実務者とは
※ 2017/11/5 excite blog より転載
2010年以降、直営事業あるいは受託事業を通じてスイスの林業関係者を日本に招聘し、その考え方をご紹介する取り組みを続けてきました。
林業関係者といっても、スイスでもその立場はそれぞれ。様々な場面で次の一歩をどう進めていけばよいのか、今回は彼らの背景にある役割の違いに焦点を当てながら考察してみたいと思います。
ロルフ・シュトリッカー氏
チューリッヒ州バウマ村フォレスター
来日:2010年より毎年3〜6週間程度
スイスのフォレスターは、森林作業員を経てフォレスター養成校で国家資格を取得した後に、主に市町村に雇用される公務員で、担当区の森林を環境保全・林業経営の両面において健全な形で後世に引き継いでいくのが役割。そのための権限として担当区の森林警察権(違法伐採や狩猟)、伐採許可、森林保全に関する補助金の一部運用等が認められています。
森林所有者は林業経営に責任を負うことが森林法で規定されていますが、フォレスターにアドバイスを求めたり、または経営委託することができます。スイスの私有林は小規模かつ不在地主が多いので、現実にはフォレスターは私有林の集約化と木質バイオマスの受給調整を担う林業経営者としての側面を強く持ちます。
ロルフを始め、スイスのフォレスター達の多くが目指しているのは、自然がやることは自然に任せて投入コストを抑えつつ、森林所有者も地域住民も林業も満足できるような森づくりを実現していくこと。そのためには何よりも自然を知らなければなりません。
日本で毎年開催しているワークショップでは、森林作業員としての安全で確実な技術に加え、フォレスターとして培った森の観察のポイントを披露してくれます。その上で、なぜこの一本の木を伐るのか/伐らないのかを考える。更には、森林所有者や作業を発注する林業会社、地域住民に自分の森づくりの考え方を分かりやすく伝えるためのトレーニング方法まで、彼のノウハウは底なしかと思わせられます。
フォレスターの立場としての理想は、担当区の人々が「おまえの言うことなら間違いはないだろう。」と任せてくれること。その信頼関係を構築し維持するために、何を学び何を行い何を伝えるかを日々考え実践を積み重ねていく。フォレスターというのはそういう仕事なのだと、ロルフを通じて学びました。
ヴァルター・マルティ氏
元ベルン州第4地区上級フォレスター
来日:2016年2月
スイスには26の州と準州があり、それぞれが森林法を制定して森林政策にあたっています。面積の大きな州では、州を分割して地区担当者を配置しますが、これを上級フォレスターと呼んでいます。上級フォレスターは役職名であって、ロルフのように高等職業訓練校を出た国家資格ではなく、大学(林学)を出て州に雇用された行政マンであり、一般的に林学エンジニアと呼ぶこともあります。
例えばベルン州では州を16地区に区分し、それぞれ1人ずつ上級フォレスターを配置しています。ひとつの地区には複数の市町村が含まれるので、1人の上級フォレスターの下では、数人〜10数人の現場フォレスターがそれぞれの担当区で仕事をしています。
上級フォレスターの役割は大きく分けて2つあります。1つめは、今度法律が変わったよ、こんな研究が発表されたよ、といったインフォメーションを現場のフォレスターに伝える、あるいはフォレスターからの要望や疑問を州や連邦政府あるいは研究機関等に上げるといった、制度・学術と現場の大切な繋ぎ役です。
2つめは、自分の受け持ち地区で、林業振興や木材利用振興、保安林(防災)、生物多様性などのプロジェクトを企画立案し、公的資金の予算を確保してそれを遂行する役割。ベルン州の場合は一人の上級フォレスターが約1万ヘクタール・15年間の地域森林プランを立案し、現場フォレスターと協働しながらその内容を実現していきます。
森林は林業だけではなく、狩猟やハイキング、キャンプ、環境保護、流域防災、水質保護といった事に関するステークホルダーが存在しますので、千ヘクタール前後を担当する現場フォレスターでは解決できない問題も日々発生します。上級フォレスターはそのような広域の課題の解決を担う役割であるとも言えるでしょう。
昨年2月に奈良県農林部が招聘したヴァルターは、ベルン州第4地区(あのエメンタールの地区!)の上級フォレスターを30年以上勤め上げ、2015年に退官したベテランです。仕事はほんの2週間弱のプログラム在でしたが、目を見張ったのは、県が目指すべき戦略を8項目に簡潔にまとめ上げた最後のプレゼンテーションでした。
スイスの森づくりの思想や現場技術についてはロルフが持ち込んでくれたのですが、それをやりたいと思う現場をサポートする仕組みを作るにはどうすればよいかという点について、ヴァルターの分析と提案は非常に示唆に富むものでした。
