛とい
うもんがおるんだけど、嫁を娶って10年
になるんだけど、子供ができなくてな、一
度流産してから。なんでも、嫁さんは産め
ない体になっちまったらしい。おらも不憫
でならなくてな、働き手もいねえし、他人
の子を家に入れることだけはしたくねえら
しい。だから、これからどうすることもで
きねえ。そこで、しおさんに頼み事がある
んだけんどなあ」
うなだれているしお
ちよ「なあ、おめえさんはまだ若い。おらが
みたところまだ子供を宿せる。そこで相談
なんだが、半兵衛の子供を産んでくんねえ
かね。どうしても断りきれなくってなあ。ちょっと考えてくれねえか?(手を合わせて)この通りだ。お願げえします。おらを助けると思って」
ちよはしおに深深と頭を下げている。
うなだれているしお。
親子の寝室
手鏡で自分の顔を見つめる。
目の傷はほぼ完治している。
春郎の残した数珠を手に取り見つめている。思い出されるちよの言葉。「なあちょっと考えてくれねえか?この通りだお願げえします。おらを助けると思って」
正吉の寝顔を見ている。
ちよの家 土間
鍬を持つ正吉。
正吉「じゃあ、おっかあ、おら先行ってるら
弁当おねげえします」
しお「ああ」
正吉の後ろ姿を見送るしお。
ちよがしおに近寄る。
ちよ「なあ、この間の話しの件だけんど、考
えてくれたがね」
しおはしばらく考えて、こくりとうなずく。
ちよは驚いたように、
ちよ「ええんだな?本当に」
複雑な表情のしお。
親子の寝室
ゆっくりと布団から出るしお。
正吉の寝顔を見るしお。
泣きそうな顔をしているしお。
嗚咽を手で押さえるしお。
ちよの家 玄関前
しおは家の戸を静かに閉める。
馬が用意してある。
その馬の荷車に乗るしおとちよ
夜道
荷車の車輪が回っている。
豪農半兵衛の家 玄関前
半兵衛の豪華な家の構え。
ちよが戸を開け、先に入る。
玄関前で、躊躇しているしお。
手招きするちよの手。
恐る恐る家に入るしお。
半兵衛家の中 囲炉裏
半兵衛と嫁(いね)、ちよ、しおが囲炉裏に向かい合っている。
一同沈黙している。
薪のバチバチという音。
半兵衛はちよに視線を向ける。
ちよはしおに耳打ちする。
ちよ「しおさん事情はわかってくれたな」
しおは少し間をおいてコクリとうなづく。
半兵衛はしおを見ている。
下を向いたままのしお。
顔を上げ半兵衛を見るしお。
半兵衛としおが立ちあがる。
障子を開く半兵衛。
半兵衛についていく、しお。
障子が閉められる。
肩を振るわせ泣いている、いね。
ちよは眼を閉じ、落ち着いている。
囲炉裏の火の粉は宙を舞っている。
ちよの家 親子の寝室
正吉がふと眼を覚す。
横にいるはずの母の姿が無い。
家の中を叫びながら探す。
正吉「おっかあー、おっかあー」
家のあちこちを探すが、しおもちよもいない。
はだしのまま、表へ出る。
夜道
真っ暗な村の一本道を走る正吉。
正吉「おっかー何処行ったんだ」
半兵衛の家 外
戸が強い風に当たりバタンバタン暴れている。
半兵衛の家 中
ちよといねは沈黙。
障子ががらりと開く。
半兵衛が立っている。
薄暗い部屋の奥には、長い髪の毛が見える。
囲炉裏に座り、キセルを吸う半兵衛。
半兵衛の家 玄関前
半兵衛といねは、ちよとしおに深深とお辞儀をする。
いねは箱のような土産をしおに手渡す。
夜道
満月の月明かりが2人の姿を照らしている。
帰りの夜道でしくしくと泣いているしお。
前から走ってくる正吉。
夜道 満月
遠くから提灯の明かりが見える。
正吉「おっかあ」
走り続ける正吉。
転ぶ正吉。
立ち上がり提灯に向かい走り出す。
しおに抱きつく。
正吉「おっかーおっかーおっかー」
しおは正吉を抱きしめ、今までにない声で泣くしお。
戸惑う正吉の表情。
畑の中のしお
しおは大きなお腹を抱えながら、田植え仕事をしている。
田んぼのあぜ道
立ち話をしている村の中年の女二人が、しおを見て噂をしている。
女1「なあ、あのかとつけの女。ありゃ身ご
もってるけど誰の子だい?」
女2「村の若い衆に夜這いでもかけられたの
かね?」
女1「さあなあ、まさかおしらさまの子って
ことはなかんべな」
女2「ばあさんも世話焼きというか、よそも
ん身内に入れてどうするつもりだ」
女1「あのばあさんには身内がいねえって話
しだから」
女2「ああーあのばあさんも元はといえば、
三代前はよそもんだったからなあ。よそも
ん同士気があったんじゃねえのか」
女1「しかしその筋のもんだから、へたな事
はできねえ、あの家の前を通っただけで、
狐が憑くっていうじゃねえか。子供達にも
あの家の前を通るなって、言い聞かせてる
んだけどな」
女2「狐にとり憑かれた人は狂い死ぬってい
うじゃねえか」
女1「そういえば、長者様のとこの長男が気
が違ったというもの、あのばあさんが狐を
憑けたって言う噂じゃねえか」
長者様の家の中
(回想シーン)
屋敷の中で長男が鎌を持って暴れている。
こわごわ見ている家族。
部屋の中がめちゃくちゃに壊される。
田んぼのあぜ道
女1「長者さまににらまれたらおしまいだ」
女2「ああーこの村にはいられねえ。まった
く関わりたくねえもんだ。くわばら、くわ
ばら」
しおは大きなお腹を抱え、田植え仕事をしている。
野山 夕方
少年達が走って行いく後姿。
正吉はきつねと向き合っている。
きつねも微動だにしない。
きつねは「きゅん」と言う。
ふさふさした尻尾をまくし立て、山の中に消えて行く。
ちよの家 土間
しおは額に汗をかき、土間に手をつく。
正吉「ただいまー」
つわりでしおは苦しそう。
正吉「おっかあだいじょうぶか」
かがんだ母に不安気に寄りそう正吉。
しゃがみこむしお。
ちよは手馴れたように、しおをゆっくりと立ち上がらせ表に出る。
藁でできた授産部屋 ウブヤ
藁でできたウブヤに入り、ウブヤにしおを寝かせる。
薄ぐらい部屋全体にわらくずが敷いてある。
わらの上に一枚の布着れが敷いてある。
天井から力綱と縄が下がっている。
出産の苦しみの苦痛に耐えるしおの表情。
ちよはそばにつきそっている。
正吉がウブヤに部屋に入ろうとして、顔を覗かせる。
ちよ「入っちゃなんねえ、おっかさんは今な
んぎだ。男が入ると、難産になるから、お
めえは台所でじっと辛抱してなきゃなんね
おめえは湯を沸かし、タライに湯をためる
んだ、早くしねえと大変な事になる」
ちよの家 土間
かまどに行き火をつける正吉。
ウブヤ
しおは力綱を握りふんばっている。
ちよは子供をゆっくりと取り出している。
ちよ「もうすぐだーいきむんじゃねーゆっく
りと深呼吸しなくちゃなんねえ」
しおはいわれるがままにスーハースーハーと徐々に呼吸が楽になってきいる。
ちよの家 土間
そわそわしている正吉。
