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送別会

弊社で働いていた爺さんが、4月に定年退職することになった。


65歳。


20代の頃に入社した、と話していたので、40年くらい会社にいたことになる。

入ったときから立場は契約社員で、ほとんどバイトみたいな仕事をしていた人だった。


そこまで長く働いていたら一度や二度といわず、正社員になるという選択肢もあったと思う。

それでも正社員にならなかったのは、昔はうちの会社もかなり儲かっていて、正社員にならずとも給料は良かったようだ。

昔は契約社員にも『年2回の賞与』が出ていたらしい。もちろん今は無くなっているが。

確かに、それなら責任が重い正社員よりも、契約社員という立場を選ぶのも無理はない気がする。


いい時代だったんだな、と思った。


それはそうと、爺さんが定年退職するにあたって、当然の流れで『送別会』を開こうという話になった。

本人からの意向もあって、会場はすでに決まっている。

その爺さんが良く通っていたという居酒屋だ。

席もさほど多くない、かなり小さな居酒屋だったが、職場の人間10数人での送別会という形になっていたので、会場の大きさ的には問題なかった。

爺さんがバリバリ働いていた頃の当時の所長や副所長、異動になっていた主任なんかも参加する方向で調整がついた。

幹事は俺じゃなかったので、そうやって色々決まっていく流れをほとんど眺めているだけだったけど。


さて、送別会といえば花束、そして送別品(プレゼント)だ。

今回の送別会にもプレゼントが用意される予定で、そのために1万円の予算が組まれていた。

その1万円は、参加者から徴収する参加費に上乗せという形で全員負担ということになっている。

ここまではまあ、よくある話である。

ここまでは。






送別会まで残り数日と迫ってきたある日。


「松下さんのプレゼント、私に選ばせてもらえん?」


そう言ってきたのは、猫好き(※重要)の女性契約社員である。

(※俺は猫自体はそうでもないが、猫好きの人間は世界で2番か3番目に嫌いである)

『松下さん』とは、今回退職することになる爺さんのことだ。


「松下さんには世話んなっとるし、私みたいな『女性』が選んだほうが、良いプレゼントになると思うんよね~」

「え、あの、どういうことですか?」

「へぇ?(笑) 幹事さんからなんも聞いとらんの?(笑) 一応、あんたも社員さん(正社員)やから「それでいいかどうか」を確認したんやけど(笑)」

(何が言いたいんだよコイツは……)

という気持ちを抑える。

「まあ……幹事が「いい」って言ったならOKじゃないですか?」

「あっそ。じゃあ期待しとってね~」

「……」

「あ。あと、私だけじゃなくて中村さんと一緒に選ぶけ、安心しとってね」

「?」


『中村さん』とは、この猫好きの女性といつも職場でつるんでいるオッサンである。

同じ契約社員で、頻繁に遅刻をしたり、指示にない動きをして失敗したりと問題の多い人である。

猫好きの女性は「安心しとって」と言うが、正直この組み合わせで今まで安心できたことが無い。


まあ、俺が深く首を突っ込むことでもないよな……。

それに、じゃあ俺がプレゼントを選べ!と言われても、マトモなものを選べる自信もない。

その時はそんな感じで軽く考えていた。


……






「松下さん、いままでお疲れさまでした~~!!」


居酒屋に声が響く。


「いや~松下さんももうそんな年になったんやね」

「あはは」


昔なじみの所長からしんみりと言われて、照れ笑いする松下さん。

歳ということもあり、グラスを持つ手が震えている。


最近は足も悪くなってきたようで、職場の階段の上り下りもキツそうで、中腹で休んでいる姿が思い出される。


「………」


こんな歳になるまで働くって、どういう気持なんだろう。

わからない。


………


会は順調に進み、中盤に差し掛かろうかという時。


「え~、それでは、ここで松下さんに渡したいものがありま~~~す!」


そう言って席を立ったのは、猫好きの女性契約社員だった。


(そういえば……プレゼントを渡すんだったな)


「じゃ、持ってくるけね」

続けて中村さんが立ち上がり、店の外に出ていく。少しすると、隠しておいたであろうプレゼントを背中に隠しながら持ってきた。


「どぅるるるるるるるるるるるるる……♪」


人力ドラムロールで、猫好きの女性が期待感を煽る。


「じゃ~~~~~~ん!」


松下さんの目の前に、包装紙とリボンで包まれたプレゼントが差し出された。

かなり大きい。


(何を買ったんだ……?)


俺は不安になる。


「じゃ、松下さん開けてみて~」


猫好きの女性が催促する。


「ほ~……なんかね、これ」


松下さんは不思議そうな顔をして、包装紙を破っていく。


ビリビリ


「?」


(え?)


「これは~………」



(え?)


「シックスパッドで~~~~す♪」


(え?)


猫好きの女性は続ける。

「松下さんにね、ぴったりだと思ったんよね~♪ 普段の姿を見とったら『松下さんが腹筋ムキムキになったらスゴいやろな~』って、想像したら買わずにいられんくてね~♪」


(え?)


「ほんで、中村さんと相談して決めたんよ! 予算1万だったんやけど『絶~~~~対面白いわ!』て! 2万したんやけどね笑 で、松下さんが””気に入ったら””職場で割り勘にしようって笑。気に入らなかったら私らで払うから笑」


(え?割り勘?)


「松下さん、付けてみて~! 絶~~~~対、似合うけん、写真も撮らせて~~!」


キャッキャ


(え?)


「何、どうやってつければええん?」

おろおろする松下さん。

「腹を出して付けるんよ!これ!」

猫好きの女性は服をめくるジェスチャーをする。


(え?ここでつけるの?)


ごそごそ……


「あははははははは!似合う~~~~~♪ こっち向いて~~~~♪♪」

「こうか?」

腹にシックスパッドを付けた状態でポーズをとる松下さん。


パシャ、パシャ


「スイッチ入れて~~~~♪♪」

猫好きの女性。

「んおっ!んおっ!んおっ!」

ビクビクビクビク

「きゃははははははははははははははははははははは」


(え?)


「松下さん!気に入った?」


………


「………うん」


「じゃあこれで毎日トレーニングして、腹筋割れたら写真送って~~♪♪」


どうやら割り勘になったらしい。






松下さんが本当にシックスパッドを気に入ったのかはわからない。

どちらにせよ、あの場で「気に入らない」と言えるわけないと思う。


後日、シックスパッドを予算大幅オーバーで買った猫好きの女性と中村さん、割り勘を払いたくないその他の人達で喧嘩になる。

結局、俺が予算オーバーの1万円を払うことで強制的に片づけた。


松下さんは、その1年後に亡くなった。


仕事場の近くの、ふと立ち寄った定食屋で、そうめんを食べているのを見たのが最後だった。

辞めた時より体は小さくて。

そうめんの汁をボタボタとこぼしていた。




おわり

助けてください。