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鰻屋で空の丼を見つめながらヘンなおじさんの登場を待っていた

東京の笹塚駅近くにある、鰻屋で起きた心温まるエピソードです。

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僕が東京に来てからなんだかんだで馴染みのある町、「笹塚」
アルバイト先があったり、バンドの練習で使うスタジオがあったり、3畳の極狭マンションに住んだりと思い出の町であることは間違いありません。

そして本日、またひとつの思い出が増えました。

駅の近くに「宇奈とと」という鰻屋さんがオープンしました。
宇奈ととはとてもお手軽に鰻を食べることができるお店で、僕は別店舗ですがちょくちょく利用していました。
店舗によって違うかと思いますが、笹塚店は立ち食い形式。店内には2名ほど先客が居ました。

食券を購入して、店員さんに渡します。
店員さんは若い男性で、明るくてとても気持ちの良い接客をしてくれました。

程なくして注文の品が到着。鰻の香ばしい匂いが食欲をそそります。

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すると、入り口から大きな声が聞こえました。

「なぬっ?!?」

声の主はお店の前に居るおじさんから発せられたものでした。
そしてハッキリとくっきりとしっかりと腹式呼吸で

「なぬっ?!?」

と言っていました。

続けておじさんは目を丸くしながら言います。

「こ、ここ、この値段で!?食えるのか?」

どうやらおじさんはお店の前の看板に貼ってある

「鰻丼ダブル 1000円」

のポスターに驚いている様子です。

店員さんがおじさんに声をかけます。

「はい、このお値段で召し上がれます。よかったらいかがですか?」

本当に気持ちのいい接客です。
そしておじさんは店員さんにこう言いました。

「よ〜し!いってみよう!!」

と元気いっぱいに入店しました。明るいおじさんは良いですね。勉強になります。

ここでおじさんの見た目を説明します。
・身長160センチくらい
・ややぽっちゃり
・全体的に灰色の服
・ガンバ大阪の帽子を被ってる

このようなおじさんでした。

店員さんがおじさんに

「店内で食べます?お持ち帰りもできますよ」

と訪ねました。
するとおじさんはう〜んと悩み始めます。
ちなみにこの時もハッキリと「う〜ん」と口に出しています。

そしておじさんは店員さんに

「持って食う!!」

とこれまた元気ハツラツによくわからない返事をしていました。

店員さんは戸惑いながらも
「あ……えっと、お家で食べるってことですよね?」
とナイスな切り返しで接客を続けます。
どうやらそれで良かったらしく、券売機で食券を購入し店員さんに渡します。
そしておじさんがひとこと

「君の笑顔もダブルで!!!」

店員さんの接客がよほど気に入ったのでしょうか。おじさんから笑顔に花丸二重丸を頂いていました。羨ましい限りです。

店員さんは「ハハハ」と乾いた笑いをお届けしていました。

無事に注文を済ませたところでおじさんは店員さんに

「これ用意しておいてくれないかな?そこのスーパーでお酒を買いたくてね!鰻を食べながら酒!贅沢!最高!!」

とご用命。時間の使い方がお上手ですし、これからの幸せな食卓のことを思うとテンションも上がりますよね。わかります。

そして店員さんは「わかりました!どれくらいで戻られますか?」とおじさんに伝えたところ

「5分28秒!!」

とお天道様まで届くくらいの明るい声で言いました。

僕はもう鰻なぞどうだっていい。とにかくおじさんの一挙手一投足に釘付けになっていました。

そしてさすがの店員さん。訳の分からないおじさんに対して

「わかりました!バッチリその時間に出来たてご用意しておきます!」

と明るい太陽のような声で返しました。
あなたはいずれもっともっとビッグになる。僕はそう確信しました。

ですが、おじさんはその返事に対して

「いや……10分かな。うん。まぁ、それくらい」

とさっきまでの元気は何処へやら。急にテンションが下がり地獄みたい空気になりました。店員さんがかわいそうです。何があったというのでしょうか。

そしておじさんは颯爽と店から出て行きました。

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僕は鰻丼を食べ終わり水をグイッと飲み干し、そして決意をしました。

おじさんを待とう

このおじさんがどんな様子でお店に戻ってくるのか、僕は確かめたくて仕方がなくなってしまったのです。
そして僕は空の丼を見つめながらおじさんの帰りを待ちました。

5分28秒経過。そこでおじさん用の丼が完成したのを僕は見ました。

約束の10分が経過。おじさんはやってきません。
というかそもそも隣のスーパーでお酒を買うくらいなら本当に5分28秒で良かったのではないか?そういう思いも膨らんできます。

そして20分が経過。僕以外のお客様は全て食べ終わりひとり、またひとりと店から出て行きます。
若干の気まずい空気が店内を埋め尽くします。
そりゃそうです。だって食べ終わってから20分も店から出ない人が居るのですから。しかも立ち食いの店で。

30分が経過。おじさんは現れません。流石に心配になってしまいます。あんなにご機嫌だったのに。あんなに鰻を肴にお酒を飲むのを楽しみにしていたのに。
そして僕はこのタイミングで退店します。

あまりにも気まずいので

だが、このまま終わらす訳にはいかない。そう思い

店の外でおじさんを待つことにしました。

おじさんが出て行ってから45分が経過したその時

おじさんがやってきたのです!

なにをやっていたのですかおじさん!!
僕はそのやり取りに全神経を集中しました。

「あ〜ごめんごめん!ちょっとそこで知り合いに会っちゃってさ!参っちゃったね!」

知り合いに会ったとしても、約束の時間を大幅にオーバーしています。僕はおじさんの身に何かあったのではないかと不安になっていたのですよ?
店員さんも同じ気持ちだったかと思います。

そして店員さんがおじさんに
「申し訳ございません。ご用意していたのですが冷めてしまいまして…新しく作り直すのでお待ち頂けますか?」

まさかの神対応。僕は店員さんの味方だ。あなたは接客業の鏡だ。

おじさんは「いや!いいよ!俺が待たせちゃったし!」と断りますが、店員さんも引きません。

「いえ、出来立てをお渡しするので

5分28秒お待ちいただけますか?」

カマしてきやがったよ

僕は思わず驚きました。なんて頭の回転が早いのだろう。
そしておじさんは

「なんで5分28秒なの?」 

とまさかの返事。
いやあなたが言ったんでしょ。恐らく僕は声に出ていました。

なんだかんだで新しく作り終えおじさんに温かい鰻丼が渡されました。

僕は全てを見届けて満足しましたし

最後店員さんに会釈されました。

そして僕はバイトに遅刻しました。

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