なべの湯は沸騰している。
ウブヤ
規則正しく呼吸のリズムができている。
しおが大きく息を吸った瞬間。
エイとばかりに、ちよが赤子を取り出す。
赤子を産湯につける。
赤子「おぎゃーおぎゃー」
手足をのびのびと動かしている。
ウブヤをそっと覗く正吉。
しおの胸に抱かれた赤子。
ちらちらと雪が降っている田んぼ。
それから数年後(テロップ)
囲炉裏
しおの膝の上のさち。
首筋にはあざがある。
さちは正吉の顔をつねっている。
さちは正吉にじゃれつく。
囲炉裏の炎。
しおの膝の上で寝ているさち。
レンゲ畑
正吉とさちはレンゲ畑で遊んでいる。
レンゲの蜜を吸っている二人。
滝の上 夏
滝の上の正吉。
滝つぼにいるさちは不安な表情。
正吉「さちー行くぞ」
さち「やめてーおっかあにおこられんぞ」
正吉「おらーさちと一緒にいるだけでええん
だ。他には何もいらねーさちはおらの宝物だから」
さちは見てられなくて、膝を抱え泣いてしまう。
正吉「さちの為なら、オラの命捨ててもいい
んだ。俺はそのくらい・・・」
さち「やめてー」
正吉は一気に滝つぼに飛び込む。
さちはふと滝つぼを見る。
正吉の姿が見当たらない。
さち「あんにゃー」
さちは必死になって探す。
岩陰から飛び出す正吉。
正吉「わっ驚いた」
さちは驚き、硬直している。
正吉「ごめんごめん悪かったな」
正吉はさちの手を握り、必死に謝る。
さち「(泣きじゃくるさち)あんちゃのばか、ばか、ばか」
とある民家の祭壇
ちよと正吉が祭壇の前に座っている。
家族が数人正座して座っている。
ちよ「さにあらば、天地八百万の神々仏様、
障り、たたりをば、たちどころに退散され
たまえ。この家のご先祖、糸井家のご先祖
の方々よ、ご案じください」
正吉は、立ち上がると家族の周りをゆっ
くりと歩き、御幣を何度か振りかざす。
ちよ「どうそ土地の主のカシラ様、観音菩薩
大明神様どうか、どうかさにさにあらず、
お導きくださいますようこのとおり、この
とおり、お頼み申します。南無阿弥陀仏、
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
ちよは、祭壇の鐘を数回、鳴らす。
チリーン、チリーン、チリーン
御幣を持った正吉は、家族を前にして、
祭壇に向かって深々とお辞儀をする。
囲炉裏
正吉にじゃれているさち。
あみものをしているしおは、浮かない顔をしている。
しおの影に隠れるさち。
正吉「こらーさち、おっかあの後ろにかくれてもすぐわかるぞ」
さちはしおに隠れ、笑っている。
木戸を叩く音。(ドンドンドンドン)
ちよが木戸を開ける。
半兵衛夫婦が家に入る。
風呂敷が大きく膨らんでいる。
さちは半兵衛を見るなり飛びつく。
半兵衛「やあやあさち、好きなお菓子をたく
さんもって来たよ」
風呂敷の中からお菓子を取り出す。
お菓子に飛びつくさち。
しおは寂しそうに、さちを見ている。
ちよ「また、こげん遠くまで、難儀でした」
半兵衛の膝の上に乗り、半兵衛に甘えているさち。
半兵衛「いやいやばあさま、さちに会えるだけでも、それだけで、それだけで幸せな
んじゃ。毎日毎日さちのことで頭がいっぱ
いで、仕事も手につかずこまったもんじゃ
な・・・」
半兵衛とお手玉をしているさち。
しおの寂しそうな顔。
正吉はしおの顔を見る。
さちは喜んでお菓子を食べている。
畑の中 昼
農作業をしている正吉。
振り向くと、さちが草を取っている。
あぜ道 夕方
さちをおぶってあぜ道を正吉は歩いている。さちは正吉の背中で寝ている。
寝ているさちに話しかける。
正吉「なあさち、おらたちは兄と妹なんだ。
この世の中で、たった一人の兄弟なんだ。
さちをいじめたりした奴は、こらしめてや
るからな。どんなことがあってもさちの見
方だからな。死んだおっとうは、どんなあ
に喜んでいることか」
さちは正吉の背中で寝ている。
丘の上 初冬 朝
朝もやの村の家々。
数件の家から、煙が立ち昇っている。
ちよの家 台所
台所で、しおが朝食の準備をしている。
正吉「おはようございます」
しお「ああ・・・おはよう・・・」
正吉は外に出る。
外の水場
張った凍り水が朝日に照らされてキラキラ光っている。
顔を洗い、大きく背伸びする。
囲炉裏
食事の支度がしてあるが3人分しかない。
自分の膳の前に座る正吉。
正吉「あれ?おっかあ、さちの器がないけん
ど」
しおは黙って土間仕事。
正吉「おっかあさちは風邪でも引いたか?」
奥からちよがのそっと出てくる。
ちよ「(ぼそっと)さちはいねえ」
唖然とする正吉。
しおに駈け寄り、
正吉「さちはどこさ?」
しおの後ろ姿。
正吉「なあ!さちはどこなんだ!黙ってちゃ
わからんぞー」
ちよに駈け寄り、
正吉「なあ!ちよばあちゃん!さちはどこへ
行ったんだ!」
何も答えないちよ。
正吉「どうしてなんだ。どうして、おっかあ
も、ちよばあちゃんも黙っているだ!」
憂鬱そうな、しおの顔。
正吉「(大声)ああああー」
吐き捨て正吉は家を飛び出す。
しお「待たねえかー正吉」
しおは正吉の後を追おうとするが、ちよがしおの腕を掴む。
野道を走る正吉
畑の中
正吉は畑仕事をしている人に尋ねている。
村人は知らないと手を振る。
とある民家
民家に入り家の人に尋ねている。
首を傾げる家人。
あぜ道
夕方の道を憔悴しきった正吉が歩いている。
一本木の根 夜
村を眺望できる一本木の根の下。
家々から白煙が立ち上っている。
根元にもたれ、ぼんやりと遠くを見ている。
正吉「(力なく)さちーどこなんだ。どこに、
いっちまったんだ」
星空を眺めている。
星はらんらんと輝いている。
土間 朝
ぞうりを履き、畑仕事の身支度をする。
しお「正吉、めしはいらんのけ」
正吉は無言。
しお「なあ正吉きいでんのが」
正吉は無言で身支度を終える。
かごを背負い家を出る。
しお「なあ正吉、正吉!」
囲炉裏
正吉は、浮かぬ顔で藁を編んでいる。
ちよ「正吉、ちょっと」
手招きをするちよ。
ちよは一張羅のはかまを持っている。
ちよ「死んだ息子の物だ。十五になる前に、しんじまった」
正吉に着つけをするちよ。
着着けを終えて、
ちよ「おめえさんもこれで立派な大人だ。ど
の村にもしきたりというものがあるが、し
きたりは守らねえとなんねえ」
正装した正吉の不安な表情。
神社の鳥居 元服式
鳥居や参道には、祝いののぼり旗がある。
神社 内
村の若い衆たちの後ろ姿。
中央には神主が祝詞をあげている。
村長の家 畳部屋 中
羽織、袴姿の若い衆が酒を飲んいる。
酔いつぶれている若い衆。
キセルにむせる若い衆。
女達は男達に酒をついだり料理を運んだりしている。
上座には、態度の大きい3人の若い衆。
中央には貫禄のある、若い衆のカシラ。
