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Street Viewで地域研究をしましょう(10)

Tour Creatorでコースを作ってみる

恐ろしいStreet Viewの発想

GoogleのStreet Viewは、全世界の公道からの光景を全て統合してしまおうという、画期的なサービスです。360°カメラという技術が登場した時に、当然誰もが考えつくようなサービスですが、それを現実化したこと自体がとてつもないことだと思っています。

1980年代に、私は今は無き富士ゼロックス社のシステム系企業で、研究開発の仕事に携わっていました。

あの時代に、一人一台以上のワークステーションを占有して、パーティションで区切られた広い空間で、全世界のグループ企業を繋いだネットワークを使って仕事をする、感染症による影響で、オンラインに仕事をシフトせざるを得なくなった、その直前まで、21世紀の初頭でやっと当たり前になってきたような仕事の形が、既に1980年代、まだ移動体通信もインターネットも存在しなかった時代に行っていたことに、改めて驚きます。

しかし今考えてみると、当時最も画期的だったのは、ビットマップという技術と言うか、発想だったように思います。その企業に転職する前、1980年代の前半には、もう少し泥臭いシステム開発の仕事をしており、直前のプロジェクトは、大手電機N社の、ネットワーク制御システムの開発でした。今考えると、技術で飯を食っていたわけです。
大人数のプロジェクトで、何社も開発企業が参加しており、某所にあった同社の工場の体育館のようなワンフロアに事務机をたくさん並べて、それぞれがモジュールを開発して行ったのですが、確か開発機器は当時の標準PCだったPC9801で、延百人以上の開発技術者に対して、5台ほどだったと記憶しています。

マシンの占有は15分まで、用途はコンパイルと実機テストのみ、ですので紙ベースでコーディングを行い、社内のパンチセンターに入力を依頼するという形式で仕事を行っていました。
開発PCそのものが、その電機メーカの製品だったにも関わらず、大人数の共有だったのがなんとなく釈然とはしませんでしたが、まぁそういうものだと思っていました。
例えば、若干の設計ミスをしてしまい、他のモジュールに影響のある変数を1個、1バイト分設計後に増やしたいと申し出たら、プロジェクトリーダに罵倒され、N社の主任の承認印まで貰う必要があったことまで、はっきり覚えています。
その位、ハードやメモリなどは、重要なもので、少ないリソースをどこまで効率的に使いまわすか、それが技術者のスキルとして重視されていました。

そんな環境から、転職して、環境の変化に驚いたわけでしたが、ビットマップは、まだ当時一般的な技術ではありませんでした。というより、コンピュータで画像を扱うということ自体が、高度な技術で、実用化はまだまだ先だと思われていたわけです。
ビットマップとは、簡単に言ってしまえば、その名前の通り、画素をメモリのビットに対応させる発想です。

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デカい画像の場合、そのままメモリの中にその画像を画素として展開してしまうわけで、1バイトで主任の印鑑を必要としたドメスティック企業N社とは、もうモノの考え方自体が違うことを痛感しました。
システム技術者は、ハードの制約など考える必要はない、発想こそが大事なのだ、極めてアメリカ的と言いますか、少なくとも当時の日本の技術では想像も付かないものだったと思います。

全世界の公道からの光景を全部360°カメラで撮影してしまおう、余りこういう言い方をしたくはないのですが、この発想は、この国では決して生まれないものだと思います。
360°カメラ、全天球カメラの詳しい歴史はわかりませんが、Google社がStreet Viewのサービスを始めたのは2007年ですので、当時既にパノラマカメラはあったことを考えると、やはり極めてアメリカ的なものを感じます。
どう考えても、Street Viewは、乱暴な技術ですよね。物量で押し通してしまうという。最近のデジタルに慣れた若者には余り無いみたいですが、私らアナログを知っている人間にとって、写真はハレのものだったし、大事に撮影しました。
満州やロシアなど、戦後の引揚者は、手に持てるだけの荷物の携行を許されたそうですが、彼らが何より大事に持ち帰ったのは、写真アルバムだったそうです。
その位、記憶を転写した写真は重要なものでした。だから変顔で写真を撮るとか、動物の顔になるとか、顔が入れ替わるとか、性別が変わるとか、年齢を変えるような写真は、面白いのは認めますが、昭和の人間としては、少しだけ許せないわけです。

スナチャ

そういった感覚のもとでは、何の変哲もない街並みを「全部」記録してしまおうという考えはやっぱり出てこないと思うわけです。ですが、我々はこれを使って新たなことを生み出すことは出来そうです。

Street Viewは何に使えるのか

いろいろな地域を履修者の学生さんと見に行くことで、Street Viewをインフラ的なプラットフォームと考えて、そのメリットを強調したり、足りないものを追加したり出来たらいいなという、意見をもらうこともたくさんありました。

すぐ思いつくのは、やはり教育利用と観光コンテンツでしょう。
ナイロビのスラムなどは、国際関係に関心のない自分自身でも嵌ってしまうくらい面白かったわけです。

ナイロビにはたくさんのスラムがあって、OGによれば、最近はinformal settlementsと呼ぶらしいですが、リスクも労力もなしに、そこを眺められるってやっぱり凄いことです。その分、その地域への思い入れのような感覚は持ちにくいですが、まずは見るという行為を充足させてくれるのはやはり大きいです。

しかし、このままスポットのアドレスを並べただけでは、コンテンツにはなりません。Street View自体は、単なる光景を提供するツールでしかないため、新たにリッチコンテンツ化を図らなければならないでしょう。
これは、現地に行くという行為の疑似体験として、より実際に近いユーザ体験が得られることを前提に、その体験に付加価値が得られるものを提供するという意味です。

実は、Street Viewは著作権や利用上の制約が厳しく定められているので、それらの制約の下で検討する必要があります。例えば、キャプチャを撮ったりそれを加工したりすることは認められていません。
目黒区内の拙宅もStreet Viewに写っていますが、もちろんそれも再利用はできません。勝手に人の家を写しておいて権利を主張してるんじゃねぇよ、とは思うのですが…。

ですので、どうしても著作権に抵触せずに、Street Viewを編集したり、付加価値を与えるようなプラットフォームは必要になってきます。Google社もそこは理解しているようで、数年前に、「Tour Creator」という機能モジュールが公開になっています。

既に真鶴町を舞台に、Street Viewでの街歩きを経験しているので、再現をしてみようと、Tour Creatorで試みてみました。
真鶴の駅前に降り立って、役場に向かい、さらにそこを下って岩海岸、児子神社まで行き、岩漁港まで行きます。さらに再び駅まで戻り、大通り商店街を下って、コミュニティ真鶴を通り真鶴港まで出て、真鶴マリーナ、貴船神社、琴が浜まで辿ります。

結論的に言えば、パノラマ画像を並べることができた程度でしかありませんでしたが、Street Viewの編集が出来るという点は大きいと思います。ただし、各ポイント(シーン)で、立ち止まってぐるりを眺めまわすというモデルになってしまうので、実際の街歩きの目線とは異なってしまいます。現地調査でも、こういう見方はしないだろうなと思います。また各スポットでの設定が独立しているので、要するに、Creatorで作ったコンテンツは前に進んで行くという感覚が希薄なので、地域を徒歩で進んでいくという体験の疑似版としては、若干違う気もします。

真鶴町を実際に街歩きして記録した電子書籍が、以下です。


※トップの画像は、舟橋謙一さんの写した、多摩川から眺めた武蔵小杉です。この場所も、現在の姿を記録して行ったのですが、写真集にまとまるほどまだ整理がついていません。ご参考までに。


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