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読んでも人生は好転しないSF小説ベスト10 (10位~6位)

ネット上に漂う無数のWEBサイトには、SEOの観点から効果的に読者を流入させるために設定された、過剰なタイトルが散見される。

たとえば「SF小説」でグーグル検索をかけた時、トップに躍り出るのは「死ぬまでに読んでおきたい・一度は読むべきSF小説〇選」といった具合のタイトルだったりする。

しかし現実問題として、どのような名作SFを読んだところで実際的な問題は解決されないし、生きていく上でSF小説の読書遍歴がプラスに働くことは無い。

「グレッグ・イーガンを全冊読破した」という経験はSFマニアには評価されても、就活の面接官には評価されない。分厚い名作SFを読むのに時間を費やすくらいなら、英単語帳を一冊読んだ方が間違いなく人生は好転する

しかし、いやしくもホモサピエンス系の人類であれば誰しも、狂ったようにSF小説を読み漁る時期というのが存在してしまう。それは人間の致命的な欠陥であり、根治不可能な脳神経学的エラーである。

ということで、このnoteは『読んでも人生は好転しないSF小説ベスト10』、あるいは『ベスト10についてのベスト10』。その10位から6位までの前半戦である。どうぞよろしく。

10位『ハーモニー』伊藤計劃

この世界のほとんど全ての『ベスト10』は、その順番に実質的な意味は存在しない。

明確な評価基準によって序列付けが成されることは極々稀である。なので基本的には、10位と7位の間に具体的な優劣関係は存在しない。それはただ単に、良い感じの順番で並べられているだけにすぎない

それはこのランキングにおいても同様で、伊藤計劃氏の『ハーモニー』が絶対に10位でなければならない根拠は存在しない。筆者自身、これが本当に「これまで読んだ中で10番目に優れたSF小説である」と信じているわけではない。

しかし、あらゆる読み物は著者と読者のコミュニケーションであるので、その最初は両者を繋ぐ橋渡し的な存在であってくれることが望ましい。そういう意味では、この『ハーモニー』が10位であることは、多くの読者にとって安心をもたらしてくれるのではないかと思う。

伊藤計劃氏は、日本SF小説界の中でも特異な存在である。いわば彼の存在自体がSFじみており、その出現と消滅の過程において『伊藤計劃』という作家名が列聖されていくプロセス自体が最大のSFであるともいえる。

そして本書であるが、序中盤から中盤にかけては非常にスリリングなサスペンスが展開するので、とても面白い本だとは思う。

9位『1984年』ジョージ・オーウェル

9位が果たすべき役割は、10位で繋がった著者と読者の関係性に、もう一段の信頼を付与することである。

キャッチーな10位から、堅実な9位へ。ここに位置する本は、多くの人が「それは入るよね」と共感してくれるものが望ましい。

そういう意味で、『1984年』は後続の多くのSF作品に引用され続けた、影響範囲の極めて広い作品の一つである。意識的無意識的に関わらず、誰もがその引用を目にしたことがあるだろう。近年では、村上春樹の『1Q84』で直接的に引用されたことでも記憶に新しい。

あまりにも有名である本書について、他の人たちが口を揃えて評するようなことを言っても仕方がないので、著者なりの着眼を述べておく。

『1984年』で著者が好きなのは、そのディストピア的な世界観でも、二重思考に代表されるような興味深い洗脳体系でもない。途方もない暗黒の世界の広がりと、打倒の不可能性を感じさせるまでに完璧で強力な世界の構築である。

後続のディストピア作品群が真似できなかったのは、この一点ではないかと著者は思っている。

8位『皆勤の徒』酉島伝法

8位には異形が現れてもよい

10位と9位において読者との信頼関係を構築したうえで、著者にはようやく、読者をほんの少しだけ出し抜く機会が与えられる。

正直、1位が『皆勤の徒』でも良かったわけである。

しかし1位が本書であると、さすがに人格を疑われてしまったり、日常生活に多大な支障をきたす恐れがあるため、いわばハッタリとして8位に鎮座して頂いた。これが『読んでいると人格を疑われるSF小説ベスト10』であれば、1位にしても良かったのだが。