給仕をしている女に、ちょっかいを出す若い衆。
正吉は緊張している。
正吉の前に出された膳。
隣の友人「食べようや」
正吉「うん、ああ」
料理に箸をつける正吉。
カシラに耳打ちする若い衆。
カシラはとろんとした眼で正吉を見る。
カシラ「おい!正吉!こっちへ来い!」
その大きな声にビクッとして正吉は立ちあがる。
会場は一瞬シーン。
カシラの前に進み出る正吉。
酔ったカシラは
カシラ「おい!誰がここに来ていいって言っ
た!」
正吉は黙って下を向いている。
カシラ「おまえ、かとづけなんだろう?よそ
もんはこの家の敷居またいじゃなんねえ。
どこの馬の骨の、わけのわからねえかとづ
けとか、小汚ねえ浮浪者なんかよーなんでこの席にいるんだか・・・」
得意満面のカシラ。
正吉は悔しくて力こぶを握りしめている。
隣の若い衆がカシラに耳打ちする
カシラはにんまりと含み笑いをしている。
カシラはあごで子分の若い衆に合図をする。
若い衆の一人は奥に隠れる。
一升瓶に性器を入れ、小便をする。
正吉は下を向き堪えている。
小便入りの酒を、若い衆一人一人の後ろ手に渡しで、カシラまで持ってくる。
小便入り酒を正吉の前に出す。
カシラ「まあいい、めでたい元服式だ!祝いの酒をおめえにも呑ませよう!おい杯を持て!」
杯を庄吉に渡す。
カシラは正吉の杯に小便入り酒をつぐ。
会場のあちらこちらで、クスクスと笑い声が聞こえる。
正吉の友人は心配そうな表情。
正吉は杯に口をつけぐいっと呑む。
小便の酒にむせて咳が出るが我慢してゴクリと呑み干す。
カシラ「ほおーいけるじゃねえか?」
もっと飲めといわんばかりに一升瓶を差し出す。
しぶしぶと正吉は杯を差し出す。
カシラはわざと杯からこぼれるように注ぐ。
正吉の杯から酒がこぼれる。
カシラ「もったいねえことすんなー畳を舐め
ろ!かどつけ!」
正吉はしぶしぶ畳を舐める。
若い衆達の甲高い笑い声が部屋に響く。
カシラ「ほらまだ残っているぞ!もっと呑め
呑め!」
再度酒を注がれる。
正吉は杯を見つめている。
カシラ「さあさあ呑め!さあ呑め!」
正吉は一気にぐいっと呑む。
むせて我慢できず酒を吐き出す。
吐き出した酒のしぶきが、カシラと
隣の若い衆二人にかかる。
カシラは怒り、
カシラ「コノヤロー」
カシラは正吉を掴みかかるが、正吉は
一瞬の隙をつき逃げる。
カシラ「おい捕まえろ!」
というカシラの号令で若い衆は一斉に正吉を捕まえる。
じたばたする正吉を押し倒し仰向けにする。
笑いながらカシラは一升瓶を正吉の口の中に突っ込む。
あまりの苦しさにもがき苦しむ正吉。
それでも止めようとしないカシラ。
酒が口から溢れ出し、せっかくの真新しいはかまがずぶ濡れになる。
会場の若い衆が大騒ぎで、正吉を大笑いしている。
馬乗りになったカシラの笑い顔。
ちよの家 風呂場 夜
風呂につかっている正吉
正吉「なあ・・・おっかあ」
ちよの家 風呂の外
風呂焚きをしているしお
しお「なんだ」
ちよの家 風呂場 夜
正吉「かどつけって悪いことなんだが?」
しおは無言で風呂を焚いている。
正吉「なあ?おれだちは、悪人なんだか?か
どつけは家なしの浮浪者なんだか?ろくでなしなんか?」
風呂場 外
しおは無言。
風呂場
正吉は水面に写る自分の顔を叩く。
何度も何度も叩く。
風呂に潜り、思いっきりばかやろうと叫ぶ。
ちよの家 勝手口
正吉は大きなかごに野菜をつめこんでいる。
かごを背負うとしおとちよに向かって
正吉「じゃ行ってぐるから」
家を出る正吉。
峠の山道
山々に雪が残っている。
山道を歩いている正吉。
吐く息が白い。
宿場町 昼
大勢の人たちが行き来している。
正吉は人々の間を通りぬける。
路上の場所を確保して、かごを下ろし、かごの中の野菜を並べる。
正吉は人々を見ている。
隣の店はお客でにぎわっている。
一人の女の子が目の前を通り過ぎる。
正吉は女の子の後を追いかける。
正吉は女の後ろから、
正吉「あのー失礼ですが?」
女の子はキョトンと振り向く。
女の子「はあ?」
正吉「お名前はさちじゃなかんべか?」
女「おら、ちずって言うんだよ。」
正吉「ああそうかい、ごごめんね人違いした
みたいだ」
正吉は落胆し肩を落とす。
正吉は店に戻る。
こくりと居眠りをしている。
子供を背負った女が正吉の前に立つ。
思わずハッとして、
正吉「いらっしゃい」
野菜を手に取り吟味している。
正吉はおおきないもを差し出し、
正吉「これはおらが今日の朝一番に掘り起こ
したいもだ」
女はそのいもを受け取り吟味している。
女「じゃあ5つばかりくれねえかい」
正吉「どうも」
いもを女の袋に入れる。
正吉「じゃ3銭だ」
女は懐から財布を出す。
親子連れの女の子が人ごみの中にちらりと見える。
女の子の首筋には少し大きめの痣がある。
正吉の店
正吉は店を放り出し、女の子の姿を追う。
正吉は走り、杖をついた盲目の男にぶつかる。
よろよろする盲目の男。
正吉「ごめんよーかんべんなー」
茶屋の中を見回す正吉。
宿場の店の一軒一軒を覗き込む正吉
宿場街の外に出てしまう。
大きなため息をつく正吉。
正吉の店
野菜は全部なくなっている。
呆然と立ちつくし、青空を見上げる。
正吉「どこにいるんだ、さち」
夜祭 夜
太鼓と笛がやぐらで演奏されている。
やぐらのまわりを、老若男女が踊っている。正吉は踊りの輪の中に入って踊っている。
正吉は踊り疲れたのか踊りの輪から外れ、しおのところに行く。
灯篭 下
台座に腰を下ろす正吉。
正吉「おっかあも、踊ろうよ」
しお「おらはええ」
竹筒の水を飲んでいる正吉。
「正吉」と呼ぶ声。
正吉は何処だろうと見まわすが誰もいな
い。
友人「こっちだよ、正吉」
友人が闇の中から現れる。
友人は正吉に耳打ちする。
正吉はにふくみ笑いを浮かべる。
正吉「おっかあすぐ戻ってくるからちょっと
ここで待っていてくんねえかい」
しお「正吉、遅くならないでね、あんまり遅
いとおっかあ先に帰るからねえ」
正吉「わかったよ」
正吉と友人は踊りの輪の中に消えていく。
残されたしおは、扇子で浴衣の胸元に
風を送っている。うなじは色気を漂わせている。
浴衣から見える秋田美人の色白の肌。
祭 踊りの輪
正吉と友人は踊っている。
若い女の後ろに割り込む友人。
友人は正吉に手招きをする。
友人のまねをする正吉。
灯篭 下
ふくらはぎをピシリッと叩く。
浴衣を少しめくると白い足が見える。
しおは刺されたところを見る。
赤く晴れ上がっている。
草むらの中
しおの光景を凝視している、若い衆のカシラと若い衆二人。
カシラは二人に目で合図をする。
二人は散らばる。
灯篭 下
ゆっくりした足取りでしおに近づくカシラ。
ふとももをかいているしお。
浴衣を直すしお。
