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木祖村地域おこし学部・長野県木祖村地域おこし協力隊 平野らすかるさん(地方創生の現場シリーズ)

0. ティーザー版

1. インタビューの背景

・関係人口を巡る諸々

いつの頃からか、「関係人口」という概念が当たり前のように使われるようになりました。交流、居住に変わる、新たな地域との関わり方ということでしょうが、人口減少社会を前提とすると、少ない人口をやりくりするための方策ではあるとは思います。ただ特定の地域へのエンゲージメントの一種と考えれば、決して目新しい概念ではありません。そもそも観光であれ移住であれ、その商品である地域に何らかの関心や好感を持たない限り成立しないわけですから、商業原理の観点からは、当然のことではあるわけです。
以前、過疎自治体のアンケート調査を行ったことがありましたが、率直に言って、その地域をきちんとプロモーションして行くということに、自治体自身が余り関心を持っていないということを節々に感じました。
例えば、映像を含め多くのコンテンツを、多くの自治体は制作していますが、その視聴数やPR効果などには無頓着としか思えない例を多々見ています。自治体自身、持続可能性が最大の課題だと認識しているのはわかるんですが、余計な仕事を増やしたくないという本音も感じるようになって来ました。努力せずに結果だけ欲しいというのは、こと商業原理の中ではあり得ないでしょう。中央発の地方創生政策も、いざ現場に落ちてみると、こうした旧弊なお役所体質的なものが見えるというのも否定はできません。

そんな状況の中で、総務省を中心に関係人口を巡る議論が喧しくなっています。旧来の観光、移住政策だけではほぼ手詰まりということでもあるのでしょうが、一つ疑問が付きまといます。全く地方に地縁が無かったとして、その土地とどうやったら関係性を創ることが出来るのでしょう。関係を構築していくということではなく、そもそも1,718もある基礎自治体の中から、その土地を選ぶ切っ掛けです。何回か地方創生関係事業で、その辺りを問題提起しつつ提案したことがあるのですが、おそらくその点は理解されていないと思っています。恋愛関係を築いていくことではなく、最初に知り合う切っ掛けづくりをどうするか、と言えば伝わるでしょうか。

どうも関係人口に纏わる議論では、総務省関係も含め、その辺りが欠落しているように感じます。実際に、移住者を含め、特定の地域と関わりを持っている人に話を聞くと、「友達がそこの出身だった」、「子供の頃行ったことがあった」、「お父さんの実家がある」など、既に何らかの繋がりを持った人の縁によるものが多く、完全な「新規顧客」としての関係人口を作るという点が見えて来ません。

私見ですが、そもそもその関係を作る糸口として、学びの持つ役割は大きいと思っています。学びの価値は、特にこういう情報化が進んだ成熟社会では、新しいことを発見することにもあるわけであり、それこそ都市部で学ぶ、地方に対する関心も知識もない人達を、少しでも引き込んでいくためには、「学ぶ」ことを手段とするのが、最も効果的なのは間違いがない話です。特に正規科目の中に包含してしまえば、単位というインセンティブも付いてきます。そもそも興味も関心も知識も無い人たちに、少しでも振り向いてもらわねばならない、今の日本の地方が置かれている状況は、相当な危機的状況だと考えねばならないでしょう。ですので、自治体の危機感の希薄さには、正直かなり驚いています。

・余り知られていない地域おこし協力隊

自治体のアンケートにもありましたが、PR活動を含め、地方創生に纏わる様々な活動の重要なplayerに、地域おこし協力隊の方々が位置づけられています。デジタル系のことやデザイン、教育支援、福祉関係、とにかく様々なタスクに、地域おこし協力隊の方が関わっているのに驚かされます。特に興味深いのは、InstagramなどのSNS系の情報発信を、実に多くの協力隊の方が担っています。ある自治体のアンケートにありましたが、SNSはトラブルなどの問題を考えると、当たり障りの無い発信しかできないため、公式サイトはあえて開設せずに、地域おこし協力隊に任せているという自治体が、少なからずありました。穿った見当たをすれば、リスクヘッジとも見えるのですが、恐らくこうした先端的(ではないでしょうが、少なくともお役所仕事の範囲にはないような、という意味です)な情報発信を担うのは、協力隊さんの大きな仕事のようです。但し、任期がある仕事なので、期限が終えた後、放置されているSNSアカウントなども多く目につきます。企業CMやYouTuberによるものなど、UGC(ユーザによるコンテンツ)も重要な地域コンテンツになって来ている現在、それらを公式にどう捉えるかは、PRの観点からも大きな課題と思います。

