今を生きる書家の落款
現代の書家は、漢字かな交じり書(調和体、現代文、近代詩文書とも言う)や少字数書、前衛書など、従来の「数行に分けて行立てて漢字(漢詩)を書く」以外に様々な表現を試みています。
そんな現代を生きる書家たちは落款をどう書いているのか、現代の日本人の書家の落款について事例を交えてまとめていきます。
私の落款の定義は、作品を揮毫するにあたっての気分や環境、経緯などを含め作品にまつわる5W1Hを記録するために書く記録文、と考えています。
・記述ルール
{}= 自分の名前等、変化するもの
■ = 雅印
―――――――
漢字
―――――――
🔶自分の名前だけパターン
題材が自分の言葉や四字熟語など、詩人の名前を書く必要がない場合は自分の名前のみ書く、あるいは雅印だけ押印します。
「{名前}書 ■」 「{名前}■」「■」
例)太郎書、太郎、■
🔶漢詩を作った人&自分の名前パターン
公募展で見られる多くの作品は大体このパターン
「{漢詩を詠んだ人物}詩 {名前}書 ■」
例)杜甫詩 太郎書 ■
🔶揮毫日、漢詩を作った人、自分の名前パターン
※多くの場合が{干支}+{季節を表す言葉や日付}ですが、令和○年○月でも良いです。社中や先生の慣例に従うのが安パイ。
「{揮毫した干支や季節、日付}{漢詩を詠んだ人物}詩 {名前}書 ■」
例)己亥春日 杜甫詩 太郎書 ■
🔶その他
題材が自分の言葉や四字熟語など、詩人の名前を書く必要がない場合は自分の名前のみや、揮毫日と自分の名前を書きます。
「壬戌 ●月 尚亭書 ■」
→壬戌(十干十二支)の●月に揮毫した、の意。
旅行先や遠征先など特筆しておきたい場所で揮毫した場合、場所も落款に入れます。
たとえば、、、
「昭和●年●月北海遊中 尚亭 ■」
→昭和●年●月、北海道の旅行中に揮毫した(川谷尚亭)、の意。
60年に1回「壬辰」は回ってきます。すると、いつの壬辰かわからなくなるため、年号&十干十二支で表します。
2020年は庚子(かのえね/こうし)です。2021年は辛丑。
「平成壬辰孟冬 太郎書■」
2012年の冬 太郎が揮毫した、の意。
「太郎謹書■」
太郎が謹んで揮毫させていただきました、の意。
漢字作品−事例1
高橋静豪先生(毎日系)− 巻子(画像は巻末のみ)
私の大好きな漢字作家の先生です。
「寒山詩三首 令和二年睦月三日」
寒山の詩を3首、令和2年睦月(1月)3日に書きました、の意。
漢字作品−事例2
尾崎邑鵬先生(読売系)
尾崎邑鵬先生は3、4文字の漢字と長文の落款をよくお書きになっています。書壇でご活躍の先生方でも長い落款を書く方はそう多くはいらっしゃらないように思います。
漢字作品は現代日本人にはもはや解読不可でいいと思います。美術として視覚的に楽しむスタンスです、私は。
「資治通鑑 漢献之中紀日 孔明之為臥龍 士元之為鳳雛 邑鵬書■■」
資治通鑑(歴史書)??? 臥龍は諸葛孔明で、鳳雛は龐統士元である。尾崎邑鵬揮毫、の意。
―――――――
現代文
―――――――
🔶詩人・歌人・俳人&自分の名前パターン
公募展で見られる多くの作品は大体このパターン
「{詩人名}の詩 {名前}(書 or かく)■」
「{歌人名}の歌 {名前}(書 or かく)■」
「{俳人名}の句 {名前}(書 or かく)■」
例)一茶の句 太郎 ■、 草野心平の詩 太郎かく ■
他にも…
・子規のくを ■
・本居宣長の歌を ■
・工藤直子の詩「だっこ」より{名前}■
現代文−事例1
齊藤 紫香先生(読売系)− 軸装
かな作家の先生が書く現代文好きすぎます。
「唯人の句 ■」
唯人が詠んだ句、の意。ご自身の名前は雅印のみです。
現代文−事例2
森下清鶴先生(毎日系)− 額
森下先生は詩人のフルネームと詩の題名も落款に入れています。