カシラ「お怪我されたんですか?」
しお「休んでいるだけだ」
カシラはしおを顔から足先までなめまわすように見る。
カシラ「ひとりかい?」
しお「正吉と一緒だ」
カシラ「ああ正吉つぁんですか」
うつろに周りを見まわし、カシラは首をこくりうなずく。
草むらの中から若い衆の二人が飛び出す。
しおを羽交い締めにする。
しおの口には手ぬぐいが締めらる。
しおはわずかな抵抗する。
しおの耳元でカシラは言う。
カシラ「今夜は無礼講なんだから、今晩おら
たちと付き合ってもらうよ」
しおは強引に草むらにひきづりこまれる。
水車小屋 内
カシラはちょうちんに明かりを灯す。
しおをわらの上に乱暴に突き飛ばす。
カシラがしおの浴衣を取ろうとする。
しおが激しく抵抗する。
何度か平手打ち。
カシラ「こら!かどつけの分際で世話焼かす
な!」
一発、大きく平手打ちをする。
その反動でぐったりするしお。
しおの両手を柱に縛り付ける。
カシラはしおの浴衣を乱暴に剥ぎ取る。
カシラ「ほー歳の割にはいい体してるなー」
とまじまじとしおの体を見る。
カシラの下になっているしお。
苦痛に歪むしお。
性行為をしているカシラ
カシラ「ええだろ、若いおらに抱かれて嬉し
いだろう?」
若い衆二人はもの欲しそうに見ている。
カシラは行為を終える。
カシラ「次はおめえ」
しおから離れ、交代する。
交代した若い衆は無表情で腰を振る。
性行為止め若い衆のもう一人に代る。
若い衆「待ってました。へへっかわいがって
やるかなあー」
気持ちよさそうに腰を振る若い衆。
しおの胸を強引に掴む。
さらに、噛み切らんばかりに乳首をかむ
苦痛にゆがんでいるしお。
猿ぐつわを外し接吻をする。
激しく腰を振る若い衆。
若い衆「おらもうだめだ、出ちまう」
ぐったりとしおの体に倒れる。
若い衆「スッキリ。溜まっていただけに」
乱れたままで失神しているしお。
キセルをふかしているカシラ。
苦笑いをしている。
カシラ「おらの妾にしてやってもええんだけ
んど、身元もわからねえ、かどつけだしな、気が向いたらよ、婆さん家へ夜這いしに行ってやるからよ。このことは、誰にも言うなよ。おっとうの後はおらがここの村の村長になる。おらの言うことがわからねえやつは、この村を出ていってもらなきゃなんねえ。わかったな、おとなしくしろよ」
しおは乱れたまま藁の上に横たわっている。しおの胸と股間から血がある。
灯篭 下
灯篭に戻る正吉。
正吉「おっかあーおっかあー」
しおを呼ぶが、なんの反応もない。
あたりを見まわす。
あきらめて、また踊りの輪の中に戻る。
滝つぼ 朝
村人数人が滝壷を見ている。
滝壷にしおの死体が浮いている。
走ってくる正吉。
滝壷を見てしばし呆然とする。
正吉「おっかあ!」
ふらふらと滝壷の中に入って行く。
正吉「おっかあ!おっかあ!そんな!」
徐々にしおの死体に近づく。
青ざめた顔のしお。
正吉「なんてこったーなんで死んじまったん
だーおっかあー」
しおを抱きかかえる。
村人の方を向き
正吉「おい!誰がやったんだー誰がおっかあ
にこんなむごいことしたんだあー」
村人は黙って見ている。
正吉「ちくしょーくそー許さねーくそー」
水面を叩きつける。
しおの遺体を負ぶって岸に挙げる正吉。
しおの死体にすがりつき号泣する。
正吉「おっかあ、おっかあ、なんで死んじま
ったんだよーどうしてなんだーどうしてなんだよーおらがあん時ついていてやれば」
正吉は自分を殴り続ける。
その光景を無言で見ている村人達。
ちよの家 薄暗い部屋 深夜
ロウソクが一本ついている。
木彫りの仏像を彫っている正吉。
正吉の額から汗がにじみ出ている。
夜明けですずめの鳴く声。
刃物を置く。
宙に目線をずらすとその先に
観音菩薩の掛け軸がある。
痩せたぼんやりする正造。
ちよの家 夜
人を拒絶するような妖気漂うちよの家。
カラスが屋根に大勢いる。
ちよの畑 昼
手入れのない、草が生い茂って、土の乾いた割れた田んぼ。
一本木 夜
正吉は一本木にノミを突き、仏様を刻んでいる。
ちよの家 玄関 昼
正吉の友人が玄関前に立っている。
烏が空から、友人めがけ突進してくる。
思わず身をかがめる。
友人「ごめんくだせ」
何の反応もない。
友人「ごめんくだせ」
何の反応もない。
友人はゆっくりと戸を開ける。
奥のほうで木を削る音が聞こえる。
「ガリガリガリ」
友人は忍び足で家に上がりこむ。
音のする部屋の前。
戸の隙間から部屋をのぞくと、そこには 不精ひげを生やし、変わり果てた正吉の姿。恐る恐るゆっくりと戸を開ける。
正吉は背中を向け黙々と仏像を彫っている。
友人「正吉つぁん!」
正吉はピクリともしない。
友人「正吉つぁん!どうしてもおら話さなく
ちゃいけねえことがあって来た」
動じない正吉。
友人は少々戸惑いながら。
友人「おめえのおっかあが、なぜ死んだが、
知りたかないか?」
正吉はノミを止めた。
友人は、声を震るわせ。
友人「あの祭りの晩のことだ。なあ覚えてる
だろ?俺達が踊ってた時おめえのおっかあ
はな、年長組の衆頭3人に水車小屋に連れこまれ乱暴されたんだ。村の連中は皆知ってる。皆黙ってるだけだ。もし俺が言ったとわかったらこの村を追い出される。だから正吉つぁんに言えなかったんだ。怖かったんだ。でもおら胸のつっかえがとれなくて、夜も眠れなくて・・・」
友人は土下座して正吉に許しを乞う。
友人「すまねえ、隠していて本当にすまねえ
正吉つぁん、許してけろ」
土下座をして懺悔する友人。
ふと正吉を見ると不動様のような憤怒の顔をしている。
持っていたノミを床にドンと突き刺した。
友人は、ワナワナと振るえている。
正吉は固い握りこぶしを膝の上で叩く。
カシラの家屋内 夜
若い衆の3人は、酒を酌み交わしている。
若い衆「次の祭りは、どんなオナゴが来るのか楽しみじゃのーはははっ」
カシラ「ああ何人のオナゴと楽しめるかの」
若い衆「おらあー100人切りしてやるから
なーどんな手段使おうともな、へっへ」
若い衆「バカ抜かすなー無理だー無理だー」
カシラ「そういやあのかどつけ、俺達のおか
げで、一人で極楽浄土に昇りやがったなー
はははっ」
若い衆「良く見たら結構歳くってたなー」
若い衆「もっともだ。やっぱり若いオナゴに
はかなわないって」
カシラ「あたりめえだ!若いオナゴと比べた
ら月とすっぽんだーははははあ」
3人大笑いをする。
カシラ「まあ楽しませてくれたから、観音様
か、菩薩様だな。酒でもやって供養でもしてやっか!ははははははは・・・」
大爆笑の3人の若い衆。
カシラの家 外
壁越しに聞いている正吉。
正吉の決意した顔
ガラッと戸を開ける正吉。
3人は振り向き緊張が走る。
カシラ「なんじゃーおまえ正吉じゃねえか?
