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成功体験から生じる「認知の歪み」


上記のような写真を見たことはあるだろうか?

これは「生存者バイアス」と呼ばれる認知の歪みを説明するときに、多く引用されている有名な実例だ。

図の「赤い点」が記された箇所は、第二次世界大戦中、帰還した航空機が損傷した箇所を記したもの。無事に帰還したあらゆる航空機の損傷箇所を記していくと、図のような大凡まとまった箇所に損傷が見られていることがわかった。

では、もし皆さんが「より強い機体を作ってほしい」と上から指令を受けたとすると、どの部位を補強箇所として選ぶだろうか?

生還した航空機

海軍分析センターの研究者は、任務から戻った航空機が受けた損傷箇所を分析し、最も損傷が多かった部位に装甲を施すよう推奨。

しかし、統計学者「エイブラハム・ウォールド」氏は、損失を最小限に抑える方法を検討する際、「損傷していない箇所の補強」を提案した。

なぜだろうか?

ウォールド氏は、分析対象が「生還した航空機」のみとなっていることを指摘。帰還した航空機の損害箇所は、「損害しても帰還ができる箇所」と考え、「帰還した航空機が損害を受けていない箇所」こそ、致命傷となる急所となっている可能性を示したのだ。


初見の人がこの実例に対峙すると、多くの場合、損傷がまとまった「中心部分」や「翼の先端」を補強箇所として選んでしまう。これこそ「生存者バイアス」と呼ばれる心理の歪みである。

生存者バイアスとは
認知心理学の用語であり、失敗例を考慮せず、成功例のみを基準に物事を判断してしまう認知バイアスの一種。


猫高所落下症候群

また、別の実例を紹介する。

猫高所落下症候群(フライングキャットシンドローム)と呼ばれる、猫が2階以上の高所から突然飛び降りてしまう病態がある。はっきりとした原因はいまだに不明と言われているが、この話にも、とあるデータが話題を呼んだ。

ニューヨーク市にある動物医療センター外科部門のウェイン・ホイットニー医師とシェリル・メーラフ医師は、1984年の5ヵ月間に取り扱った「高所落下症候群 132事例」を分析。その中で、90%もの猫が生き延びたことを明らかにした。

加えて、怪我の箇所は落ちた高さにつれて増えていくが、不思議なことに、8階より上の高さになると、外傷の平均が大幅に減少したのだ。

この研究結果はアメリカ中に報じられた。『ロサンゼルス・タイムズ』紙は『小さな猫の足で着地する』というタイトルの記事で伝え、2年後には『ニューヨーク・タイムズ』紙が『猫のように着地する―それは事実だ』というタイトルの記事で取り上げた。

そして、その理由を「猫がおおむね5階分の高さで体勢を立て直して終端速度に達するため、6階以上から落ちた場合に重傷を負うことが少なくなるために起こる可能性がある」と推測された。


しかし、2008年の新聞コラムで、この現象について考えられる説明に生存者バイアスがあると提言されている。注意すべき点は、「落下して死亡が明らかとなる猫は、病院に運ばれない」ということだ。

そして、高層から猫が落ちたとなると、飼い主は生存を諦めてしまい、病院に猫を連れて行かない可能性が高くなる。つまり、何かしらの理由で高層階から落ちても軽傷で済んだ猫のみ病院に運ばれた結果、高層階から落ちた猫の生存率が高くなった、という指摘だ。

生存者バイアス

このような生存者バイアスは、生死の事例だけでなく、さまざまな場面で引用されている。例えば、以下のような事例も生存者バイアスが潜んでいる。

とある会社で評価されている優秀な人事。その評価理由を「この人事が採用した人は、優秀な人材が多い」としていたとする。

もちろん、それ自体は会社として評価すべきだが、もしかすると不採用とした人材の中に、より素晴らしい人材が沢山含まれていた可能性もある。あくまで「採用した人材」でしか評価することができない時点で、適切に分析することは難しくなる。

また、優秀とされる人の仕事のやり方を評価する場合も、生存者バイアスに注意が必要である。成功にはあらゆる要因があり、タイミング、周囲のサポート、評価軸など、やり方以外にも多くの環境要因が潜んでいる。

その中で、成功者のやり方のみを抽出することは、分析としてはあまりに雑になる。そして何より、「多くの人は成功体験に依存する」という前提をもつことは重要だろう。

我々は、分析する対象の偏りを減らすことはできても、完全に偏りなく分析することはできない。そして、自分の実体験はより強く自分の中に認知され、逆のものを悲観的に見てしまう。

転職を成功させた人の、非転職者に対する見方。ベンチャー企業に就職した人の、大手企業に就職した人に対する見方。結婚した人の、未婚者に対する見方。

逆もまた然りで、結局は「自分の体験からくる思考の偏り、認知の偏り」がどんな場面でも存在する。だからこそ、ものごとを理解・分析するときは、まずは「自分は偏った見え方をしている」という前提に立ち、その上であらゆるデータを取り入れることを最初の出発点とすることが大事なように思える。

人は経験を積めば積むほど、あらゆる認知を取り入れ、物事を理解できるようになる。一方で、それゆえの歪みが生じることからも避けては通れない。

あらゆる成功本や成功者の声が届きやすい現代社会だからこそ、俯瞰して物事を捉え、ひとつの声として冷静に認知できるよう、歪みと向き合いながら日々を過ごしていきたい。

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