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習作 #3

湯船に浸かって天井を見る。夏のあたたまった身体の中にも冷えはあって、はいの底から空気の塊が押し出されてくる。足の指を拡げると、足裏の毛穴から皮脂が出た。事務という仕事は微細で煩雑な頼まれ事をこなしているうちに一日が終わる。給料が働きに見合っているかはわからない。ただ、大学の同期を見ていると、自分が選択せずに就職してしまったとおもうことがある。自分で望んで勤めているはずなのに、会社にも同僚にも期待をしていなかった。

中途入社のスズキさんは肌が浅黒く、何かにつけて私に話しかけてくる、40代も半ばなのに持ち物が幼く、私生活の満たされなさを職場で埋めようとしているのが透けて見える。新卒3年目の私にあれこれ助言してきては、「わからないことがあったら何でも相談してきて」と言われて困る。困った顔を見ると嬉しそうな顔をするので更に困る。

私は砂漠の中のオアシスだ、と言うと自己肯定感の高い人間のように思われるが、みな私と話すときだけ表情が緩んでいる。男同士の交わりで息の詰まった脳を、私との会話で癒やしにくる。私が特別なわけではない。ただこの会社では若い女性が希少なだけだ。そして私の価値は目減りしていく。水は少しずつ砂に染み込んでいき、影は静かに埋まっていく。乾いたつむじ風が砂を巻き上げる。

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