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習作 #2

画家というのは職業ではない。銀行が金を貸したがらない仕事を私は職業だとは思わない。では何なのかと問われれば難しいが、我を忘れて絵にのめり込む行為は売春に近い。一人きりで執り行われる売春だ。

横長に置いたキャンバスをおよそ三等分し、赤と青を淡く配置する。筆跡が見えなくなるまで絵具をぼかす。そして、その上に一本の黒い線を、ぐちゃぐちゃと画面全体にまんべんなく広げる。息が上がったころに一度後ずさり、キャンバス全体を確認する。初めは絵ではなかったそれが、次第に目に馴染んできて、「絵画」として膨らんでいく。

紅茶を啜る。角の立った風味が口腔に広がる。熱さが胃袋に落ちたころには、すっかり普段の自分に戻っていた。イーゼルに載せられた絵画は誰かが描いたもののようだった。窓の外はまだ明るく、風は吹いていなかった。キッチンへ降りてサンドウィッチを食べた。ソファに座ってテレビを観ていると妻が帰ってきた。「できた?」と訊かれたので「うん」と答えると、妻はアトリエに上っていった。戻ってくると妻は「私が描いた絵みたい」と言い、その晩私たちは雷に打たれて死んだ。

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