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習作 #10

近頃、見ず知らずの人間に注意されることが増えた。相手は決まって50〜60代の男性で、どちらかというと常識を携えているような容貌をしている。その日の朝は、近所の低層マンションの生垣に腰掛けて靴紐を結んでいるところ、管理人と思しき男にいきなり怒鳴られた。

たかだか生垣に座ったくらいで騒ぎ立てるというのは神経質にもほどがある。むしろ容易に屈服できそうな人間がたまたま居たので、口実を見つけてふっかけただけなのかもしれない。もしも自分が強そうな人間だったらと思うが、仮定は確かめようがない。

なので、引っ越すことにした。県境にある、何もない街だった。ロータリーを抜けて幹線道路を越えたところにある、公園の隣にある古いアパートを借りた。冷蔵庫を新調し、大きな窓に薄紫のカーテンを吊るした。

引越の日には大鍋で蕎麦を茹でた。当時付き合っていた恋人とツユを飛ばしあった。その後交際を解消し、私は小説を書き始めた。勇者がむやみに剣を振り回し、住人が死んでも勇者のままでいる物語だった。

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