退屈について

70 退屈を殺す

十数万字の長文を書いて初めて、何かを作り切る人の信念と凄みを知りました。だからもう私は小説や邦画の悪口をあまり言えない。もちろん面白くないものは面白くないと黙殺するにしても、面白かったものは大いに面白かったと叫ぶことにしようと心に誓った。作り手の心が人知れず死んでしまわぬように。
失職して初めて、暇の地獄を知った気がします。毎朝当然のように仕事に行く父や母は無敵に近かった。人にお金を借りる痛みも知った。知らなくてよかったことかもしれない。けど、知れてよかった。

「それについてはもう知っている」と思う時、人間は退屈する。ならば「私はそれについて何も知らない」と一歩下がる時、私たちは退屈しなくて済む。やったことないことは、それをやるまでよくわからない。
だから私はまだ、なにも知らないのです。知ったような気がたまにする、だけで。

20代で得た知見

自分が何かに退屈するときは何もやり切れていない時だ。
退屈は何かを本当にできていないからやってくる。
日々本当を生きれば勝手に未知の事件が起こる。
何も知らない状態がやってくる。

論文を本気で書き抜く。
文字、文章、考察書き尽くす。
やりきることで結果を出す。
これから1月までは ”書く” に向かう時期。

自分はその極限(最果て)まで行ける。
これまでいろんな最果てに行ってきた。
最果てまでいくから人生面白い。
これからもいろんな最果てまでやりきろう。


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