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いつか忘れちゃうかもね

夜を引きずった空が少しずつ明るんでネイビーブルーになっていく。コンビニで買った度数高めのチューハイを飲み歩きながら、こんな美味しくないものをなぜ販売しようと思ったのか真剣に話す私と彼の頬は赤く火照っていた。お互いまっすぐ歩いてるつもりだけどたまにぶつかって、ふわっと込み上げるアルコールのにおいで酔っていることを自覚する。腕時計の液晶には04:12と表示されていた。


もう夜通し話しているから特に話したいことなんてなくて、それでも間を埋めるための話題を探す。沈黙が怖いわけでもない。とりあえず話を始めれば続くのはわかっているので、深いことは考えず私は思いついたことを話し始める。

「最近まじで『マカロニえんぴつ』が好き。知ってる?初めて生で見たのは2018年の新代田FEVERでね、スリーマンライブのゲストで呼ばれてたんだけど、衝撃だった。この人たちをこの距離感で見られるのはもうこの先は無いかもと思って、絶対に忘れないように必死で目に焼き付けたの」

静かに話を聞いていた彼はいつものことながら特に大きなリアクションはせず、なんとなく知ってるけど…と呟いたあとスマホで『マカロニえんぴつ』と検索する。どの曲がいいとか、いつのライブが良かったとか、オタク特有の早口で私が話し続けたせいか、彼は早々に検索することをやめて相槌をうっていた。飲み切ったアルミ缶をグシャッと潰した彼が、私と目を合わせずに遠くを見ながら言う。

「そんなに好きになって、もしいなくなったら悲しくない?」

そりゃあもちろん悲しい。でも、なんでそんなこと聞くの?好きになったものがいつかいなくなってしまったり、自分や他人の中から消えてしまったりすることを常に考えてるってこと?わかるけど、よくわからない。もしもこの世から好きな音楽や、好きなものが消えてしまっても私はきっと忘れないし、好きだった事実は残るし。ちょっと返事に困りながら私は言った。

「もちろん彼らがいなくなってしまうことはあるかもしれないね。そこから日が経てば毎日は思い出せなくなる日がきて、ふと思い出して切なくなったり嬉しくなったりすると思う」

彼があまり納得いってない表情で、ふーんと言いながら私に目を落とす。ようやく目を合わせてきたことを気にしないふりして私は続けて話した。

「好きだったものを思い出す作業が悲しいことか、嬉しいことか、私はまだ断言できない。でもきっと悲しいね。いなくなってしまうのって。忘れてしまうことって。それでもできるだけ愛したいと思うよ」

彼の先の言葉の真意ははっきりとわからないままだった。最大限、寄り添った返事をしたつもりだった。嘘をついたわけでもなく、本心であることも間違いはない。彼もなんとなくわかったふりをしていた気がする。納得はできないけど、理解はできるといった顔だ。

そこからまたしばらく歩いて、お互いに小さなしこりを残したまま、それぞれ電車で帰った。家についてメイクも落とさずに寝て、二日酔いで絶望しながら起きる。酔うとコンビニスイーツを爆買いしてしまう悪癖があるが、その日も例に漏れず冷蔵庫には雑に入れられたスイーツが転がっていた。

そんな話をした日からどれくらいが経っただろうか。久しぶりに会った彼は私に渡したいものがあると言って、背負うには重そうなリュックからゴソゴソと袋を取り出した。

「この前話したとき、これ欲しいって言ってたから」
と、マカロニえんぴつのライブTシャツをおもむろに私に差し出す。突然すぎて意味がわからなない。でもそれが面白くて、笑いが止まらなくなった。私につられて彼も笑っていた。確かに欲しいと言ったけど、買ってプレゼントしてくるなんて。なんて愛に溢れているんだろうと思った。優しい人だと思った。

それからもたまに会ってはお酒を飲んでベロベロに酔ってはお互いに納得のできない話をした。納得できなさすぎて喧嘩して、どうでもよくなって連絡すら取らなくなった。彼を嫌いになったわけではなかったけど、日を重ねるごとに連絡はしづらくなって、最後の電話には出てもらえなかった。この前の日曜日に見たマカロニえんぴつが最高だったんだよ、と話したい。私はあなたを毎日思い出して切なくなっているよ。だから、あのときの答えは「悲しいからいなくならないでほしい。いるだけでいい」だったかも。やり直せたらいいのにね。

もしいなくなったらって言いながら、本当にいなくなるなよとひとりごとを口に出してしまう。絶対忘れないよ、たぶん。もう遅いからお風呂入って寝るね。おやすみ。


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