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幸せや欲求の行く末ってなんだろう【「プレイフルとは?」を考えてみた】

哲学的な話でもなく、病んでるわけでもなく、2割くらい宣伝な内容です!宣伝と言いつつも、大事なことに気づけた感じがしており、皆さんにシェアしたい気持ちがあり書いております。

はじめに

いよいよAIが私たちの生活のなかで当たり前になり始めています。分からないことがあれば「chatGPT」で抽象的な聞き方でも教えてもらえるし、ちょっとした作業で簡単にAIが作曲してくれる。ブログの記事も書いてくれるような時代。
変化に追いつこうとしても、新たな技術があっという間に誕生していて、なんだかもういよいよ、技術の進化に人類がついていけないような時代になってきています。

いろんなことが便利になり、デジタル・テクノロジーの力でいろんなことが最適化されているこの世の中で、幸せなこと・楽しいこと、「プレイフル」ってどんな状態なのかな?と考えてみました。

考えるきっかけ

いきなり宣伝めいたものになってしまうのですが、考えるきっかけになった大事な要素なのでまずはこの話。
2021年11月から取り組み始めた、鹿行・カシマでの取り組み。「Playful Sustainable」をスローガンに、地域・まちについて考え、行動していくことになりました。
TwitterとInstagramにて地域のこと、私たちの取り組みのことを発信してまいりますので、ご興味があればどうかフォローをよろしくお願いします!

しかし、この「Playful」と「Sustainable」という2つの言葉。なんとなく意味は分かるけど、具体的にイメージしにくいですよね。
オフィシャルに「Playful Sustainable」を説明するにはまだ思考も時間も必要だと思い、それを詰めるためにも自分でアウトプットしながら考えてみたいと思います。

「Playful」と「Sustainable」

「Playful」というコトバについて考える

「Playful」をGoogle翻訳で検索してみると「遊び心のある」という意に。
うんうん。わかります。そんな意味を持っていそうな言葉。
プロジェクトメンバーで話している時も、心と身体を全力で使い、アクティブに楽しんでいる状況を目に浮かべながらこの言葉に辿り着きました。

子供たちが野原を走り回っている情景、イケてるオヤジが荒波に揉まれながらサーフィンを楽しんでいる姿、夜の公園で若者たちがスケボーで技をメイクしているような雰囲気。

五感をフルに使って、自己実現の舞台に地域・まちを活用している人が集まってるエリア。そんな未来を描いています。

ただ、もっともっと「Playful」を深掘りしたい。それぞれが思う「Playful」もちょっと違うのではないでしょうか。少しモヤモヤ。また後ほど。

「Sustainable」というコトバについて考える

こちらは今の時代の潮流もあるので、多くの人が共通したイメージを持てるのではないでしょうか。

  • まちがまちとして機能するために持続可能であること

  • 環境・エネルギー・経済的な側面で持続可能であること

  • 「Playful」な状態が持続可能であること

地域・まちを舞台にしているわけですから、「2023~2025の3年間の期間限定ね!」なんていうわけにいきませんから!!

これからの時代の「Playful」ってなんだろう

進化するテクノロジー・台頭するAI

冒頭にも述べましたが、デジタルやテクノロジーが時代とともに私たちの生活を便利に、豊かにしています。
気がつけば、自分の考えや意見をメディアを介さずにSNSを使って発信できるようになりましたし、このnoteであったり、Youtube・Tiktokなどで自己をクリエイティブに発信できるようになりました。そのほとんどがオープンソース的であり、多くの方が自由に扱える状況です。

情報に溢れ、使い方をしっかり学べば本当に便利な世の中になってきました。しかし昨今ではそれに留まらず、いよいよAIが私たちの生活に当たり前のように根付きつつあります。

「OpenAI」が提供する「ChatGPT」は、本当に様々なことを教えてくれますし、Google検索のように調べ方が曖昧でも的確に近い答えを導き出してくれます。私個人の体験として、本当に驚いたのは、Google SpreadSheet×GoogleAppScriptで実現したいことを、実現したい状況から逆引き的に相談してみたら、的確なスクリプトがかえってきたこと。コードが読めなくても書けなくても、ChatGPTが教えてくれる時代になってしまったんだな、と驚愕でした。

他にも、写真を複数枚学習させれば新たな写真や絵を抽出させてくれるAIだったり、言葉を打ち込むだけでわずか数秒で作曲してくれるAIなんかも登場してきましたよね。
最近だとSNSで自身の写真を学習させて、素敵なアバターを作るなんてことも流行ってきています。
何よりも高度な技術がオープンソース的に、データセット的負荷もなく利用できるのがすごい時代です。

