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Street Viewで地域研究をしましょう(9)

毎晩、キベラスラムを彷徨った

ある友人から、ここ行ってみて、とメッセージが添えられて、Street Viewのリンクだけ送られてきました。

びっくりしました。

ここはどこだと思いますか?
で、何が写っていると思いますか?

アフリカのナイロビに、アフリカ最大規模のスラムとも言われる「キベラスラム」という場所があります。これは、そこの様子らしいんです。で、写っているのは、なんと映画館なんだそうです。

ナイロビに長年住んで仕事をしているOGもいるんですが、さすがにここは足を踏み入れることは無いような場所だそうです。

いろいろ調べてみたんですが、まずツァーでこの地域の一部には行けるようです。映画館のことも書かれていますが、こことは違う場所らしいです。そのBlogによると、映画館とは言うモノの、テレビが置いてあるだけだとのことです。

昭和30年代初頭、街頭テレビの時代みたいです。
ここが本当に映画館かどうかはわかりませんが、入り口にタイムスケジュールらしいものがあるのと、でっかいトランスがあって、電気を直で利用できそうな環境らしいことはわかります。

感染症のおかげで、現地調査ができなくなりました。しかたなく、Street Viewを使って、言葉は悪いですが、「行った気になる」授業をしようと思ったのが、このスタートです。
予想以上に、面白く、学生の皆さんが面白がっているかどうかはわからないし、教育効果があるかもよくはわかりませんが、実際の現地調査では、出来ないこと、街の些細なことを納得するまで見ることができるんで、行き慣れた地域でも新しい発見がありました。

例えばそれが、決して「行くことが出来ない」であろう街でも有効だと、ごく当たり前のことに気づきました。
例えば、5年も前に学生たちと足を踏み入れた、いわゆる限界集落と呼ばれる、徳島県海部郡海陽町久尾という集落、ここには簡単には行くことが出来ません。
徳島の阿波踊り空港から汽車(電車ではないです)で、2時間以上、さらにその駅から自動車で山道を1時間半ほど登って辿り着く集落です。徳島の中山間部、高知県との県境にある、凄まじいばかりの自然のエネルギーに囲まれた、絵に描いたような田舎の集落です。
ここは自分の力だけでは行けません。

こうしてStreet Viewの世界では、簡単に行くことが出来ます。
これは私には懐かしい景色ですが、こうした遠くて簡単に行けない場所に行くツールと捉えていました。

このキベラスラムは、よほどのことが無いと行くことはできないでしょう。見るからに雑然とした、ある意味恐ろし気な感じの佇まいの街です。
告白しますが、私は国際交流学部と言う学部に所属していますが、国際関係に何の興味もありません。この自分の生きている、言葉が通じて文化がまぁ共有されている地域だけでも知るべきことがたくさんあって、おなか一杯だと思っています。

キベラスラム、名前だけは聞いたことがありました。ナイロビ人口の過半数、約100万人が住んでいると推定されているそうです。もう地域の人口が「推定」されるという時点で、どういう世界なのかが想像付いたりします。戸籍や国勢調査がここまでしっかりしているのはこの国だけだというのはしばしば耳にします。最近では、公的データすら改竄されたりするという報道もありますが、こうした世界を前にすると何も言えません。

このスラムの中を、Street Viewの撮影車がはっきりと写して回った結果を見ることが出来ます。
キベラ地区への大きな道路からの入り口から始まって、延々と続くバラックのようなトタン葺きの商店と言うか、屋台が並んでいる様子がその場にいるように見ることが出来ます。
よくぞ写したな―と感激しますが、Street Viewって、「写す」と言うより「映す」ではないかと思います。単なる写真じゃなく、映像として捉えることも出来そうです。
デジタルは、写真と映像の境目をも溶かしてしまいます。

