みーちゃん

 みーちゃんが迸った。
 夕暮れだった。私は亜美といつもの公園にいた。小さな子どもたちがかくれんぼをしていた。みーつけた、という女の子の声が遠くから聞こえた。それとほぼ同時にみーちゃんが迸った。突然の出来事に、私たちは驚いた。
 亜美はすっかり粉々になったみーちゃんの欠片を手にとり、こういう時はどうすればいいんだろう、説明書にはなんて書いてあったっけ、玲奈わかる? と私に訊いた。私はみーちゃんに説明書があることを知らなかった。
 さっきまで黄色かったみーちゃんが今まで真っ青になっている。プール、と私は思った。その色は青空というよりはプールの青を想像させた。初夏だった。どこからか蝉が鳴いていた。目の前にいるみーちゃんは抜け殻というよりむしろ外側だけがなくなり中身がむき出しになっているような、つまりみーちゃんそのもののように見えた。だけどよく考えれば私はみーちゃんのことを知らなかった。それは亜美にしたって同じことだ。
 みーちゃんを助けたいとはまったく思わなかった。私たちにできることは何もなかったし、それにたとえあったとしても何もしなかっただろう。みーちゃんがいなくなったほうがみんな喜ぶに決まっている。
 だけどみーちゃんがこんなことで死ぬはずがなかった。
 私たちの学校はいつもくじ引きから始まる。その日のみーちゃん係を決めるためだ。今日の係は私と亜美に決まって、だから放課後になってもみーちゃんと一緒にいなければならなかった。
 係の人は必ず記録をつけなければならない。みーちゃんの食べたもの、与えたけれど食べなかったもの、与えなかったけど食べてしまったもの。みーちゃんの食事をただ記録する。

6月23日(火)朝
  きゅうり二本 完食
  バナナ一本 与えたが拒否反応を示し食べず
  にんじん三本 完食 おかわりする
  辻本くん 完食 満腹になったのか眠り始める
 
 そろそろ二回目の食事時間だった。みーちゃんは昼食を食べない。いつも夕方六時のチャイムを合図にみーちゃんは二回目の食事を要求する。だけど迸ってしまったみーちゃんが何かを食べれるとは思えなかった。私たちはしばらく考えたあと、学校に戻って先生に状況を報告することに決めた。その時だった。夕方六時のチャイムが鳴った。
 私たちは学校へと歩き始めていた。チャイムが鳴り終わると公園はしんと静まりかえった。さっきまでかくれんぼをして遊んでいた子どもたちの声や蝉の鳴き声はしなかった。
 あれ。
 どうしたの。
 みーちゃんは?
 亜美はさっきまでみーちゃんがいた場所を指さして言った。そこにもうみーちゃんはいなかった。
 私たちは焦った。みーちゃんをすぐに探しださないといけないと思った。係の人はみーちゃんを見張っていなければならなかった。みーちゃんを街に出したら大変なことになる。
 私と亜美はそれぞれ公園の中を探したがしかし見つからない。そもそも今のみーちゃんがどういう姿なのか見当もつかなかった。
 私がトイレを調べようと中に入った瞬間に、遠くから悲鳴が聞こえてきた。亜美、と私は思ったがその声は亜美の声とまったく似ていなかった。
 急いでトイレから出ると、公園の真ん中にみーちゃんんがいた。何かを食べているようだった。みーちゃんは食べえると私の方をじっと見つめた。
 私はみーちゃんと見つめあいながら、どうして私はこれをみーちゃんだとわかったのだろうと自分で不思議に思った。目の前のみーちゃんは黄色くなかったし、まして青くなかった。私は今まで自分はみーちゃんのことを色で認識していると思っていた。だけど今のみーちゃんは何色でもなかった。それでも私はみーちゃんをみーちゃんだとわかった。そのことが私は無性に嬉しかった。
 みーちゃん。
 私が呼びかけてみーちゃんは何の反応もしない。私は少し迷ったあと、
 辻本くん。
 と呼んできた。するとみーちゃんの一部が反応したような気がして、今度は、
 亜美。
 と呼んだ。だけどみーちゃんは何の反応もしなかった。さっき食べていたのは亜美ではなかったのだろうか。私はそれを喜ぶべきなのか悲しむべきなのかわからなかった。
 みーちゃん、私のこと食べる? 
 不思議と怖くはなかった。私はみーちゃんのことをよく知らないけど、でも知らないからといって恐がる必要は何ひとつとしてなかった。私は今ならみーちゃんに食べられてもいいと思った。みーちゃんの一部になるのも悪くない。
 だけどみーちゃんはもうお腹いっぱいだったのかその場で鼾をかきながら眠りだした。みーちゃんは食事のあと必ず一時間の睡眠をとる。だから起きるのは七時過ぎになる。その頃には空は真っ暗だろう。
 さっきみーちゃんが食べていたのはかくれんぼをしていた子どもたちだったのかもしれない。それならば亜美はどこに行ってしまったのだろうか。
 係の仕事は八時までだ。それまでにみーちゃんを学校に戻さなければならない。私はみーちゃんについての記録を書いた。
 
 6月23日(火)夕方
  人間のようなもの 完食
  亜美 消息不明
  玲奈 与えたが食べず眠り始める


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