人類がテクノロジーの進化についていけない「デジタルネイチャー」時代

「シンギュラリティ」という言葉をご存知の方も少なくないはず。日本語に直訳すると「技術特異点」で、ざっくりいうと、人工知能(AI)が人間の能力を超えるタイミングのことを指します。
落合陽一さん曰く、2025年、なんと再来年にはこのシンギュラリティに達するんだそうです。

人類が作り上げた計算機が、創造主である人類を超える時代。
今のこのテクノロジーが毎日毎日ありえないほどに進化していくこの状況からすると、そんな時代が本当に2年後にきてしまっているような気も、確かにします。

気がつけば、テクノロジーが人類の想像だにしないレベルまで進化・変化・成長を遂げて、人類が把握・理解できないレベルまでになると言われています。
私たちは、自然をコントロール・理解しきれません。
今のところはテクノロジーは人間がハンドリングできているレベルですが、シンギュラリティを超えると、テクノロジーを科学できなくなる、そんな時代になってしまうんだそうです。
落合陽一さんはその時代を「デジタルネイチャー時代」と定義しています。


引用:https://www.omron.com/jp/ja/about/corporate/vision/sinic/theory.html#

OMRONの創業者である立石一真氏が提唱した「SINIC理論」をご存知でしょうか。1970年というパソコンやインターネットが当たり前ではなかった時代に提唱された未来予測理論「SINIC理論」。
高度経済成長下で出されたこの理論は、情報化社会の出現など、現在までのシナリオを的確に予測しています。

この「SINIC理論」では、情報化社会→最適化社会→自律社会→自然社会と変化していくと予測されています。
今、私たちは情報化社会を卒業し、テクノロジーを使って様々なことの最適化を行おうとしている、最適化社会に突入し始めた過度期のような状況でしょうか。

最適化の行く末の時代にある「Playful」

テクノロジーの変化・進化は指数関数的に行われているわけですから、あっという間に社会の様相も変わっていくだろうということが容易に想定できます。

テクノロジー・AIによって私たちの生活はどんどん便利になり、究極的に言えば、お金を稼ぐという行為すら無駄になってくるのかもしれません。(貧困がなくなっていくと考えるととてもポジティブだと思っています)

そうなったとき、私たちは何に価値を感じ、喜びを得ることができるんだろうか。
"肉体"の重要性が今以上に増していくのではないか。自身の"肉体"を使って、不確実な環境下で成功体験を得ることに楽しみ・喜び・を得るのではないでしょうか。

自身の応援するスポーツチームが勝つこと、自然と立ち向かって荒波を乗り切り素敵な技をサーフィンでメイクすること、最初は6時間以上完走にかかっていたマラソンもトレーニングを積み重ねて気がつけば4時間を切れていること。
こういった体験は今だって心震わす感動体験なのですが、世の中が便利になっていくとともに、心と体をフルで使い、楽しむことが人間にとってより価値になっていくのではないでしょうか。

自己実現欲求を満たすこと。それが…

心理学者のマズローが「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、理論化した"欲求5段階説"をご存知でしょうか。

引用:https://ferret-plus.com/5369

生理的欲求・安全欲求・社会的欲求は経済的成長とともに満たされ、承認欲求もテクノロジーの進化とともに自ずと満たされるでしょう。(AIがSNSのフォロワーの増やし方を当たり前のように教えてくれますし、究極的に言えば、AIが人間と同等の存在になり、仮想空間上やホログラムで褒め称えてくれる時代がくるかもしれません笑)

シンギュラリティ後、人間は自己実現欲求を満たすことを突き詰め続けて生きるようになるのではないでしょうか。

好きなスポーツチームを応援し、そのチームの勝利により喜びを得ることや自身の肉体を使って自然や社会と向き合いながら成功体験を得ていくこと。これこそがこれからの「Playful」と言えるのではないか?

そんなことを考えていくと、鹿行・カシマはやはり「Playful」を実現させるのに適した地域なのでは?と都合よく思ってしまうわけです。笑
リーグを代表するスポーツチームである「鹿島アントラーズ」があり、海や川、湖など広大な自然に囲まれながらアクティビティや自給自足に近い生活を楽しむことができ…。

たくさんの自己実現が叶うまち、鹿行・カシマを描き続け、マクロ的に時代を捉えながら様々なチャレンジをしていこうと思ったのでした。

参考文献・資料


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