「佐藤節子詩 歸郷 清鶴書 ■」
佐藤節子の詩、題名「帰郷」、清鶴揮毫、の意。
現代文−事例3
今江美登里先生(毎日系)− 額
この書き方が公募展の王道パターンに感じます。
「清秀の句 美登里かく■」
田中清秀の句、美登里揮毫、の意。
現代文−事例4
中野北溟先生(毎日系)− 額
うーん!これは内容的に落款と判断したい。ご本人が落款のつもりで書いたかは、すみません、わかりません。
ただ、こんな落款書いてみたい…!!これぞ落款!と思わせるオーラ。
「令和そして毎日展七十を超えたそのはじめの一歩に巨大なかがやきをば 北溟■」
意味はそのままです。令和最初の毎日書道展であること、毎日展が第70回を超えて71回展を迎えたこと、そのはじめの一歩に巨大な紙に揮毫した大きな「かがやき」を贈る、という意味かと思います。
現代文の作品には現代の言葉で落款を書くことも多いように思います。
現代文−事例5
星弘道先生(読売系)
雅号の後に「逸人」や「山人」「女史」等をつけることがあります。
青山杉雨先生の系統で多く見かけます。
「正法眼蔵随聞記之一 弘道山人書■■」
正法眼蔵随聞記の1巻が出典、弘道揮毫、の意。
―――――――
かな
―――――――
🔶自分の名前だけパターン
かなは題材が万葉集や古今和歌集など昔の歌人の歌が多いのではないでしょうか。公募展や社中展以外の奉納や美術館へ寄贈するといった特別な場合以外は自身の名前と雅印パターンになりそうです。
「{名前}かく ■」、「{名前}■」
例)太郎かく、太郎、■
🔶雅印だけパターン
作品が小さいサイズや古筆と同サイズの文字の作品は印だけが多いかな?
「 ■」
かな−事例1
黒田賢一先生(読売系)
黒田先生は「〇〇の歌」と落款に入れることが多いように見受けられます。
ほとんどのかな作家は小さな紙に書く場合は印だけにしているような気がしています。
「万葉の歌 ?賢かく■」
どうしても1文字わかりませんでした…わかる方コメントください!
かな−事例2
土橋靖子先生(読売系)− 屏風
こちらは178. 5×53×6cmの大作ですが、雅印のみです。土橋先生のサイトに掲載されている他の作品も御覧ください。
「■」
かな−事例3
下谷洋子先生(毎日系)− 額
「〇〇のうたを」ってカッコいいですね!
「和泉式部のうた(多)を■」
和泉式部の短歌を、の意。
―――――――
少字数書・前衛書
―――――――
🔶雅印だけパターン
「 ■」
少字数書、前衛書はほとんど雅印のみの印象です。
少字数−事例1
仲川恭司先生(毎日系)− 額
右下の緑の矢印の先には押脚引。
大きく2文字を紙面に対してやや右よりに配置し、白文の大きめの印を押印しています。
「■」
前衛−事例1
田村空谷先生(毎日系)− 額
小さな印が左下に押してあります。
空間をどう活かすか、印の選び方、押す場所、作品に大きく影響しますね。
「■」
最後に
今回ご紹介したほとんどの作品は2018年以降の近作です。
現代のトップレベルの書家の落款について実例を上げてまとめてみました。
ただ闇雲に「〇〇の詩 名前■」と書くだけでなく、「令和二年春 〇〇の詩を」と、ちょっと変えるだけで気分も変わるものです。
誰かに贈る作品や特に思いを込めて書く場合は落款も少し丁寧に書きたいな、と思いました!
また、今回は、特にデータを細かく取ったわけではありません。
いつか毎日展、第○回展の役員以上の作品の落款を記録して、どんな書き方が一番多いとかやりたいですね!
読売展と日展バージョンもデータとってきちんと分析してみたらおもしろそう…
なんて思っています!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?