LA LA LANDを観たただの感想

 LA LA LANDを観ました。

 これから私がここに書くことは、誰に向けてでもなく、純粋に私のためだけに書くものです。
 だからここに嘘偽りはありません。
 先に書いておきます。すぐに偽ってしまう己を救うためです。

 とても心が痛いです。
 そりゃそうだという感じ。

 夢を諦めた私に対して、夢があるだけですごいと繰り返す人がいますが、痛みも知らずにそんな無責任なことを言わないで欲しいです。
 いえ、私は夢を持たない痛みを知りませんから、そこは慮ることしかできないのです。ただ言うなれば、あなたが夢を持っていないことと、私が夢を持っていたことはほとんど何の関係もありません。

 怒っている訳ではないので、そんなことを言うのもこのくらいにします。

 昔、養成所の最初の授業で、先生に何でも質問していいよと言われ、「どうやって死にたいと考えますか」と質問しました。
 22歳の私は死への憧れは皆抱いているものだと思っていました。
 私は死んでみたい方法がいくつかあります。私に説明しても意味がないので描きませんが、そのときの先生の答えは、
「お前大丈夫か」
でした。ハッと振り返ると、私より若い子達が多いクラスで、皆不思議そうにこちらを見ていました。
 私はそのとき初めて、多くの人には「死への憧れ」がないことを知りました。――おばの話より

 ほとんど関係ありませんが、僕は「Take On Me」大大大大大大大好きです。作中の歌の酷さにはびっくりしました。
 びっくりできてよかったです。

 私は最近とある作品の二次創作小説を書き出しています。
 真面目に小説を書くのは初めてですが、私の書く文章が好きと言ってくれる人がいて、それだけでも救われます。
 僕の書く小説は、やはりどこか台詞とト書きになりがちです。事実さえあれば、後は僕が演じられるからです。ただ、小説にはSEやMEを流したり、声や感情を表したり、スポットラストをあてる機能がありません。そこが小説の魅力だと感じます。これらはもはや線であり、二次関数であります。総合芸術をしてきた私にとっては、もどかしく、また原始的で素敵だと感じます。削ぎ落とされたものは私に近づくからです。

 作品を書くにあたって、僕の心に横たわる、「何も起きない」「希望的観測は打ち砕かれる」「一番欲しいものは手に入らない」「努力は報われない」という思想が文字やストーリーに色濃く反映されます。
 ただ、これは現実の話です。私は作品を創っているわけで、現実を決まった時間で刻んでいるわけではありません。

 高校生のとき、お世話になった先生に「演劇を入れ物にするな」と言われました。……実際はこんなこと言われてないと思います。私はそのときとても眠かったので、半ば宇宙が見えていました。
 演劇は宇宙でした。宇宙には果てがありません。なにものなのか、私たちはまだ知りません。それもそのはずです。宇宙の中に私たちが内包されているのですから。すべては偶然でしかありません。つまるところ、演劇を意味やメッセージの入れ物に限定してしまうのはどういうことなんだと、そう仰っていたと思います。そんな金魚鉢のようなものではなく、宇宙はなんにでも現れます。この考えは私の芸術観を大きく変えました。

 時は変わって、今度は大学生のとき。私は授業で芸術論を専攻していました。一年生の一番初めに担任だった先生は、フランス文学を専攻していた先生でした。その先生が言うことには、「作品には必ずメッセージが含まれている」とのことでした。当時の私は、それは間違っていると意見しました。今考えると、青いということは怖いなと思います。私は今後も学び続けなければなりません。……話が逸れました。実際、この先生の言うとおりでした。作品をメッセージの入れ物にするのは間違っています。しかし、すべての作品には意図が含まれています。これは、意図を含まずには作品が存在し得ないからです。大学に通い、ジャクソン・ポロックに頭をひねり、それが分かりました。

 一年の冬のことです。私は映画を撮っていました。演劇以外の創作物で人を巻き込むのはこれが初めてでした。生徒10人ほどで好き好きに脚本を書き、一つをゼミの先生が採用し、皆でそれを撮るというものでした。私は映画をあまり観る方ではありません。タイトルからも分かると思います。La La Landを今見て感想を書くほどですので。他の生徒は映画の虫ばかりでしたが、私の脚本が採用されました。当時の先生にはチャンスをいただき本当に感謝しています。巻き込んだ同級生には、申し訳なかったと思っています。当時の私の脚本にはこんな意図が含まれていました。「演劇に叶わぬことも、映画ならできる。どんどん魔法を使おう。」結果、人がテレポーテーションしたり、壁の目がひとりでに動いたりしました。何とか完成させたその映像は、最後の試写会でも顔に火が点きそうでまったく覚えていません。試写会後の先生の講評で、私は3つの事柄を覚えています。
1、「目は切り裂くものである」といったセオリーがこの世にはある
2、私の脚本が選ばれた理由はあまりにもめちゃくちゃだったから
3、私の感性はアバンギャルドである。失くさぬように。
 先生はその冬に亡くなってしまいました。有名な先生だったと、私はそのとき初めて知りました。当時の私は真面目に程遠かったと思います。この講評は、これからもずっとずっと忘れたくありません。

 話を戻します。作品には必ず意図が含まれます。そして私は「夢はかなわない」といった悲しい徒労感を、必ずそこに存在させなくても良いということを知りました。作品の中くらい、幸せでいいのです。すべてが上手くいっても構わないのです。

 しかしLA LA LAND。この作品の中でも、すべてが上手くいくのはAnotherの中だけでした。現実とAnotherをどちらも描くことで、透かした向こうの幸せが叶わなかった現実が強固なものとなります。理想を打ち砕く素敵な流れです。

 また、私は役者として、一人の人間の人生をすべて背負って演じる方法でしか演技ができませんでした。これは小説を書こうとするときにも付きまとうようで、キャラクターの人生をすべて作りこみ、背負わせ、その人が必然的に動く感情によってしか台詞を書けません。無機質になりえないのです。これは私の創作物に様々な蛇足を付け足します。すべてを書き込もうとすると文字数は何倍にもなります。しかしそれができないのならいっそ、満点の星の中でダンスさせたいとも思うわけです。短くなりますが、より技術を要します。そこも創作物の楽しいところです。

 私が役者を目指した理由はたくさん、複合的に、存在しますが、そのうちの1つが「嘘をつくことで稼げる職業だから」といった、まさに中二のときに思いついた中二的なものです。私は今、ひとつ前にしていた仕事も辞め、転職活動をしています。有り難いことに、私は「役者をしたい」という気持ちにこれからも嘘をつき続け、生きていくことが叶いました。やったね。タイトルも嘘です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?