見出し画像

小説 #16

バイト先や所属事務所など、田村の生活圏はおおよそ把握した。一週間もすれば、素人でも生活パターンは掴めるものだった。それくらい田村の暮らしは単調だった。芸人とはもっと不規則で自由なものだと思っていたので、少し拍子抜けした。

けれども、私が何をするべきなのか、それは依然としてわからなかった。おそらく彼と距離をつめるのは容易だった。彼には恋人がなく、異性に近づかれれば警戒しつつも惹かれるに違いない。

最初はライブに数回出向き、舞台から顔を覚えるように働きかけた。同じ系統の服を着て、決まった角度の位置の席に座れば、自然と認識されるようになった。登場して目が合うと、彼の表情が緩むのがわかった。

四度目のライブ終わりに出待ちをし、差し入れに連絡先を入れて渡した。その日の夜にラインが来て、メッセージを遣り取りするようになった。数日後に会う約束を交わした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?