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坂道おじいの秘密

僕の住む街には、やたらと坂道が多い。
しかもどの坂も急で、頂上が見えないほど曲がりくねったり、果てしなく続いたりしている。

時折坂道の中腹で休んでいる老人を見かけると、老後この街で暮らすのは大変なことだなと、思わずにはいられない。

そんなある日の、スーパーの帰り道。
重い荷物を持ちながら、いつも通りマスクの下でゼェゼェ息を吐きながら坂道を登っていると、坂の端の方で、まっすぐ前を見つめたまま、ピタリと静止しているおじいを見かけた。

見たところ、齢70か80ほどだろうか。
視線の先には何もなかった。
ただただ、虚空を見つめている。

よくある坂道途中の休憩だろう、そう思って通り過ぎようとした瞬間だった。


ドカーーーーーーァッッン!


おじいが、爆弾みたいな屁をこいた。


僕とおじいの周りに、他に人はいなかった。

ただ、その強烈な爆発音だけが木霊して、東京の夜空へと、吸い込まれるように消えていった。

僕が呆気に取られていると、おじいはゆっくりと前進し始めた。

その時、僕は気がついた。

そうか、あれはただのオナラじゃない。
屁という名の、おじいのエンジンだったのだ。

おじいはそのままスーッと、屁の爆発を推進力にして坂を登っていった。その背中はどこか、逞しく思えた。


坂道の多いこの街に生きる、老人達の秘密。


おわり

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