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『社長様』という二重敬語

今日は、敬語の話です。

一般には、『二重敬語』は間違いとされ、その代表例として『社長様』というような、『役職+様』があげられます。

ちょっと検索するだけでもたくさん出てきますが、代表的なものを張っておきます。

 役職とは「課長」「部長」「常務」など、組織におけるポジションを表した呼び名を指します。
 敬称は相手へ敬意を表す表現方法で「様」「殿」「各位」「御中」など、個人または団体名に用いる接尾語です。
 役職名にはすでに敬称の意味が含まれているため、「〇〇部長様」のように敬称をつける必要はありません。
 近年は、役職名にも敬称をつけることが望ましいとビジネスマナーで習うこともありますが、役職名+敬称は二重敬語なので使用は避けましょう

上記は一つ目のサイトからの引用です。このような理由で、『二重敬語』は間違い、誤用とされています。

ところが、地方に行くと、というよりも、私の周囲でも、『社長様』『社長さん』という表現は良く聴きます。

実際、私が以前出席したこの地方の会社の会合で、来賓挨拶が6,7人ほどあったのですが、「社長様をはじめといたします株式会社○○のみなさま~」とか、「社長様におかれましては」とか、その場にいらっしゃた社長に対する呼びかけで「社長様」と呼びかけた人が大半でした。

そして、主には、地元の企業や組織の方でした。

一方、「○○社長には大変お世話に、、、」というように、『様』を付けなかった来賓の方は、比較的全国展開をしている企業で、この地域の支店長として赴任されていた方でした。

また、当社にいらっしゃる方も、私のことを「社長様」「村井社長様」と呼びかけていただく人は地元の企業の方、地元密着の企業や組織の方がおおく、「社長」「村井社長」と呼びかけていただく方は、全国展開している企業や組織の方が多いです。

個人的には、「社長」+「様」は、地域によっては方言としてデファクトスタンダードを獲っているのではないか?これを一概に間違いといってしまうのはいかがなものか?と言う気持ちは、正直に言ってあります。

NTT電報に見る二重敬語

そして、二重敬語とされていても、それなりに全国的で公的な企業であるNTT電報の文例にも二重敬語が見られます。

お祝い、お悔やみ、両方とも二重敬語表現が認められます。

創立10周年記念、誠におめでとうございます。社長様はじめ社員
の皆様方の今後のご発展と、貴社ますますのご隆盛を祈念いたしま
す。
社長様のご訃報に、当社社員一同、謹んで哀悼の意を表します。 ご遺族の皆様ならびに社員ご一同様に、心からお悔やみ申しあげます。

などですね。

ただ、この場合「社長」単独では「山田」や「鈴木」と同じで敬称にならない、「山田社長」となって初めて敬称の意味が出る、という解釈があり、それに乗っ取れば一概に間違いとも言えないと、私は思います。

なぜ、二重敬語が通用する業界や地域が生まれるのか

では、なぜ、『二重敬語』が通用する業界や地域が生まれるのでしょうか。

少し(かなり)古い1960年代の調査があります。

現代日本における階級格差とその固定化(渡辺雅男、1993年)という論文によると

「『社長』『校長』のような職名に敬称をつける必要がないかどうか」にたいし、高学歴(大学卒業以上)や「一般事務・管理職」・「教育・専門職」層が断固として「つける必要はない」という意見を支持している (大学卒業以上で七五・〇%、「一般事務・管理職」層で八一・八%、「教育専門職」層で五九・七%) なかで、 低学歴層(義務教育のみ)や「農林漁業」 層では、「つけるべきだ」とする答えが目だち、 これを「つけても、つけなくてもよい」とする状況判断的答えと合わせれば、回答比率で両者のグループははっきりと二分される 義務教育のみの層で四四・八%、「農林漁業」層では六五・九%に上り、これにたいして、 同じ答えを合わせて回答した者は大学卒業以上では一四・三%、「一般事務・管理職」層で一二・四%、「教育・専門職」層では三二・八%にすぎない。

と、敬語に関する意識感覚が、「高学歴・ホワイトカラー」層と、「低学歴・農林漁業」層とではっきり分かれ、後者ほど『社長』+『様』を、むしろ「つけるべきだ」と考えているという結果が出ています。