本書は「とにかくヤバい」小説を読みたい人なら読んでおいて損は無い。その一方で、「読書を通じた多大な生理的嫌悪感」をわざわざ接種したくない人は読まなくてもよい。

しかしまあ、凄い小説であることに間違いはない。掛け値なしに「凄い本だ」と言える小説は、なかなか存在しないのだ。

7位『トータル・リコール』フィリップ・K・ディック

ここまでどれも長編だったので、一つは短編集を挟んでおいた方が良いだろう。それでは何を選ぶべきか。悩んだ末に、クラシックながらも本書が最も落ち着いているのではないかという結論に至った次第である。

「SFを読みたいんだけど、何か良い短編集知らない?」

そう聞かれた時にどう答えるかで、その人が大体どんな人物かがわかる。グレッグ・イーガンを勧めるのは危険なタイプのSFオタクだし、テッド・チャンを勧めるのは話しかけない方がいいタイプのSFオタクだ。星新一を勧めるのは、性根が優しいタイプのSFオタクである。

「フィリップ・K・ディックの、『トータル・リコール』ならどうだい? 映画化もされた奴さ。この短編集には『マイノリティ・リポート』も入ってるんだよ」

こんな具合が模範解答ではないだろうか。まったくもって非の打ちどころがない。完璧だ。即座にこんなスマートな返答ができる奴は、きっと仕事も恋愛も出来る奴に違いない

そして実際、本書に収められている短編はどれも単純に面白い。特に『マイノリティ・リポート』は極めて完成度の高い見事な短編で、この作品からSFに熱を上げるようになってもおかしくない。

ということで、ぜひ一冊目には『トータル・リコール』を。人に勧める時も『トータル・リコール』を。

6位『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』ピーター・トライアス

これが1位でも良かった。ベスト10なんていうのはそんなことばかりである。しかし今回は10位から6位までなので、実質的に前半部の1位に輝いたのが本書である。

しかしこれまた、人に薦めづらい作品である。こんなに人に薦めにくい小説というのも存在しない。この本を推薦するにはまず、相手の政治的な信条についてそれとなく確認したうえで、各種チェック項目をクリアする必要がある。

この本を何も考えずに人に薦めるくらいなら、「死霊のはらわた」のDVDを貸してやる方がまだ安全だ

しかし前半部の栄えある1位であるので、きちんと紹介しておこう。『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』はいわゆる歴史改変SFであり、大体タイトルの通りのお話である。

舞台は、第二次大戦で日独の枢軸側が勝利した歴史のIF世界。敗戦国アメリカは戦後の東西ドイツよろしく日本とドイツによって分割統治されており、アメリカ西海岸は日本合衆国(United States of Japan)と呼ばれている。

科学技術は現代以上に発達しているが、WW2に勝利した日本は大日本帝国のノリをそのまま継続中であり、日本統治下のアメリカではバーチャル天皇陛下への礼拝が義務付けられ、陛下の悪口を言った瞬間に特高警察が駆け付けて収容所に送られる。

つまりは大日本帝国軍が敗戦せずにそのノリを先鋭化させた結果、見事なまでのディストピアが完成してしまった世界なわけだ。

この世界の第二次大戦で日本が勝利した理由というのも、「マジかよ」としか言わざるをえない架空の歴史が語られるわけではあるが、それは本書を読んでのお楽しみ。

そんな日本合衆国のアングラでは、第二次大戦でアメリカが勝利するという(この世界では)架空の歴史を描いたFPS通称『USA』なる謎のゲームが流行り始める。

その実態を調査するため、主人公石村と特高警察の規野課員は行動を共にするのだが・・・というのが本書の内容。

著者であるピーター・トライアス氏は、韓国系アメリカ人という複雑なアイデンティティを有しているのも興味深い。

ちなみにピーター氏は日本が嫌いでこんな小説を書いたわけではなく、むしろ重度の日本オタクである。彼の日本のサブカルチャーへの異常な熱量は、そのまま本書にも反映されている。

ちなみに続編である『メカ・サムライ・エンパイア』は、一言でいえば北朝鮮で天元突破グレンラガンするお話。気になる方はどうぞ。

という風に、一体どこから問題点を指摘すればよいかわからない本書を6位に、前半部の実質的な1位に選出させて頂いた。ここまで読んで頂いた方であれば、筆者がこの本に対してよほど慎重になっていた理由がわかるだろう

次回は5位から栄えある1位までを紹介しようと思う。それでは。

ヘッダー画像:「Project Itoh」より引用。


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