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平均寿命と高齢者(#43 ニュース映画で現代社会を勉強しましょう)

人々の姿・平均寿命と高齢者

生労働省の資料によれば、昭和25(1950)年の時点で、日本人の平均寿命は、男性58歳、女性61.5歳でした。明治・大正時代は40歳代でしたが、昭和22年に50歳を超え、以降、少しづつ伸びていきます。昭和29年(1954年)には男性63.41歳で前年比+1.51歳、女性が67.69歳で+1.99歳と大きく伸び、女性が70歳を超すのが昭和35(1960)年、男性は若干遅れて昭和46(1971)年のことです。

政策ニュース映画には、高齢者がしばしば取り上げられています。特に川崎の市政ニュース映画では、都市部の高齢者の興味深い映像が多く含まれています。
その最も古いものが、昭和28(1953)年9月の「老人の楽園」と題された1本です。

昭和28年09月16日 老人の楽園

溝口に新設された川崎市立養老院は恵楽園と名付けられ、身寄りのない老人を収容しています。霊峰富士を望む250坪の近代的な建物は、タイル張りの風呂場や、立派な病室。娯楽室にはパチンコからテレビジョンまであって、まったく、老人の楽園とも言うべき設備を誇っています。(ナレーション)

老人

養老院の開設に関するニュースですが、昭和2,30年代は、若干人権意識が異なることもあり、「身寄りのない」というストレートな表現などもなされていたところに注目されます。
年齢的に見て、男女とも、戦時中には壮年だったはずで、復員や戦争寡婦と推定されます。特に都市部では、空襲と兵役で家族が崩壊する例が多かったと思われます。その結果として、「身寄りのない」状態に陥ったということではないでしょうか。
これも広い意味で、戦後処理の一つと言えるでしょう。映像に映る、穏やかな様子の老人の姿が印象的です。

「娯楽室にはパチンコからテレビジョンまであって、まったく、老人の楽園とも言うべき設備を誇っています。」
という表現が時代を感じますが、実際にホームの中で老人たちがパチンコに興じている姿は大変興味深いものがあります。

なお、この恵楽園という老人ホームは、今も存在しており、社会福祉法人が経営母体になっています。

なお、昭和40年までは、高齢者の呼称として、老人、年寄りなど、割と直接的に呼ばれていました。ニュースの表題も「としよりの日」が多く、「お年寄り」とは余り言われていません。
Wikipediaの高齢者の項目に、興味深い記述があります。

過度の社会保障受益や認知機能や身体機能が低下し、認知症・寝たきりなど疾病に掛かり易い高齢者に対する介護の疲れや社会的負担から、高齢者に対する嫌悪や高齢者虐待 (Ageism) が増えてきた。これを受けて、「年をとった、年寄り、高齢の」といった年齢を強調した表現を避け、「より経験豊かな、先任の」といった価値中立な表現を工夫して用いるような傾向が出てきている。たとえばoldではなく、senior (シニア)、elderly、aged、後期高齢者医療制度の名称や高齢ドライバー標識の意匠変更など。

要するに、高齢者が社会的な負担と意識されて来るにつれて、直接的な表現を避けるようになってきたという指摘です。
聞きようによってはぞんざいにも聞こえる呼称で高齢者を呼んでいた時代は、老人を負担と思わないレベルで、社会には若い世代が多くいたということになるのかもしれません。
呼び方に反比例して、高齢世代に対する嫌悪や負担感が増大しているという捉え方は、あながち間違えてはいないと思われます。

高齢者に関しては、政策課題としての政策ニュース映画の項でも取り上げます。


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