これを、筆者の方は

過剰ともいえる敬語表現で上位待遇意識を表現するのは、むしろ社会的階層の下位に置かれやすい層の人々であることがここにも示されている。それに対し、社会的上位に位置すればするほど、 人々の敬語意識にある程度のゆとりが生まれる。

と、階層論的に観察しています。その上で、論文中の結論を急げば、高学歴の方が敬語の運用する能力が高いことも明らかにした上で、

「大雑把に言えば、敬語意識を強く意識しているのは低い社会階層の人々、敬語運用能力が高いのは高い社会階層の人々」

と言うまとめ方をしています。個人的な感覚では、身も蓋もなさ過ぎると思いますが、

低い社会階層ほど規範やルールに対して『タイト』になり、高い社会階層ほど規範やルールに対して『ルーズ』になるという観察は、以前紹介した「ルーズな文化とタイトな文化」の主張とも一致するところです。

ただ、個人的な仮説としては、地方、特に中小企業が多い業界では、『社長』が多すぎるので「社長」が、それほどレアな存在ではなく、「社長という肩書きに敬意が詰まっているといってもピンとこない」というのがあると思います。

一事業所当たりの従業員数が多い都道府県は、上から順に、東京都、神奈川県、愛知県、千葉県、大阪府と続きます。

一事業所当たりの人数が多いと言うことは、それだけ「社長」という存在がレアだと考えて良いでしょう。

(作者註:愛知が入っているじゃないかという突っ込みが来そうですが、これは、愛知の統計量を出すと、名古屋と豊田に数字が引きづられて、愛知県でも外れの方にある豊橋の実感と合わないことが多いというのは、愛知県民(東三河地方民)だとピンと来る話だと思います。)

逆に、一事業所当たりの従業員数が少ない、「社長」という人物のレア度が少ないのが、和歌山、高知、島根、山梨、秋田と続きます。やはり、地方が多いです。

個人的には、『社長』+『様』が地方で良く用いられるのは、事業規模が小さく、『社長』、あるいは役職者という存在が、それだけ、日常で身近であり、『役職だけで敬称』という感覚がピンと来ていない、と言うところがあるのではないかと思います。

高学歴・ホワイトカラーは概ね大企業に勤めることが多く、1万人の会社なら、1万人に社長は1人しかいませんが、10人規模の事業所が1000社あるまちなら、社長は1万人に1000人、10人に1人が社長です。

地方の敬語を大切にしよう

さて、平成19年、文部科学省の『文化審議会』による『敬語の指針』という文書があります。文字通り、我が国における敬語の指針とされる文書です。

https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/hokoku/pdf/keigo_tosin.pdf

この指針の中では、

各地の方言には 全国共通語の敬語にはない 特有の敬語 方言敬語がある

と、した上で、『行かれる』という表現、また、身内に敬語を使う表現について

同じ敬語であっても,その使用状況や意識については,様々な地域的な違いがある 「行かれる」で先生に対する十分な配慮が表せる地域もあれば,そうでない地域もある。地域の言葉には,それぞれに敬語の仕組みが備わっており,それを理解し尊重することが大切である。
例えば,自分側の人物に当たる身内の動作を尊敬語で表現することは,全国共通語の敬語では避けるべきこととされるが,各地の方言敬語では「身内敬語」として,改まった場面ばかりでなく,日常的なふだんの場面でも一般的に見聞きされる。そうした方言敬語によって表現される,人間関係や場面への気持ちの在り方が,それぞれの地域社会においては自然でもあり,大切なものとされてもいることに留意したい。

と、あり、私は、現代における『社長様』という二重敬語は、社長という肩書きが身近で気さくなことによって生じた『方言敬語』ではないかと思います。

もっとも、『ビジネスの場面で方言を使うな』という話が別の問題としてありますが、その話は別の機会に取っておきましょう。

(個人的には、ビジネスの場面での方言は許容派です)

最後までご覧いただきありがとうございました。 私のプロフィールについては、詳しくはこちらをご覧ください。 https://note.com/ymurai_koji/n/nc5a926632683