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伝える責任

引用させていただいたこのツイートは関西テレビのニュース番組『報道ランナー』のキャスターの新実彰平アナウンサーのもの。放送内容の巡って、「感染予測のデータを印象操作している」という批判と「嘘を大袈裟に言っている」「テレビはコロナ禍でも懐が潤っている」などと根拠不明の主張するツイートに新実アナが半ば怒りを示し、引用ツイートをした上で反論し、ツイート削除を求めた。

僕は普段からテレビをよく見ている。バラエティの他、ニュース番組も結構チェックしていたりし、話題について考えたり、声のトーンに癒されたりしている。ただ、最近は新聞やテレビなどマスメディアを「マスゴミ」などと揶揄し、絶対悪とする風潮がSNS、とりわけツイッター上で根強く感じる。根拠が無かったり、感情の怒りに任せたと思わしき、ちょっと違和感を覚えるツイートを散見することがある。

メディアの裏側を知らない人からしたらそう思うかもしれないし、不安もあるでしょう。でも、ありもしないことを言って、100%悪のように言うのは違うのではないか。ズバリ発信する責任やリテラシーが足りてないのではと思う。

時間の制約で全てを伝えることはできないし、たとえ全てを伝えようにも長ったらしくてイライラする。的確な情報を吟味した上で、責任を持って公共の電波に乗っけているわけだし、新実キャスター含む伝え手はどう噛み砕けば、いいかを考えているのが話す内容や口調から分かる。

もちろん、全てが正しいわけではないし、受け手にとって違和感を感じ得ない部分もあるでしょう。ただ、伝えるための努力は新実キャスターやサブキャスター、フィールドキャスター、コメンテーター陣、解説担当の神崎博デスク、記者の放送での姿で見て伝わってくる。自分自身も過去に伝え手の経験があるからより感じ取れる。

ただ、そんな努力を陰謀論や感情的に噛み砕きもせずに速攻で批判して、傷付けるようなことは誰だって悲しいことだし、もし僕自身も同じことを言われたら立ち直れないほどだと思う。

テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、ネットニュース、SNSなど多様なメディアはあるが発信する責任という本質は一緒なのだと思う。ただ、個人となると独りよがりになって結果的に誹謗中傷として傷付く人が出てしまう。必ずしもこうすべきみたいなことはないけれども人間として必要最低限のリテラシーは持っておくべきだし、まず一呼吸おいて、それって今発信すべきなのかを考えることが大事だと思う。

そして、もう一つ発信する大切さに関するツイートを少し紹介したい。

僕の大ファンである鉄道系YouTuber「がみ」さん。チャンネル登録者14万人を誇り、マニアックな紹介や愛車「ヤリスクロス」のチャレンジ企画、大ファンを公言しているaikoのオススメ紹介など鉄道を中心に様々な動画を投稿している。
そんな、がみさんは会社員を兼業している一般人であり、動画制作は個人のリテラシーに委ねられる。それでも、“14万人”という登録者を抱える影響力があるからこそ、伝えることを大事にしていることが伺える。僕が楽しく見れているのもこういう姿勢があるからなのではと思う。

僕の記事では先のような影響力はさほど無いし、「ホンマにこんなんで伝わるのか」と思いつつも、今回は新実キャスター、がみさんのツイートから伝えることの責任を僕の経験や見解を交えて綴ってきた。先の通り、僕はラジオや駅員として伝え手をしてきた経験があるし、絶交宣言をきっかけにした名指しの誹謗中傷ツイートを受けていたり、伝えることの大事さが身に染みることを経験している。
そこまで気をつけても、自分の思いが何百、あるいは何千人何万人いて全員に伝わるわけではない。思いもよらない厳しいレスポンスを食らうことだってある。その上で、最低限のリテラシーと自分なりの意見、一呼吸置く冷静さを持って伝えることが大事なのではないかと僕は思う。
そんなことを考えながら、これからもnoteを続けていきたい所存だ。

ストリートミュージシャンの投げ銭のような感覚でお気軽にどうぞ。