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エリゼ・ルクリュ『進化、革命、そしてアナーキーの理念』訳者序

 エリゼ・ルクリュ『進化、革命、そしてアナーキーの理念Évolution, La Révolution et L'Idéal Anarchique』の訳です。読書会の資料のために用意したものですが、せっかくなのでnote公開します。とはいえ訳者は、アナキストを自称してはいるものの、ルクリュの専門家でもアナキズムの専門家でもないので、著作を解説するどころか、そもそも訳者と名乗っていいのかという葛藤すらあります。ですのでレポート等の引用などについては特に制限しませんが、その辺りをご了承いただければ、と思います。もし明らかな誤訳など気づいた点があれば優しくご指摘いただければ幸いです。フランス語を知らない方でも日本語として読みにくい箇所があったら遠慮なく言ってください。
 まだすべてをしっかり通読・精読したわけではないので、すでに公開したものでも不定期に修正・更新される可能性があります。最後まで訳すつもりですが、ものすごく時間がかかるかもしれませんし、途中で挫折するかもしれません。
 原著者であるルクリュはすでに死後70年以上経過しているので問題ないと判断しての公開ではありますが、もし具体的な権利関係についてご存知の人がいらっしゃればご連絡ください。

目次

第一章
第二章
第三章

凡例

・テクストはÉlisée Reclus, L'évolution, la révolution, et l'idéal anarchique, P.-V. Stock éditeur, 1914を用いている。
・原文内の《》は「」、()内は訳者による補足である。

テクストについて

 以下、ルクリュの英訳選集、Anarchy, geography, modernity Selected Writings of Élisée Reclus, Edited and Translated by John Clark and Camille Martinの作品解説からの引用(p.138)である。

 「1880年の2月5日、ルクリュはジュネーヴにおいて、「進化と革命Évolution et Révolution」と題された講演を行った。それは同タイトルのもと"Le Révolté"誌に掲載され(1880年2月21日):1-2、そして何度もパンフレットとして再版され、翻訳された。ルクリュは最終的に『進化、革命、そしてアナーキーの理念』(Paris: Stock, 1898; Montréal: Lux Editions 2004)と題された本へと議論を拡げ、これはアナキスト政治学に関する彼の唯一の全体像的作品である」。

Wikisourceでは1891年に刊行されたLe Révolté誌に掲載されている「進化と革命」を読むことができる(リンク)。おそらく同バージョンだと思われる第六版もフランスの国立電子図書館ガリカで確認できる(リンク)。「進化と革命」は本書とほぼ内容は同じだが、分量は本書が倍以上となっており、また、同じ文章のように思われる箇所でも語彙などに微妙な差異があり、中には重要と思われる差異も多々ある。ガリカではルクリュの著作のほとんどを読むことができ、本書『進化、革命、そしてアナーキーの理念』も例外ではなく、本翻訳は主にこれを底本として用いている(リンク)。

訳語について

いくつかの訳語について説明しておく。
・révolutionには革命という意味以外にも公転という意味があるので、ダブルミーニングで使っていると思われる際には革命-公転と訳した。また、訳には反映させていないがévolutionにも進化という意味の他に、天文学的には天体の運行といった意味があることには注意したい。
・idéalはidéeと区別して理想と訳すことが多いように思うが、実現したい理想というよりは、現実の私たちの行動の指針となるようなものと考えて理念とした。
・changementは段階的な変化、transformationは突発的な変化と考え、前者を変化、後者を変革と訳した。
・évolutionnisteは政治的・社会的なニュアンスを帯びるときは進化論者よりもむしろ進化主義者と訳した。

参考文献

Élisée Reclus, Écrits Sociaux, Éditions Héros-Limite, 2012
 ルクリュの社会・政治に関わる作品集。本書の他に「アナーキーL’anarchie」などが収録されているので、ルクリュを原語で読みたい人はまずこれをおすすめする。

Élisée Reclus, L'évolution, la révolution, et l'idéal anarchique, Lux Editeur, 2014
 本書だけを収録したもの。原語で読むだけならば上述のÉcrtis Sociauxの方がおすすめだが、本書は英語版作品集の選者・訳者であるJohn Clarkによる紹介文「今日ルクリュを読むとは?Lire Reclus aujourd'hui ?」や、ルクリュに関する主要年表がついているので、そちらを読みたい人は。

