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続・子どもを保育園に預けずに在宅ワークはできるのか――コロナ禍編

以前、「子どもを預けずに在宅ワークができるのか」という投稿をしました。そこでは、「歩き出すくらいまで(1歳過ぎ)なら、なんとなるかな」といったことで結論付けました。今振り返ると、期間限定だから耐えられた部分もあるかな、と思います。

さていま、新型コロナウイルスの問題で、保育園の運営が自粛になったり、小中学校が休校になったりという事態が起こっています。私も再び、子どもを保育園に預けずに在宅ワークをすることになろうとは思いもしませんでした……。

再度やってみての感想としては、「一応出来るけれども、できる仕事や量にかなり制限がある」「とにかくストレスがたまる」「ずっとは無理」ということです。


保育園に預けられずに働くと、どうなるのか

保育園に行かせる理由と言うのは大きく2つ。「職場に連れていくわけにいかないため」「子どもを集団生活の中で発達させるため」だと思っています。

4月に緊急事態が発令された後、我が家の場合、夫は自宅待機か自社出社か、その時々で変わるような状況でした。「自宅待機」とはいっても、8時間フルに使わないと終わらないような事務作業をさばいていました。私自身は、既に受注している案件がいくつかあり、会社側からも「こんな時期だが、なるべく営業してほしい」とのことを言われていました。

また私はもともと、フル在宅のリモートワーク。なるべく外出を減らしてくださいということになっても、これまでと仕事のやり方が大きく変わることはありませんでした。問題は、保育園の縮小運営でした……。いわゆる「医療関係者や、社会生活を維持する仕事に従事している方以外は、家庭保育でお願いします」というやつです。

私は4月中の3分の2くらい、仕事と子どもの世話のワンオペ状態になりました。仕事での弊害はやはり、「集中力が切れること」につきます。1日8時間、席について働こうと決めたとしても、私の感覚だと、まともに働けたと思えたのは実質4時間くらいです。自宅待機であった夫も、集中力や効率に関して私と同様の感覚であったようです。

・子どもに話しかけられる、構ってほしいと言われるタイミングで集中力が切れる
・少し目を離したすきに、面倒ないたずらをされる(なので、仕事をしながらでも目が離せない)
・食事やおやつの用意、身の回りのお世話をしなければならない

子どもがいることで集中力がそがれる上に、この先の仕事の不安や、耳に入ってくるニュースなどが気になり、気分がふさぐので、さらに仕事の効率は落ちていきました。子どもがいない人であっても、このような状態で仕事の効率がかなり落ちていたと聞きます。

さて子どもへの影響は、「ストレス」だと思います。仮に、自分の仕事がなんとかなったとしても、子どもに与える影響は、ちょっと心配です。

・子どもに一人遊びをさせる時間が増える
・外に遊びに行けずにストレスが増える
・(自分もイライラしているので)強めにしかってしまったりして、ストレスをかけてしまう

あとはやはり、集団生活から離れさせているため、これが長引いた場合、どんな影響をおよぼすのか、全く分かりません。甘えん坊になっていないかどうか……。

1つだけ良かったことを言えば、子どもと接する時間がなんだかんだ増えたことで、苦手なことをじっくり教えてあげる時間ができたことです。保育園の集団生活では、個人の苦手なことを常に細やかに見てもらえるわけではないので、これはよかったかな、と。


我慢は絶対によくない


子どもがいながらの在宅ワークで、私が留意したことは以下です。

・子どもがいて効率が上がらないこと、連絡がままらないことをはっきり伝える
・上司や同僚と、仕事の進め方についてよく話し合う
・仕事の進捗(予算を持っている人は、売り上げ)、特にうまくいっていないことをリアルタイムに正直に報告する


子どもが家にいる状況の在宅ワークでは、仕事の効率が確実に落ちるということは職場の上司や同僚に明確に伝え続けて、その中でも達成可能である現実的な目標が決められることが理想です。ここで折り合いがつかなければ、我慢するか、休むか、辞めるしかないと思います。

親の方は、「子どもを預けたくても預けられない」という、自分自身が願ったわけではない状況です。つまり、かなり特殊な状態です。「プライベートなことを理由にすべからず」と遠慮する必要はなく、自分が置かれている状況や気持ちをはっきりと言葉で伝えるべきだと私は思います。

そうしなければ、きっと「なんか大変そうだけど、大丈夫そう」と思われて、遠慮なく、平時モードで仕事を振られてしまう場合があります。特に、子育てをしていない人には、子育てをしている人の環境や苦労は想像がしづらいもののようです。

また、くれぐれも無理せず、有給や休職もやむを得ないと思います。自分に落ち度がないのに、身銭を切らなければいけないのは大変辛いところですが……、体調や精神のバランスを崩してしまえば、子育てどころではなくなってしまいます。経済的な理由で、休むわけにもいかないという人もたくさんいると思うので、これはとても難しい話だとは思いますが……。

とにかく、能力が低いと罵られようが、ネガティブで後ろ向きだと思われようが、ちょっと貧乏になろうが、自分を守ることが一番大事であると私は思います。そして私自身も結局は、「自分自身を守ること」を選びました。

みんな、思いやりを

このコロナ禍は、「皆が経験したことがない事態」の「終わりがはっきりと見えないこと」が厄介だと思います。みんな辛くて、疲れるし、気分が上らないのは当たり前です。

コロナのことがなくても、過去に先輩や同僚が精神を病んで休職してしまうことを目の前でよく見てきました。私自身も、トランキライザなどの薬を処方してもらいながら通勤していたこともありました。

その中で思ってきたことは、人は自分が思うほどに、自分が弱っていることをはっきりと見抜いてくれないということです。弱音を吐かなければ、元気なんだと思われます。実際、精神を病んでいく人は、「元気そうだったのになんで!」「ぜんぜんわからなかった」と言われている人がとても多いのです。

これ、子育てをめぐる夫婦関係も、同じだと思います。例えば、ママさんが弱音を吐いたり、してほしいことを具体的に伝えなければ、パパさんにママさんの辛さが全く伝わっていなくて「なんか大変そうだけど、大丈夫そうだ」と思われているということがたくさんあります。

お仕事では、弱音を吐くことなく、志高く、いつでもポジティブでいることが美徳とされます。私も若かりし頃は、それをかたくなに信じていました。だけど今は、それも「ほどほどにね」と思います。

自分自身や他の人がそれができていて、しかも成果を出せているからといって、人に「それが当たり前」「それが立派なこと」だと自分の価値観をそのまま押し付けてはならないと思っています。

物事の感じ方、捉え方、心の強さは人それぞれです。辛い状態だから、素直に辛いと伝えたからといって、「弱い」「たよりない」「ダメなやつ」と思う人も、私は、残念ながら「それまでの人」だと思っています。

「辛いことは、辛い」で、私はぜんぜん構わないと思います。また「辛い」とうったえることが、建設的ではないことであると決めつけるのは、どうかと思います。

コロナ禍は、多くの人にとってつらく、ストレスフルだと思います。そんな時だからこそ、まずはどうかお互いが、その人の気持ちに寄り添って、思いやりを持って。その上で、お互いにとって建設的なコミュニケーションを取るべきだと私は思います。


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