但し、都市部の市民にとって、「地域おこし協力隊」という存在は、限界集落以上に馴染みが無い言葉なのも間違いの無い事実です。15年ほど前の卒業生と話した時に、子供の勉強の教材に「限界集落」という言葉が出てきた、程度の認識の人が大半ではないでしょうか。ちなみに、OG達は「地域おこし協力隊」は初めて聞く言葉だそうです。

・木祖村「地域おこし学部」の活動

Instagramで見つけたのですが、学びを主要な手段として活動されている地域おこし協力隊の方がいらっしゃったので、お話しを伺いました。まさに上記の2つの内容をテーマにしたいと思った次第です。
その方は、長野県木祖村、木曽川の源流地域にある、人口2500人ほどの全部過疎地域ですが、そこで地域おこし協力隊を勤めていらっしゃる平野らすかるさんとおっしゃる方です。らすかるというのはもちろん愛称で、今の時代は侮れないですが、地域の方に付けてもらったそうです。そのことだけで、地域とどう関わっていらっしゃるかわかります。愛称の由来は聞き忘れましたが、多分想像しているもので間違いないでしょう。そういう感じの方でした。笑顔を見るだけでわかると思います。

長野県木祖村は、Instagramを含め、SNS経由での発信が盛んで、平野さんもその一端を担っていらっしゃいます。ティザー版にも収録しましたが、地方固有の「何もない場所」という一つの固定イメージを直視して、「地域おこし学部」という活動をされているとのことでした。主に地元の中学生に対して、移住、観光パンフレットなどを素材として、地域を俯瞰して見るという形で学びを展開されておられます。地域住民も、実際にパンフレットを見たことがある人は少ないとのことでしたが、それは意外でした。

こうした学びの内容は、まさにプロジェクト型学習(PBL)そのものです。分析的に対象をリサーチし、その後に、何かを設計、提案して行くという、社会連携型PBLの、前半部分に当たる一番重要な学びのエッセンスです。この手法は、高等教育との接続も可能だと思いました。

木祖村ってどういうところ?と尋ねると、何もない場所って返って来る、これは多くの地方創生に関するインタビューでも、同じような話が出てきました。らすかるさんが指摘していましたが、子供たちに「何もない場所」という記憶しかなければ、そこには戻らないでしょう。こうした試みは、地味ではありますが、確実に地域の価値観に効果があるのは間違いない話です。但し、らすかるさんのおっしゃるように、協力隊の任期の間に何か効果が目に見えるようにはなりません。教育とは、そういうものだと考えておく必要があります。

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背景が木祖村のキャンプ場とのことでしたが、まさに行ってみたくなるような思いを喚起されました。背後に鳥の声が聞けるなんて、素晴らしすぎです。当日のインタビューの模様の写真を、らすかるさんに頂きました。
どうでしょう、今の時代の地方創生の在り方を、象徴するような素晴らしい写真ではないかと思っています。
コロナのおかげでオンラインに社会的な抵抗がなくなり、Zoomでのインタビューもそれほど特異なことではなくなってきました。何より気軽にお時間を頂戴できるのが有難いのですが、らすかるさんともそういう話になりましたが、こうしてオンラインで対話していると、対面した時により深い時間を過ごせそうな気がしています。木祖村、行ってみたいです。

インタビューの大まかな内容です。

・地域おこし学部について
・住民も見たことが無い移住、観光パンフレット
・何もない村‥
・比べてみるとわかることもある
・村を外から見る「疑似移住」
・何もない場所には帰らない…
・子供たちに町の「原体験」を作る
・教育は成果がすぐには見えないけれど
・そもそも木祖村はどんなところですか?
・余所者の立場
・各々のライフスタイルで暮らしている村
・地域おこし協力隊と町の繋がり
・地域おこし協力隊の面白さ、難しさ
・行政と民間の間にいる面白さ
・いろいろなことが動き出した時代
・人と会うことの価値

距離が離れているからこそ、この時代には大きなアドバンテージです。過疎地、自治体、地方の方に言いたいのは、都市部の人間は、あなたの町村を知らない、問題はそれだけなんです。知らなければ、興味も関心も湧きませんし、観光にも移住にも行きませんよ。そこだけは知っておいてください。

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