何しに来だ」
正吉はうつむき怒りを温存している。
正吉「おまえらの話しは聞いた。俺はおまえ
らを許さねえ」
カシラ「おまえもおっかあのように楽しませ
てくれっかーはははははは」
正吉は持っていた大鎌を振り上げ会計の若い衆の胸に突き刺した。
会計の胸から鮮血が部屋に飛び散る。
返り血を浴びる正吉。
逃げ惑う庶務は物を投げ必死に抵抗する。
正吉は一升瓶で庶務を殴り、鎌で首を突き刺すと血が吹き出る。
カシラは隅に逃げ込む。
正吉は鬼になりカシラを追い詰める。
カシラは恐怖におびえ哀願する
カシラ「なあ、やめてくれ、話を聞いてくれ
おめえのおっかあにはわりーと思っている。 しかしおっかあの方から俺達を誘ったんだ。嘘じゃねえ」
正吉は、睨んでいる
カシラ「金だったらあげるからよ、命だけは
助けてくんろ」
懐から小判を数枚正吉の方へ投げる。
小判は正吉の足元に落ちる。
血まみれの小判を踏みつける。
カシラ「頼む!俺はちっとも悪くねえんだ。
かんべんしてくれ!このとうりだ」
正吉に土下座をする。
正吉「地獄に落ちろ」
正吉は大鎌を振り上げカシラの首を突き刺す。
カシラ「アーッ」
カシラの首から鮮血が飛び散る。
カシラは刺された首を押さえ苦しそうに這いつくばって逃げ惑う。
正吉の呼吸はかなり荒くなっている。
カシラは声が出ない。
カシラは苦しさのあまりもがいている。
正吉はそばに置いてあった棒をつかむ。
弱っているカシラに向け何度も何度も叩き、棒を振り下ろした。
カシラの頭が床に転がる。
激しい呼吸の正吉。
正吉は3人の首を鷲づかみに持つ。
夜道 満月
3人の首を持ち、歩いている正吉。
滝壷 満月
血の付いた野良着で滝に飛び込む正吉。
滝壷が血で赤く染まる。
滝つぼに浮かんで、夜空を見上げている。
合掌している正吉。
杉沢村の四つ角、伝言板前 濃霧 朝
かごを背負った老人が歩いてくる。
通りすがりに見る。
不思議そうな表情。
老人「なんやこんな朝はやぐから・・・」
目を凝らし凝視する。
カシラと若い衆2人の首が棒に串刺し。
腰を抜かす老人。
老人「ひぃえーあわあわあわ」
ちよの家 玄関前 昼
村人はちよの家に集合している。
村人「正吉を出せ!」
家の前で抗議をしている村人達。
なかなか出てこない。
長者が戸を激しく叩き。
長者「おい!わかっているんだぞ!おらの息
子を殺したのは正吉なんだって、正吉にも
同じ目にあってもらうからよ、よーく覚悟しろよ!」
カラスが屋根の上に数羽いる。
長者「おいばあさん、正吉をかくまうとろく
なことはないぞ。かくまったり逃がしたり
したらばあさん、あんたまでし罰をくわえなくちゃなんねえ。わかったらさっさと開けるんだ」
戸は開かない。
いらだつ長者が戸を開けようとすると、
音もなく戸が開く。
ぼんやりとちよが立っている。
村人は緊張する。
ちよ「正吉はいねえ、もう二度とここには帰
って来ねえ」
長者「ばあさん、ちょっと家の中調べさせて
もらうよ」
数人の若い衆が、ドカドカと家の中に入っていく。
若い衆は家中を探しまわっている。
正吉の部屋には散乱した仏像。
壁には、見事に描かれた観音様。
若い衆が家の中から出てきて
長者にいなかったと仕草で合図する。
長者「なあ、ばあさん。知ってるんだろう正
吉の居所を。隠すとためになんねえぞ」
ちよは無言
長者「もし、かくまったりしたなら、わかっ
てるだろうな・・・」
ちよは無言
長者「これ以上村に迷惑をかけると、とんでもねえことになることだけは覚えていろよ。とにかく正吉を見つけたら必ず知らせるうになっ」
ちよは家の中にすっと消える。
その光景を見た村人たちは、おののく。
その中には、相談者の一人がいる。
長者「恐れるな、村の衆。恐れるでない!」
山中 夜
ざわざわゆれている森。
大木につくられた小屋。
隠れるように寝ている正吉。
ちよの家 台所 夜
鼻をくんくんして食べ物の在りかを探している正吉。
眼をつぶりって、釜の方に歩いていく。
釜のふたを開けると釜いっぱいに炊き立ての米がある。
正吉は釜の中に汚い手を突っ込むとむしゃむしゃと無我夢中で飯を食べる。
飯が喉につっかえて、樽の中にひしゃくを入れ水を飲む。
ちよの家 祭壇 夜
ちよは祭壇の前でお経を唱えている。
祭壇の奥に、獣の頭蓋骨と人の頭蓋骨。
祭壇には、米や果物、野菜、花。
ちよの家 台所 夜
正吉は満腹になり、祭壇のほうに合掌をする。
ふと顔をあげると目の前にちよがいる。
ちよと眼が合うと正吉は、金縛りに会ったように身動きができない。
ちよ「よお帰って来たな正吉。待っていたぞ
正吉。おらがあん時この村に引きとめっちまったせいでこんなことになっちまって、他に行けばもっとましな暮らしがあったろうに、すまねかったな正吉。おらはもう長くはねえ、おめえさんに話せばなんねえことがある」
正吉の眼の瞳孔が大きくなる。
ちよ「さちは倉木田の半兵衛という家の娘と
して育てられている。おめえとは血のつな
がった兄弟だ。おらはおめえが毎日行商に 行くたんびに探していたのは知っていた。
おめえはもうこの村にはいられねえ。おめえのことを血眼になって村の連中が探している。正吉、見つかったら殺される。おめえのことを考えると不憫だ。おめえがさちに抱く気持ちもよーくわかっている。どうか遠くへ逃げてけろ。そして幸せにくらすんじゃ」
というとふっと煙のように消える。
正吉の金縛りは取れ床にへなへなとしゃがみ込む。
祭壇のほうからお経が聞こえている。
正吉は再度合掌をする。
あぜ道 夜
正吉は走っている。
夜回りをしていた若い衆2人が正吉を追う。
若い衆「待てーおめえ正吉だな」
正吉は振り向き様に転ぶ。
ぞうりの紐が切れるがそのまま走る。
正吉は若い衆に追いつかれる。
若い衆は二人がかりで正吉を捕まえ正吉をねじ伏せる。
正吉は手探りで石を探し、石を掴むと若い衆の頭を殴りつける。
田んぼに転げ落ちる若い衆。
若い衆「人殺し、人殺し」
恐れをなし若い衆は逃げる。
ちよの家 夜
村人は一人一人火のついた松明を持ち、ちよの家を取り囲んでいる。
長者「いいかーばあさん。この家から正吉が
逃げたのを見た若い衆がいる」
泥だらけの頭の逃げた若い衆
長者「正吉をかくまってたな。村のしきたり
通りこの村を今すぐ出て行かねえと、この家に火をつけるぞ」
家からは何の動きもない。
バチバチという松明の炎
長者「(感情的)もう一度言うぞ。これが最後
だーたった今村を出ねえと火をつけるぞー死にたくなかったら今すぐ出て行け」
何の動きも見られない。
長者「馬鹿にしくさって、狐憑きばばあ、も
うあんたは終わりだ」
長者は藁に火をつける。
村人も次々と藁に火をつける。
徐々に火に包まれるちよの家。
ちよは祭壇でお経を唱えている。
徐々に祭壇に煙が覆ってくる。
ちよの家 全景 夜
ちよの家全体が炎に包まれる。
炎は七色に、竜巻のよにうねり、叫びとも轟音ともいえる不気味な音。
ちよの家 祭壇
炎が、ちよを囲むように激しさを増してくる。
祭壇に火がつく。
青白い奇妙な炎が渦を巻いている。
炎の中に消えるちよの手は合掌している。
ちよのお経の声は冷静沈着に続いている。
炎は狐の形になると空のかなたへ消えていく。
草むらの中 夜
正吉は炎に包まれたちよの家を見ている。
正吉「ちよばあちゃんすまねえーおらのせい
で、かんべんしてけろばあちゃん」
正吉の眼から大粒の涙が流れる。
空からぽつぽつと雨が降ってくる。
雨はしだいに激しくなり稲光とともに雷雨になる。