Élisée Reclus, Anarchy, Geography, Modernity, selected writings of Elisée Reclus, edited and translated by John Clark and Camille Martin, PM press, 2013
 先述したJohn Clarkと、Camille Martinによる英訳作品集。本書も主要な議論に関わる部分だけの抄訳だが訳されている(pp.138-155)。100ページ近いルクリュの生涯や思想に関する解説がついているので、ルクリュ入門にもおすすめ。

Élisée Reclus, Les Grands Textes, Choisis et présentés par Christophe Brun, Flammarion, 2014
 フランスの老舗出版社フラマリオンによるルクリュ選集。本書は収録されていないが、主要著作『人間と大地(地人論)L’homme et la terre』からの抜粋や、書簡など、さまざまなテクストが収められている。

Jean-Didier Vincent, Élisée Reclus, Géographe, anarchiste, écologiste, Flammarion, 2014
 ルクリュの浩瀚な伝記。

エリゼ・ルクリュ「進化と革命」、栗原康訳、『多様体 第一号:人民/群衆』、21-39頁、月曜社、2018年
 アナキスト栗原康による「Evolution and Revolution, 7th edition」(1891)の新訳。原書は「Èvolution et Rèvolution」の英訳版とされているが、第六版や本書と内容的には重なる部分も多くあるものの、文章としては別物と言ってもいい(詳しくは同書の編集部注記)。また、栗原康による註と解説がついているのも利点。原書はThe Anarchist Libraryで閲覧可能(リンク)。

その他ルクリュについて日本語で書かれたもの
 ルクリュに関する文献としては石川三四郎『アナキスト地人論』(書肆心水、2013年)が定番であるだろうが、絶版になっており現在は入手困難。内容は『人間と大地(地人論)』の抄訳および石川によるルクリュの評伝。日本語でルクリュを中心に扱った本は希少であるし、石川自身もルクリュの親族やエドワード・カーペンターと親交のある明治〜昭和のアナキストなので、再版が望まれる。石川三四郎その人については大澤正道『石川三四郎 魂の導師』(虹霓社、2020年)に詳しい。ルクリュの「アナキスト地理学」に関しては、グレーバーの訳者としても知られる高祖岩三郎『新しいアナキズムの系譜学』(河出書房、2009年)があり、ルクリュの現代における可能性を考えうる名著だが、こちらも絶版で入手困難。ルクリュの日本での知名度の低さと、アナキズムに対する風当たりの強さを感じずにはいられない。一方、入手しやすいものとしては森元斎『アナキズム入門』(筑摩書房、2017年)があり、ルクリュのほか、プルードン、バクーニン、クロポトキン、マノフなど、著名なアナキストを扱っており、アナキズムに触れる最初の一冊としても非常におすすめできる。ルース・キンナ『アナキズムの歴史』(米山裕子訳、河出書房新社、2020年)においても、ルクリュへの言及が少なからずあり、また同書は歴史だけでなく現代のアクティヴィズムやフェミニズムをもカバーした広い視点(原著タイトルは『誰のでもない統治:アナキズムの理論と実践The Government of No One: The Theory and Practice of Anarchism』)や「進化主義者と革命主義者」(129-138頁)など本書とも関わりのある節もあるうえ、豊富なアナキスト人名録はレファレンスとしても非常に有用である。未邦訳ではあるが、同著者の編集するThe Bloomsbury Companion to Anarchism(Continuum, 2012)も現代のアナキズムを知るうえで便利な論文集なのでここに紹介しておく。ルクリュに関連する論文としてはIan G.Cook and Joanne Norcup「地理学と都市空間Geographies and Urban Space」(pp.278-298)がある。オープンアクセス可能な論文だと、野澤秀樹「エリゼ・ルクリュの地理学とアナーキズムの思想」(『空間・社会・地理思想』10号、大阪公立大学、20-36頁、2006年)がある。長年人文地理学を研究してきた著者による原典や先行研究を参照した、明快かつ詳細なルクリュに関する手堅い解説。

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