上級フォレスターには豊富な専門知識に加え、現場のフォレスターとはまた違う次元での高度なコミュニケーション力が求められる、という知識は事前にあったのですが、彼の制度面に関する現状把握、分析、そして提案へ至るそのスピードと有意性には驚かされました。
現場から上がってきた課題について、「私は分かりません」とは言えない。自分でできない場合でも人脈等を駆使して制限の中で最善を尽くす、それが上級フォレスターの立場なのだと思います。
アラン・コッハー氏
リース林業教育センター校長
来日:2017年10月
スイスでロルフのようなフォレスターの国家資格を取ろうとする場合には、フォレスター養成校に入学しなければなりません。スイスに2校あるフォレスター養成校のうち1校がベルン州にあるリース林業教育センターで、11州が共同出資する高等職業訓練校です。
州が共同出資といっても、公的資金が拠出されるのは年間経費のうち1/3〜1/4で、残りの経費は学生からの授業料のほか、林業のコンサルティングや、学食・学生寮・会議室の一般開放、公開講座などにより学校が自分たちで稼いでいます。
リース校は以前はなかなかうまくいかず赤字の年もあったといいますが、この学校経営を上手く立て直し黒字経営に持っていったのが、この10月に奈良県が招聘したアラン・コッハー校長です。
アランは様々な経営改革を断行していますが、特に新しく学校で創設した「レンジャー」という環境保護員の資格コースが人気で、学校経営に良い影響を与えているそうです。
ロルフやヴァルターの提案に基づいた戦略を県が具体化していくにあたり、特に人材開発に関連したアドバイザーとしての役割を期待されての今回の来日となりました。印象深かったのは、自分の意見というものをほとんど開陳することなく、現場を見ながらもひたすら人々との対話に時間を費やした点です。
今回の招聘だけで終わりではなく、おそらく長い付き合いになるだろうという前提があったためでもあるのですが、彼には「どんな正論を言っても受け入れられなければ意味がない」というポリシーがあります。この経営実務者としての立場が、全く知らない国での今回の行動〜まずはどんな人々かを理解する〜に至らしめたのだと思いました。
初めての場所でコンサルティングを行う場合には、まず対象の様々な観察が必要になりますが、フォレスターのロルフは森の現場、行政マンのヴァルターは仕組み、そして教育者であり経営者でもあるアランは人に軸足を置いていたように感じます。
私が共通して彼らに見たのは、それぞれの立場に応じた View Point の違い(ある方はこれを「それぞれの仕事にとって必要な切り取り方」と表現されていました)をしっかり押さえている実務者の姿でした。これが立場を認識するということ。
自分の立場と役割を認識すれば、他の人の立場や役割がより明確になり、どうやって支え合うのが最適解なのかが見えてくる。これがコンセンサスになれば遠慮なく要求もできるし、上手くいってない場合に指摘もできる。スイスの林業関係者の人間関係を観察していると、そのようなイメージが湧いてきます。
意見が異なることと人間性の否定は同義ではないのですが。そういうのはどうも日本人は不得意です。異なる意見を公に述べることは「場の空気に水を差す」存在として古くから排除の対象になってきました。しかし、本当に変わらなければマズイ/変えたいという場面においては、空気を作っている対象を否定したり議論に勝とうとするのではなく、そこから距離を置いて、別な方面からうまく水を差す方法を自分たちなりに開発していく方が現実的だと思います。
キーパーソンを見つけて、その人の立場を理解し、懐に入り込んで自分の立場も理解してもらう。理想を語り相手に意見を言うのはそれから…。古典的な方法なのかもしれませんが、それも一つの方法だと思います。
自分がこのような考え方に至った背景には、前にお世話になっていたオーナーの言葉がありました。
ご本人が夢やビジョンを明確に持ち、戦略を大事にしていた方なので、すんなりと自分の中に入ってくる言葉でした。文章・計画・会議が不要だと言っているわけではなくで、現実に反映されないことを目的にするなという意味だと解釈しています。
現実・現場・即日から離れることによる深刻な問題は、当事者意識の欠如で、ここに陥った人を他人がどうこうするというのは容易ではない(たぶん不可能)です。できればそうなる前に手を打ちたい。
社会がどうあれ、状況を都度観察して自分の立場を整理し、同様に相手の立場を尊重し、繋がり支え合い、実践していく。実務者とはこれを追求していく姿なのだと私は考えます。
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