倉木田の半兵衛の家
いねと行商人が衣装の反物の色合わせをしている。
行商人「いかがですか、若い人にはこんな色
の組合わせがお似合いかと思うんだけど」
さちといねの前に品を置く行商人。
さち「おっかさん、こんなのどうだ?」
何種類かの反物を手にする。
いね「そうだね、悪くはないね」
さちは立ち上がり鏡の前でポーズを取っている。
さち「ねえ、どうかしら」
いねは手元にある反物の切れを見て
いね「おっかあが気に入ったのは、これとこ
れとこれなんだけどね」
さち「そんなの地味過ぎるわよ。おっかさん
のじゃないんだから」
一同大笑い。
家の外では激しい雨が降っている。
決壊する堤防 過去の記憶
(フラッシュバック)
激しい雨が降っている光景。
川が氾濫している光景。
土手が決壊する光景。
水没した倉木田村全景。
倉木田川の土手 雨 朝
長者と代理は荒れ狂う川を見ている。
土で固められた堤防は決壊寸前。
代理「長者さまこのまま放っておきますと、
今年もまた川が氾濫して村は水浸しになるずら」
長者は腕組みをして考えている。
代理「このままでは、畑の作物も米も全滅し
てしまうずら」
長者は黙ったまま川を見ている。
代理「聞くところによるとある村では、人柱
を出したところ、その年から土手の土が固
くなり決壊しなくなったそうだあ。どうだんべえ?うちの村でも人柱を出してみたらどうかと思うんだけんど」
長者「そげいなことしっとるがな、だけんど
誰が村の犠牲に」
川は岸に激しくぶつかっている。
観音堂 夜
長者はお堂を開けた。
お堂を入ると、大柄の山伏が寝転がっている。
山伏「んーなんじゃー」
長者の方を見る。
長者「あのーちょっとお伺いしてことがあっ
てきんだんだども」
山伏「なんじゃあお伺いと言うのは」
長者「あい、実はこの村は毎年水害に悩まさ
れているんだけんども、原因は山からの鉄
鉄砲水が、この村の土手にぶつかり、決壊
するからなんじゃ。土手をいっくら頑丈に
固めても土手が壊され村に水が押し寄せて
くる。こんなこと繰り返していると、この
飢饉の中、村人は飢え死にしてしまうどこ
ろかこの村は全滅してしまう。そんでちょっと人柱の話を聞いてな」
山伏は腕組みをしてしばらく考えている。
山伏「んー俺は何百という国をまわって来た
が、ここと同じような村も通ってきた。が
その村では人柱を立てることで水害が収ま
まったと言う話をいくつか聞いたことがあ
る。じゃがのー人柱をたてるのは容易なこ
とではないぞ・・・」
長者「どうしたもんだか・・・」
山伏「人柱になりたい奴などおらんわい」
長者は考え込んでいる。
山伏「人柱の基準がないわけではないが、教えて欲しければそれなりの、なあ・・」
長者は山伏を見る。
懐から包みを出す。
山伏は包みをすばやく手に取る。
山伏「例えば、横縞のツギが袴にある者が人
柱にした村とか、土手の工事を見ていた女子を無理矢理埋めた村とか、自分から志願して人柱になった人とか、死ぬ間際の病人とか、かたわとか、村とはかかわりのねえよそものとか、ある南の国では通りすがりの異人を捕まえて無理矢理人柱にした村もある。異人とかどこの馬の骨だかわからん、よそ者なら誰も苦しまねえから一番手っ取り早いんじゃがな」
長者の複雑な表情
山伏「ただ言える事は本当かウソかわからん
が、人柱を出すと不思議にも水害が二度と
起こらなくなるらしいんじゃ」
村の中央
長者と代理は、通行人を見ている。
村人は長者を見ると挨拶をする。
長者も軽く挨拶をする。
老婆「(深く一礼)長者さまこんにちは」
長者「(めんどくさそうに)こんにちは」
老婆「今日は天気がよいの」
長者は老婆を見ていない、うわの空。
村人は長者に挨拶をする。
老婆「まったく今年もおちおち寝てられねえ。
何年か前のように水浸しで、家が流されちまうなんてもうまっぴらごめんだ。勘弁してもらいてえもんだ。そんでおらあ今から川の神様にお願いにお宮様に行くんじゃがの。よかったら長者様も一緒にお参りするがい」
長者はうわの空。
半兵衛の娘さちが通りかかった。
さち「長者さま、こんにちは」
長者「ああこんにちは」
さちが通り過ぎ後ろ姿を見つめる長者。
代理「長者さま、さちの着物柄を見ている」
長者はハッとする。
さちの袴にはよこつぎ。
歩いているさちの後ろ姿。
倉木田の村 伝言板前
たて看板に村人が集まっている。
村の建て看板に書いてある。
(この度、水害を食い止めるため人柱を建てることにした。後日、屋根に白羽が立っている家の者を人柱に決定とす候)
無精ひげの正吉は、握り飯を食べ、群集と一緒に見ている。
杉沢村の村長の家 朝
縁側ですずめがちょんちょん跳ねている。
跳ねている先に縁側からパタリと出る手。
杉沢村の村長の家中 朝
村長一家の惨殺死体。
村長、村長の母、村長の妻、子供の3人の6人の遺体があちこちにある。
刃物で殺されたような無残な村長の死体。
獣のような足跡が残されている。
半兵衛の家
半兵衛の家の屋根には白羽が立っている。
泣き崩れる家族の前に白羽にくくりつけてあった半紙が広げてある。
(半兵衛殿の娘さちを人柱にすることをこの程決定した。なお決行日はい1ヶ月後とする)
あまりのショックに半兵衛は倒れる。
倒れた半兵衛を抱き抱えるさち。
半兵衛の家 玄関
以前、両親とかどつけに来たことのある家の玄関。
正吉「ごめんくだせ」
半兵衛の妻いねが出てくる。
いねは少々やつれている
正吉「おらは杉沢村の正吉だけんど、さちは
ここにいるんだろ?」
いねは驚いたようで、あわてている。
正吉「さちはここにいるんだよね、さちに合
わせてくんろ」
いねはようやく冷静さを取り戻す。
いね「おめえ、正吉っつぁんかい」
正吉は憮然としている。
正吉「おら、正吉だ。さちに会うまで帰らね
えから」
いね「わりーが、ちょっとおっとうに逢って
くんねえかい・・・正吉つぁん・・・」
家の中
座敷に正吉を案内する。
いねが障子を開けると、そこには寝たきりになった半平衛。
いねが寝ている半兵衛を起こす。
いねは耳元で
いね「おっとう、少し起きてくんろーここに
いるのは誰だかわかるかーここにいるのは
杉沢村の正吉つぁんだ」
半兵衛はゆっくりと首を正吉の方へまわしす。
正吉を見ている半兵衛。
半兵衛は正吉をみると驚いて、
半兵衛「あんた正吉つぁんかい」
正吉「はい」
半兵衛は泣き崩れる。
半兵衛「正吉つぁんすまねえ、さちに逢いに
来たんだろう」
身を乗り出す正吉。
半兵衛「すまんかったなーあんなにー仲が良
かったのにさちを連れて来てしまってなあ、
さちはおらとおめえのおっかあとの間に生
まれた子なんだ。事情があってなどうしても跡継ぎの子供が欲しかったんだーそれでちよばあさんに頼んだんだ。最初はちよばあさんも渋っていたが、おらの不憫さを見て同情してくれたんだ。なんでも風の便りによると、自害したそうだが、なんでそげーなこどになって、不憫でならねえ」
突然、激しく咳き込む。
いねが粉薬を半兵衛に渡す。
粉薬を水と一緒に飲む。
半兵衛「さちには何も言ってねえ。さちが、
これを知ったらどんなに悲しむ事か、おら
さちの悲しい顔を見たくはねえ。だから何
も話せねえんだ」
いねの複雑な表情。
正吉「それでさちはどこだ」
半兵衛は一気に泣く。
いねは見かねて
いね「さちは人柱に選ばれちまったんだよ」
正吉は驚いたまま何も言えない。
正吉「ウソだ、そんなのウソだ」
いね「正吉つぁんの気持ちはわかるがこれ長
者さまが決めたもんだから仕方がねえんだ
