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ニュース映画で現代社会を勉強しましょう(16)

演習:政策ニュース映画に記録された時代を探る①

ここまで述べてきたように、政策ニュース映画とは、特に大空襲を受けた地域を中心に、戦後の復興を記録していった行政刊行物です。ただ個人が写真や映像などの記録を余り残せなかった時代に、その地域の様々な出来事と暮らしている人々を映像で捉えたという点に価値があります。
特に、時代的に言えば、前述のように、日本の社会経済が大きく変貌を遂げていった昭和30年代から始まる、高度成長期の記録であるという点に大きな意味があります。
吉川先生が指摘していたように、「1950年代初頭の日本は、今から見れば、何ともつましく、古色蒼然とした社会だった」、その姿が変化していく過程が、政策ニュース映画で最も価値のある部分です。

では、高度成長期には、私たちの社会のどこがどう変化していったのでしょうか。いろいろな捉え方がありますが、最も主流の捉え方としては、「もはや戦後ではない」という経済白書の言葉が流行語になった、昭和31(1956)年から、オイルショックによって、日本の経済成長にブレーキがかかる、昭和48(1973)年までを、高度成長期、あるいは高度経済成長期と呼んでいます。

これから、大きく、人々、インフラ、生活、経済などの観点で、社会の変化を捉えながら、政策ニュース映画を見ていきます。

人々に関しては、まず「人口ボーナス」があります。これは、労働力増加率が人口増加率よりも高くなることにより、経済成長が後押しされること、つまり子どもと高齢者の数に比べて、働く世代である生産年齢人口(15~64歳)の割合が増えていくことが、経済成長の下支えをすることを意味します。その主役となったのが、戦後のベビーブーマである団塊の世代にあたります。太平洋戦争直後の、昭和22(1947)年から昭和24(1949)年の3年間に生まれた子供たちは、約806万人に上っていますが、その世代を団塊の世代と呼んでいます。彼らが、高度成長期に、消費者となり、さらに安価な労働力となって行きました。

国勢調査によると、昭和22(1947)年生まれは267万8792人、昭和23(1948)年生まれは268万1624人、昭和24(1949)年生まれは269万6638人です。

日本の出生数と出生率1900-2010

この図は、20世紀に入ってからの出生数と出生率を示すグラフです。戦時中は統計データが無いので、何人生まれたのかはわかりません。団塊の世代が、如何に多くの数を占めていたのかがわかります。

考えてください:団塊の世代の後、急激に出生数が低下します。何故でしょうか。戦前は、出生数が高く保たれていますが、それは何故でしょうか。

政策ニュース映画には、こうしたたくさんの子供たちがいたことがそこかしこに映っています。

探してみましょう: 川崎市政ニュース映画の中には、この人口ボーナスを感じさせる映像が、他にも含まれています。どんなテーマで扱われているでしょうか。昭和2,30年代の映像から探してみてください。

川崎市政ニュース映画は、Youtubeにチャンネルがありますが、若干分かり難いので、「川崎市映像アーカイブ」のサイトから観るのがいいと思います。まずは時系列に従って、映像を眺めて見てください。またニュースのタイトルからも、推定することができます。

前に触れたように、ラジオ体操のために小学校の校庭に近隣の人々が5000人も集まるとか、やはり特別な時代だったのです。もうこういうことは起こらないでしょう。

ボーナス



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F女学院大学国際交流学部教授 産業民俗学者、的な人

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各自治体が戦後の復興の記録のために、昭和2,30年代に盛んに製作したニュース映画である「政策ニュース映画」を教材に、現代社会、特に高度成長期前後の社会変化を学びます。殆ど知られていませんが、各自治体が公開している「政策ニュース映画」は、相当数存在しており、戦後社会の実際の姿を学ぶには、またとない素材です。 参考資料は、Kindleの電子書籍「政策ニュース映画研究」上中下巻です。

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