となりの家がゴミ屋敷だった
2020年の春。
上京を二か月後に控えていた僕は、一泊分の荷物を携えて、一足先に東京にやって来た。
新生活の拠点となる、”部屋探し”にやってきたのだ。
事前に会社から紹介されていた不動産屋に行くと、一人の若い男性が僕を待っていた。
ギラギラとしてガタイの良い、いかに不動産屋の社員という出で立ち。居酒屋で近くにいると最悪のタイプだけど、仲間にいるとめちゃくちゃ頼もしい感じの人。
実際、その人はめちゃくちゃ頼りになった。
会話中にやたらと下ネタを振ってくること以外は、僕の我儘な条件をしっかりと聞いてくれる優しい人だった。大家さん達との距離の詰め方も上手くて、本来はまだどこにも出していない物件を見つけてくれた。
敏腕不動産屋のおかげで、たった一日で部屋が決まってしまった。
既にホテルは予約していたので、翌日は適当に東京観光をして帰ることにした。
2日目。
どうせこの後住むんやから、別に観光せんでええやんと気づいた僕は、午前中にちょっとばかし散歩をして、すぐに大阪へ帰ることにした。
だがその道中、突如例の不動産屋さんから電話が掛かってきた。何だろうと思い電話に出ると、衝撃の事実を知らされる。
「すみません、昨日決めたアパートなんですが、隣の家が”ゴミ屋敷”らしくて…」
…
「え、ゴミ屋敷!?」
「そうなんです…すみません、昨日全く気付かなくて…」
気付かなくて。不動産屋さんがそう言うのは、僕らが昨日、そのアパートまで実際に足を運んで、内見に訪れていたからだ。
言い訳をするなら、やたらと入り組んだ細道にあり、アパートを見つけること自体に手間取ってしまったということだ。写真と同じ建物を見つけた瞬間に舞い上がって、付近の状態などまるで視界に入っていなかったのだ。迂闊すぎ!
話を聞くと、今日になって大家さん側から、一応の確認ということで知らされたのだという。内見に行ったのだから、当然分かった上で申し込んできたのだと思っていたみたいだが、僕らは全く持ってそんなことに気づいていなかった。
よりにもよって、僕の決めた部屋はゴミ屋敷の真横の位置にあたる。値段の割にやたらと条件が良かったのには、そういう理由があったのだ。
「そんなこと突然言われても困るって話ですよね…」
「は…はい…うーん…」
時刻は昼を過ぎたばかり。時間はあることにはあるけど、今から部屋探しを再開するのは非常に面倒くさい。
僕は一応、そのゴミ屋敷の”レベル”を聞いてみた。ゴミ屋敷は家自体の汚さも問題だが、そこに住む住人も大きな懸念事項となる。百歩譲って、ただゴミが捨てられない怠惰な人間ならまだダメージは少ない。だけど、近隣住民にちょっかいを掛けてくるような危険なパターンもある。
「それがどうも、もう人は住んでいないっぽいんですよね」
「え、どういうことですか?」
「随分前から、人の出入りがないみたいなんです。なので生モノとか、そういったものはないみたいですね…」
なるほど、内見の時に気づけなかったのは、そういうわけか。
臭いも音も、人もいないゴミ屋敷………
「あ、じゃあ、大丈夫です!そこにします!」
「え!?」
部屋探しの手間 > より良い物件
こうして僕は、大阪へと帰った。
…
そうしてそのまま、僕はゴミ屋敷の隣に住むことになった。
爽やかな新生活からは、ほど遠い幕開けである。
聞いていた通り、ゴミ屋敷に人は住んでいなかった。というより、そもそも人が入れない状態になっていた。どこにも、入り口がないのである。
意味が分からないかもしれないが、なぜか玄関から”扉”がなくなっており、代わりに大きな”木板”が打ち付けられ、入り口が完全に塞がれているのである。
そしてその端々から、今にもゴミが溢れだしそうになっていた。
謎の木材からプラスチックの棒、使い古された家具の破片…そんな正体不明の”ゴミ”が、建物中にパンッパンに詰め込まれている。一体どうやったらここまで物が入るのか不思議で仕方がなかった。まるで、屋根を外して上から放り込んだみたいなのだ。
これでは、人は言うまでもなく、小動物でさえ入ることができないだろう。異臭なども全くせず、唯一の心配は、放火されたら一巻の終わりということぐらいだった。
なんだ、大したことねぇな!と安心した。普通に暮らすだけなら、なんの問題もない。むしろこの無害ゴミ屋敷のおかげで家賃が低く抑えられて、ラッキーという感覚だった。
ただ少し、気になったこともあった。
ゴミをよくよく見てみると、そのバリエーションが非常に豊富なのだ。ほとんどは謎の木材に占められているのだが、スポーツバイクやプロテインのボックスといった、いわゆる男性的な”ゴミ”も捨てられている。かと思えば、二階の窓には、ボロボロになったピンクのウサギの人形が乱雑に置かれていたりした。
そのミスマッチな組み合わせは、ここに確かに”家族”が住んでいたことを感じさせる。
今となっては何の活力も感じられない、荒れ切ったこの廃屋の中で、かつて暖かな生活が営まれていたかもしれないという事実。一軒家を買うような順風満帆な家庭が、ここまで荒廃してしまった理由。なんだか、嫌な想像をしてしまう。
ちなみにウサギの人形は、まっすぐ僕の部屋を見つめるように置かれていた。マジで勘弁してほしい。
それに気づいてから、僕はあまり、ゴミ屋敷側の窓のカーテンを開けないようにした。
…
数か月前から、ゴミ屋敷の前にやたらと人が来ることが増えた。みんな、何やら難しそうな顔を浮かべて電話をしたりしている。
そうかと思えば、あっという間に工事が始まって、ゴミ屋敷は綺麗な家にリフォームされた。何がきっかけなのかは分からないが、ついに手を出してもいいことが決まったのだろう。長らくゴミ屋敷を見てきた近隣の人々が、しょっちゅう工事を覗き込んでいた。
最近になって買い手が見つかり、新しい人が越してきた。
彼らは以前、この家がゴミ屋敷だったということは知っているのだろうか?
もし知らないなら、ぜひそのままの方が良いと思う。
今度は綺麗に使ってあげてほしい。
そして願わくば、何も起きないと良い。
おわり