結局、この映画館の場所から、毎晩、キベラスラムの探索に出かけることになりました。

映画館の隣には、ホテルと教会があるようです。
どちらも僕らが知っているホテルや教会とは、全く違う佇まいです。
そしてその隣には、CANNAN VIDEO SHOWという店もあります。これも映画館のようですね。

映画館というと、勝手に昭和20年代の終戦後の復興時にあった、フィルムを流すシアター形式のものを想像してしまいますが、考えてみると、デジタルの時代だし、ビデオ設備を置いておけば、確かに映画館として営業出来るのが分かります。

2006年にここを描いた映画が、フェスティバルで賞を取ったそうです。キベラの人々との共同制作だそうで、確かにスラムのど真ん中でヘビーな内容が撮影されていますので、普通の映画制作の方法では無理でしょう。
光景はStreet Viewで見るまんまですが、窃盗や暴力、言い争いなど、中々にタフなスラムでの暮らしが描かれています。トタン作りの建物の中も映りますが、ほぼ土間状態です。ゴミの数も尋常じゃないのがわかります。同じ空間で同じ目線になってみると、貧困とか社会問題とかが見えて来ます。

この地域の社会問題を扱ったドキュメンタリーもあります。国土の6%の地域に60%の人々が住み、ほぼ全員が仕事が無い状態だという、お決まりの格差の構造で、ここだけの問題ではないのでしょうが、尋常じゃない社会です。

こうした社会問題に、政治家や宗教家などが手を出していきます。
一つの地域をきちんと見て考えて行く、深くかかわって行くというのは、社会問題に対する一つのアプローチなのはわかります。
暴言ですが、街はたくさんあって、一つ一つに思い入れして行く時間もエネルギーも、普通の人にはありません。たまたま知った貧困や社会問題とずっと付き合うことで、他の問題が見えなくなってしまいます。

Street Viewは、人の眼より少し高い所から、公道だけ映していきます。その場所がどこだろうが、ただ記録して行きます。そこにGoogle社の方針も見えて来ますが、世界はデータでしかない。例えばGoogleの検索アルゴリズム、ページランクは、コンテンツには一切立ち入らずに、リンクだけでWebの評価をします。Street Viewにも同じような感覚を感じます。所詮は通りから見えるデータで、そこに何の感情も思い入れも介在する余地はないように思えます。

普通、行けない場所にある光景を眺めることができる。
それだけで、少しだけ世界が分かってくる気がしています。まずデータとして、見てみる。

ここからは、単にキベラ地区を歩きます。

キベラの最も西の外れには、Ayaniというバス停があります。
なかなかにわくわくするような場所です。

北の外れには、Laini Naneバス停があります。

東側は、Riala大学の脇の路地から始まります。既にこの場所から、路上でモノを売っている人がいます。地面に衣服を並べたりしているので、何か尋常ではない空気があります。既にゴミが散乱しています。

南側は、ナイロビ川に沿っています。Street Viewカーは入っていませんが、個人が撮影したものがあります。
汚染で有名な川ですが、想像通りの姿です。

スラム地域の中は、北の中央にあるKaranjaというバス停から続くカランジャロードが、シークマーマウドロードと合流する場所から、アリジャーデン(Ali Jaden)Roadを通って、Riala大学までの道路が記録されています。地図で言えば、キベラ地区を北西から南東まで縦断した感じで、おそらくこの地区のメインストリートがわかります。信じられない位の多くの店があって、飽きません。
これが合流点で、Jamia Moskという建物が見える場所です。

この場にいたら、とてもじゃないけど、店や人々を眺めることはできないでしょう。Street Viewの機械的な記録は、いろいろな感情を介在させません。だからこそ見えてくるものがたくさんあります。

ここから、ひたすらキベラスラムの中心街を下って行きます。

トタン屋根の八百屋さんが見えます。ここではバナナは吊るして売るようです。
隣り合ったきれいな建物に、おそらくフライドチキンだと思われますが、ファストフード屋があります。