よ。逆らったりしたら、この村には住めね
え。長者さまには誰も逆らえねえんだ」
正吉「今さちはどこにいるんだ?」
いね「村のはずれの観音堂にいる」
正吉「観音堂だな」
いね「おめえさんの気持ちはわがるか、どう
か・・・どうか穏便にしてけろ」
正吉は部屋を飛び出す。
山道 夜
険しい山道を駆け上っている正吉。
闇夜の崖をよじ登っている。
崖をへばりついている。
長い階段を登る。
観音堂 夜
正吉は観音堂の前に着く。
息が荒くなっている。
観音堂 夜
観音堂の扉を開ける。
薄ぐらい中にぼんやとロウソクの明かりが見える。
その中央に白装束のさち。
正吉は声を押さえ
正吉「さちーさちーおらだよ正吉だ」
さちは突然の侵入者にとっさに身を隠し、
物影で脅えている。
正吉「おらだよ。覚えてるか、おめえのあん
にゃだ」
さちは訳がわからず脅えている。
正吉「覚えてねえのはしかたがねえ。なにせ、
幼ねえときに別れちまったもんな」
さちは冷静さを取り戻している。
正吉「おめえとおらは血のつながった兄弟な
んだ、どうか思い出してくれ」
さちはようやく正吉に問い答える。
さち「本当におらのあんにゃかい」
正吉「本当だども、おらは村を出てさちに逢
いに来たんだよ」
仏像をそっと胸元から取り出し、その仏像を見つめる。
正吉「さち、その仏像なんだかわかるがい」
というと正吉は自分の胸元から同じ仏像を
取り出す。
さちは自分と同じ仏像に一瞬エッと驚く。
正吉の手から仏像を取り上げ、自分の仏像と見比べる。
正吉「その仏像はおらが彫ったんだよ」
さちはただ驚く。
さちはようやく理解する。
さち「本当に私のあんにゃなんだね」
正吉「そうだともおらはさちのあんにゃだ
さちは泣き崩れるように正吉にすがりつく。
正吉はさちを抱き、
正吉「さち、やっと逢えたなーさちーおらあ
天にも昇る気分だ」
さちは正吉にすがりついたまま泣いている。
さち「元気だったか、あんにゃ、おっかあはどうしてる」
正吉「申し訳ねえ、おっかあはもういねえ」
さち「死んじまったのがい」
正吉「ああ病気でな、ごめんなおらが悪いん
だ」
さちは、泣き崩れる。
正吉「さち、事情は半兵衛爺から聞いた。こ
こから逃げよう!この村を出て他の土地で一緒に暮らそう!なっさち!」
さち「だめよそんなことしたら、おらのおっとうとおっかあは村八分にされちまう。それどころか、この村を追い出されてし
う、おらそんなことできねえ」
正吉「そんなことはどうでもええ。あの半兵
衛さんは、関係ね。人さらいなんだ。なあ、
さち!おめえは一月後に死ぬんぞ!されで
もええんか?死にてえのか?さちがなんで
罪もねえさちを人柱にしなくちゃなんねん
だ・・・」
さち「これは長者さまが決めたこと、だから
誰にも逆らえねえんだ」
正吉「さちは自分の命を無駄にするのか?」
さち「違うわ!私は村の為に人柱になるの、
私が人柱になって、水害がおさまればそれ
でいいんだ。(泣いている)」
正吉「さちどうしても人柱になるのか?」
さちはコクリとうなづく。
観音堂の窓から見える満月。
鈴虫が鳴いている。
正吉は決意したように、
正吉「よし、おらが人柱になろう!」
さちは呆然としている。
さち「そんなのだめよ」
正吉「いいんだよ。おらにはもう帰る村も家
もねえんだよ、おっとうもおっかあもいね
え。誰もおらを待っている人はいねえんだ
おらあ村の若い衆を殺しちまったし、さち
の居所を教えてくれたちよばあちゃんは村人の焼け撃ちにあったし、もうおらは生きていてもしかたがねえんだ」
朽ちた観音像。
さちは、泣いている。
正吉「さちのためなら死んでもおらかまわね
え」
さち「でもあんにゃ」
正吉「なんのとがもないさちを人柱にしよう
なんてそんな酷な話しはねえ。明日長者のところへ行って話をつけてくるから、さちは安心しな、きっと長者もわかってくれるさ、なっ、心配するな、さち」
さちを強く抱きしめる正吉。
さちの複雑な表情
長者の座敷
長者の座敷では長者と正吉が話している。
脇には山伏が座っている。
正吉「なあ長者さま、おらとさちは兄弟なん
だ。血のつながった兄弟なんだ。さちには
未来がある。さちはこの村で、子を産んで
村の役に立つおなごだ。そんな村の財産を
人柱していいもんだろうか?それに比べて、
おらはよそもんだしこの村には誰も親類縁
者もいねえ。だから誰も悲しまねえし好都
合だと思うんだ。そうだろなあ・・・・」
長者は無言。
正吉は長者に攻め寄る。
正吉「なあおらが人柱になって水の神様にお
ねげえするから、だから、さちはかんべんしてくれ、さちはこの村で幸せに暮らせるよう取り計らってもらいてえ、このとおりだ、お願げえしますだ長者さま、このとうりだ」
正吉は長者に土下座をする。
長者と山伏は無言。
正吉「この願いが聞き入れてもらうまでおら
帰らんぞ、おら命かけてるんだ」
長者は山伏のほうを見る。
山伏は大きく呼吸をして、長者に答えるようにこくりとうなずく。
外では雨が激しく降っている。
長者「話は充分わかった。実はおらもな迷っ
ていたんだ、おらにもさちと同じ歳の娘が
いてな、不憫に思えて仕方がなかったんだ。眠れねえ日が続いてなあ、正吉っつぁんと言ったな、おめえさんがそこまで言うんであれば」
正吉の厳しい表情。
長者「よし、さちを諦めて代わりに、おめえ
さんを人柱にすることにしよう、それでいいんだな」
正吉「本当かあ、じゃあ、さちは生かしてく
れるんだろうな」
長者「ああ・・・もちろんだ、約束すんべ」
正吉はさっきまでの緊張がどっと抜けガッ
クリとへたりこんでしまう。
観音堂の中 夜
白装束の正吉は一体の観音像を彫っている。
さちがそっと背後から近づく。
さち「あんにゃ」
正吉は少々驚いたようにさちの方を向く。
さち「いよいよね・・・・」
正吉「ああ」
さち「ごめんなさい、あんにゃ、こんなこと
になってしまって(泣いている)」
正吉「ええんだよ。これでええんだよ。さち
に逢えただけでもおら嬉しい。さちのため
に死ねるんだから、冥土のみあげにこれ以上のみあげはねえ、もし今度生まれ変われるとしたら」
さちは涙を拭いている。
正吉「(ぼそっと)さちと夫婦になりてえ」
さちは正吉を見て涙が溢れる。
正吉「なあさち、おら明日はもう、この世に
はいねえ、だから最後の頼みを聞いてくん
ねえか」
さちは涙を拭い正吉の眼を見つめる。
正吉「おらぁ、さちを抱きてえ、最後の頼み
だ」
さちは一瞬たじろく。
正吉は下を向いている。
さち「あんにゃ、おらでよかったら」
正吉はさちを見上げる。
さちはたち上がり帯をほどく。
するりと帯が落ち、着物はゆるんでさちの艶めかしい肢体があらわになる。
さちの美しさに正吉はみとれている。
さちは着物を肩にずらし、徐々に腰のところまでずらす。
形の整った胸があらわになる。
正吉はさちの胸に飛び込む。
さちはいとおしむように正吉の頭をなでる。
正吉はさちをやさしく倒し、さちの上に覆いかぶさる。
正吉がキスをすると、さちも答えるようにキスをする。
さちは正吉の背中に手をまわす。
観音堂の中
白装束姿の正吉は観音像を完成させる。
観音像は朝日に照らされ見事な作品。
観音堂の外
長者と若い衆の数人が観音堂の前に集まり雑談している。
観音堂を開けると、朝日に照らされた光輝く観音像。
光輝くばかりの観音像に一同は驚く。
長者は正吉の後ろ姿。
長者「そろそろ用意はできたがい」
背中を向けていた正吉は小さくうなづく。
観音像を手に持ちじっと見つめる。
