[5本目]インターネットに出会ったのは大学3回生の時だった
高校まで愛知県豊川市に住んでいたけど、大学は京都にある立命館大学に進学した。理工学部情報工学科、大学1回生の時は京都の衣笠キャンパスだったけど、2回生から新たにオープンした滋賀県にある琵琶湖草津キャンパス、通称BKCに通うことになる。
情報とか付いている学科なので、1回生の頃からコンピューターに触れる環境はあったけど確かあの時の環境は、インターネットには接続していなかったと思う。目の前にある端末とホストコンピュータが繋がっているだけだった。高校時代からパソコンは持っていたけど、それもインターネットには繋がっていない。
2回生になってBKCが開学する。今でこそ様々な学部がBKCだけど、当時は理工学部のみで、当時最新の環境が揃ったキャンパスになった。ちょっと記憶が定かじゃないけど、学内ネットワークからインターネットに繋がるUNIX端末が並ぶ実習室は、学生ならいつでも使ってよかったと記憶している。まあ、2回生の時はそんなモノには全然興味が湧かず、サークルで衣笠キャンパスに行ったり、BKCでは開学祭の実行委員をやったりして、忙しすぎたこともあるだろうな。京都の寿司屋でバイトもしていたしなぁ。
そして3回生になり、実習でインターネットに触れることになる。確か、メールを送受信したり、ブラウザでWebサイトを閲覧する程度だったけど、衝撃的だった。当時は携帯電話もほとんど普及しておらず、学生で持っているのは1割以下だったんじゃないかな。そんな時代に、学内ネットワークで学生同士がメールのやりとりができて、さらにはインターネットに接続しているから学外の誰とでもやりとりできる。そして、自分自身がWebサイトを持つことができると知り、見よう見まねで初めてのWebサイトを作った。このにメールアドレスを書いておいたら、知ってる人のみならず全然知らない誰かからメールが届く。当時はWebサイト自体もほとんどなかったし、全国の大学で同じような環境が整いはじめたばかりで、好奇心旺盛な学生が気軽にそんなやりとりをしていた。衝撃的だったしその後の自分の人生を一気に変えることになった。
大学では写真のサークルに入っていたけど、少人数でF1のミニコミ紙を発行する活動もしていた。レースが終わるとレースレビューをパソコンで書いて印刷し、学内の至る所に貼り付ける。何でそんなことをやっていたのか全くよくわからないけど、当時はF1について書きたくて書きたくてしょうがなかったんだと思う。ただ、4回生になって研究室に配属され、ほとんど衣笠キャンパスに行くことができない状況になると、その活動はできなくなっていた。ふと思い立って、WebサイトでF1の情報を発信すればよいのでは。新しい世界が始まった瞬間だったことを今でも覚えている。F1に興味がある人からメールが送られてきたりする。なんだかもう楽しくなりすぎて、perlというプログラミング言語を使って掲示板のCGIを創った。最初の頃は掲示板として機能していたけど、レースのテレビ中継に合わせて書き込みが行われ求められているのは掲示板ではなくチャットなんだと気がつきプログラムを改修する。研究室の研究は全然進まなかったけど、このF1情報Webサイトにはめちゃめちゃのめり込んでいた。
大学1回生の時にF1に出会い人生が変わったけど、大学3回生の時に出会ったインターネットでも人生が変わった、いや正確にはF1とインターネットが組み合わさった事によって人生が変わったんだ。人生が変わったから、今自分は東京にいるし、ネットに関わる会社を立ち上げたし、その仕事が縁で奥さんに出会ったし、、、。まさに、インターネット合っての今の自分なんだと改めて実感しています。
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