Kenchickは、フライドチキンのケニヤ最大のチェーン店らしいのですが、その店舗のようです。カウンターに金属格子が降りているのが目に付きます。格子の奥には誰もいませんが、水タンクのようなものと冷蔵庫が見えます。この地域の小売店には、大概こういう格子があります。店の横で、店主らしい男性が、椅子に座っていますが、手にはスマホが握られているようです。ここは、この地区では、最も小ぎれいな店です。
店に書かれているメニューのようなものは、Kenchic社のレシピにも書かれています。商品は想像が付くのですが、調理場や商品などは全く見えません。

しばらく進むと、バラックのような建物が並び始めます。

雑貨屋のようですが、店頭の様子は尋常ではない感じです。

さらに進むと、小さな川のほとりに広場があり、人が集まっています。川の汚れも凄まじいものがありますが、余り驚きません。道端に缶に入れた黒いものが見えますが、炭だそうです。現地では重要なエネルギー源だそうで、いろいろなところで売っています。

MANGA HOTELと書いてあります。ホテルらしいですが、どういう人が泊まるのか、ちょっと想像も付きません。店頭で、焼いたパンのようなものを売っています。

また橋を渡ります。ナイロビ川の支流のようですが、とにかく絶句するような川の様子です。

再び橋を越えますが、川と言うよりどぶのような様子に圧倒されます。橋の上では、トマトのようなものを売っていますし、すぐ横には肉屋さんがあります。文化や価値観の違いですので批判は出来ませんが、20%の子供が5歳までに亡くなってしまうというのもわからないではない様子です。

ここから、アリジャーデンロードの真ん中に向かっていきますが、街並みが相当荒れていく様子がわかります。
店というより、路上に調理器具を並べて何か食べ物を売っていますが、その横にはゴミだらけの下水があります。この通りの中では、一番貧しさを感じる佇まいでしょう。

不思議なのは、ここまで道路や川、家の周りがゴミだらけにも関わらず、そこにいる人々が身綺麗に見えることです。みんな原色のきれいな服を着ており、元気そうです。実際は違うのかもしれませんが、実に不思議な景色です。

食品店らしい店の前に人垣が出来ています。どうやら男女が諍っているようです。ラスタカラーの凝ったデザインのバイクに乗った人もいます。ここでもみんなきれいな服を着て、おしゃれです。貧困ってなんだろう、よくわからなくなります。

この辺りを抜けると、また景色が変わってきます。雑貨や洋服など、家ではなく店舗、と言っても屋台でしか過ぎませんが、それらが並んでいる場所になって行きます。

観光客向けなのでしょうか、道や周りの佇まいも違って来ました。食品も売っているようですが、キベラの中央部ほどはゴミはありません。

Riala大学の校門です。この周辺は大学生向けの店なのかもしれません。

Street Viewのリンクがいくつ貼れるのかわかりませんが、キベラスラムを歩いてみました。この世界にはいろいろな場所といろいろな人がいて、いろいろな文化や生活がある、ごく当たり前のことを、あたらめて知ることになりました。Street Viewは規約が厳しく、キャプチャを採ったり再加工したりすることはできません。それこそキャプチャーを繋げて動画にしたら面白いものができそうなのですが…。

行くことが出来ない場所を見ることが出来るというよりは、対象の地域や人々への感情、思い入れを捨てて、単に眺めていくことができることの、新たな効果を強く感じます。恐らく喧騒と悪臭と、緊張感に溢れているようなキベラスラムの通りが、ひたすら異世界のように、どこかゴミすら珍しく見えてしまうのは、そのせいです。おかげで、何日にも渡って、キベラスラムをさ迷うことになってしまいました。

次は、マセアスラムに足を延ばそうかと思っています。ここは通りが狭いので、よりはっきり眺められそうです。


※トップ画像は、のっち's 星キャンさんの「夕陽とマジックアワーの奇跡」というタイトルの写真をお借りしました。素晴らしい写真を撮る方です。お礼申し上げます。



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