祭壇の中央にそっと置く。
正吉は観音像にしばらく合掌する。
正吉「行こうか・・・」
立ちあがり観音堂を後にする。
観音堂の階段
階段をゆっくりと一段一段下りる正吉。
階段の下には棺が用意されている。
階段を一歩一歩下りる正吉。
(回想)
吹雪の日本海
かどつけの両親の笑顔
山盛りの膳を渡すちよ
さちを背中に乗せ、あぜ道を歩いている。
さちの妖艶な肢体
観音堂の階段
正吉の悟ったような表情。
正吉は棺の中に片足を入れる。
別れを惜しむかのように辺りを見まわす。
風に揺らぐ木々。
鳥たちはさえずり。
雲はゆっりと空を泳いでいる。
正吉は眼をつぶっている。
チリーンと右手に持っていた鈴が風に吹かれて鳴る。
正吉は棺に横たわる。
晴天の青空が見える。
青空が回転している。
若い衆が棺の釘を打つ。
一枚一枚足元から板を打ち付けている。
最後の一枚が目の前に板が置かれる。
正吉の硬い表情。
長者が正吉を覗く。
長者「それじゃお頼み申します」
合掌をする長者。
若い衆達も皆合掌。
長者が若い衆にこくりと合図をする。
若い衆は板を置き釘打ちをする。
隙間から光が漏れる。
釘を打ち終える。
棺を担ぐ若い衆。
あぜ道 昼
長者を先頭に棺は村のあぜ道を通る。
村人は畑仕事を止めると、一行に手を合わせる。
土手 昼
堤防には四角く囲んだ竹があり、紐で御幣が結び付けられている。
長者は若い衆に指示して棺を一旦置く。
神主が祝詞を唱える。
集まった村人は真剣なまなざしで見守っている。
神主の祝詞が終る。
若い衆は、慎重に棺を深い穴の中へ入れる。
穴に土を放り投げる。
棺の中
棺の中の正吉は鈴を鳴らしている。
ドスドスと上から土が落ちてくる音。
悟ったような表情。
土手
チリーンチリーンと鳴っているのを聞いている村人達。
若い衆は、土を無造作に放り込む。
向かい側の岸でこの光景を見つめている尼僧。
(ズームアップ)
丸坊主になっているさち。
尼僧姿のさちは泣きながら合掌し、観音経を唱えている。
手には、鈴がチリーンと鳴っている。
土手 夕方
埋め終わり、土を固めている若い衆。
村人は皆合掌して、一人一人いなくなる。
棺の中
棺の中で狂ったように泣きわめき暴れている。
正吉「ああ、おっとう、おっかあ、死にたく
ねおらあこのまま死ぬのか、いやだ、さち
ーさちーさちー愛してるー愛してるー今度
生まれ変わったら夫婦になろう、ちくしょ
ーちくしょーちくしょー」
板が割れ、ドカッと土がなだれ込んでくる。恐怖のあまり泣き叫ぶ。
正吉「わあああああーーー」
土手 夕方
御幣が風に揺れている。
地中から正吉の声が地面から聞こえてくる。弱い声に変わり徐々に聞こえなくなってくる。
棺の中
土に押しつぶされそうになり、苦しんでいる正吉。
正吉「(か細い声)助けてくれー助けてくれー
さちー生まれ変わったら、必ず必ず、夫婦になるんだ・・・・
苦しいよー重いよーあー死ねたくねーおっおっらを助けてくっ」
土砂が一気に崩れおちる。
土手
風が強く吹き、藪が大きく揺れる。
一匹の狐が草むらからジッと見ている。
(ズーム)
徐々に狐に近寄る。
狐の顔。
狐の目
狐の目にゆらぐ御幣が見えてくる。
徐々に狐の眼の中のアップ。
雪景色が映し出される。
落下する、橘とみなみが映っている。
廃村 昼
雪に埋もれた、あばら家の残骸があちらこちらに見える。
電線に風があたり、ビュービュー聞こえる。
雪に埋もれた観音堂 外
観音堂の中
正吉の彫った観音像。
雪の中
うっすらと眼をあける橘。
まわりを見まわす。
菊池がうつぶせに倒れている。
くるりとふり返るとみなみの服の一部が見えている。
とっさに動こうとしたとき、足にしびれが走り激痛を堪えている。
全身の力を振り絞り、雪をかきわけ、みなみのところに足を引きずり歩く。
みなみの上の雪を払いのける。
みなみの体が見えてくる。
意識を失っているみなみ。
みなみを抱き抱え、
橘「おい起きろみな!だいじょうぶか!」
みなみの青ざめた顔
揺さぶってもなんの反応もない。
橘「みな死ぬんじゃない、俺はみなを愛して
いる、俺はみなを愛している、愛している、
愛している・・・」
体を暖めようとみなみの体を摩擦する。
橘「起きてくれ、起きてくれ、みな」
みなみの青ざめている顔
橘はみなみにキスをする。
よく見るとみなみの首すじには、大きなあざがある。
止めどなく流れる涙。
みなみは徐々に意識を取り戻す。
みなみの手はゆっくりと橘の背中に回わる。
ハッと気づいた橘は、みなみを強く抱きしめる。
雪は止んでいる。
二人は抱き合ったまま。
冬のつかの間の暖かな日差しが二人を照らしている。
雪の結晶がキラキラと風に舞っている。
おわり
題名 ブラック アウト 登場人物
現在
遭難した サークルの若者
生真面目な大学生 橘=正吉
女子大生 みなみ=サチ
体育会系の大学生 鈴木=カシラ
おちょうし者の大学生 二瓶=若い衆
過去
かとつけ親子
父 春郎
母 しお
息子(主人公)橘の過去生 正吉
祈祷師の老婆 ちよ
ちよの親戚の男 半兵衛
半兵衛の妻 いね
しおと半兵衛との間に生まれた幼女 さち
成人したさち(同一人物) さち=みなみ
杉沢村の人々
神頼みをする女
神頼みをする青年
杉沢村の長者 長者
若い衆・頭 カシラ
若い衆・会計 会計
若い衆・庶務
正吉の友人 友人
かげ口女1 女1
かげ口女2 女2
倉木田村の人々
倉木田村の長者 長者
長者代理 代理
その他
全国行脚の山伏 山伏
体が不自由な、らい病者。 盲目の男
あらすじ ブラック アウト
雪山で遭難する大学生4人のサークル。
悪天候で山小屋で天気が回復するのを待つ。
しだいにいらだち争いになる。
一人は殺され、残された二人は逃げるものの、
崖から転落する。
転落している瞬間に過去生(デジャヴ)を垣間見る。
荒れた日本海沿岸をぼろを着て、かどつけをする3人の家族。
村々を回って歩くが、疫病神扱いされて行き場のない家族。
放浪で疲れ果て、どうすることもできなくなったところを、老婆に助けられる。
憔悴しきった父は病に倒れ亡くなる。
老婆は、祈祷師だった。
老婆、母、正吉の村での暮らしが始まる。
荒れた田畑を耕し、生活を支え、人間らしい生活に戻る。
老婆の親戚方の子を身ごもった母は女の子を出産する。(さち)
しかし幼くして、もらわれていく。
縁日の夜、母は村の若い衆に強姦される。
そして、母は自殺をする。
主人公は、母の無念を晴らすため、加害者を殺害する。
村人たちは、災いを老婆のせいにする。殺害者をかくまったということで、老婆の家に火を放つ村人。
老婆は家と共に火の中に消滅する。
難を逃れた主人公は、老婆が残した伝言を頼りに妹(さち)の行方を追う。
やがて倉木田村という村に着く。
この村では、毎年の洪水被害のため、なんとかしようと模索していた。その結果、村長は山伏の指南に従い、人柱を探すことになる。
人柱の候補にさちに決定される。
その事実を知った正吉は、自分が身代わりになることを決意する。
最後の夜、観音堂で、正吉とさちは結ばれる。
人柱になるため穴に埋められ、深い地中の中で叫ぶ。
「さちを愛している、愛し続ける」と
尼僧になったさち。
そして、現在に戻る。
一命を取り留めた、橘とみなみ。
自分の過去生を見た主人公は言い知れぬみなみとの縁を感じる。
みなみを救助して、吹雪の中2人は抱擁する。
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