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ヨアキム•トリアー 「わたしは最悪。」

自分自身の為に感想をポツポツ書く事にしました。
てことで第1作目は2022年公開の「わたしは最悪。」(The Worst Person in the World)です。



エゴと現実の衝突による生きづらさを抱え、間違い続ける主人公。被写体と風景の捉え方と広く捉えるカメラの距離感は彼女の心情を繊細に映し出し、彼女が見下ろす街は自身の希望と現実を
リアルに跳ね返す。未来の自分に対して抱く希望とそうたらしめる彼女の文化素養に対する少なくはない自信とリベラルであろうとするが故の理想主義、2010年代のポリティカルコレクトネスの隆盛を通過した現代と彼女自身の現実などたくさんの事象の狭間でもがき続ける彼女は、ポップカルチャーに毒されてきた私たちオーディエンスのカリカチュアに他なりません。

主人公は先延ばしにしてきた決断を差し迫られると未来への恐怖を誤魔化すかの様に時を止めて走り、逃げる。だが彼女はわかっている。現実と未来が地続きだという事を、その認識を持ち続ける事がオフラインとオンラインの境目がなく、良くも悪くも情報に溢れた現代でとても困難である事も、勉学が出来て執筆したエッセイがネットで話題を呼ぶ様な文化的な成功体験を得た過去と現在に折り合いをつける事がどれほど怖い事かも、時を止めて逃げた先の未来に希望を抱く事が如何に楽観的であるかも、そしてその延長線上で自分がドラッグなどの即時的な快楽に手を出す事を必要な選択だと思い込む事も。
そして次第に走る彼女の顔は清々しい満遍の笑みを浮かべ、カメラはオスロの綺麗な街並みと共に彼女の逃避と決断の混ざったエゴのせめぎ合いを何よりも美しく捉えます。
その目を塞ぎたくなる様な人間臭さと弱さも受け入れんとする逞しさに胸一杯の自己嫌悪と共に、心底励まされました。

かつてのパートナーと別れ、彼女なりにリセットし新しいスタートラインに立った後の新しいパートナーとの蜜月及び自身の妊娠とかつてのパートナーの癌宣告。生と死の両方を近い距離で意識するタイミングに立ちあった彼女は自身を苦しめてきた「街」と向き合います。それがどう言う意味であろうと今の自分を受け入れた彼女は偽りなくゆっくりと街を歩き抜ける。そこにホームパーティーで居心地の悪さを抱えていた彼女はもういません。

わかっている事、わかっていない事、わかった上でやる事、わかった上でやらない事、そしてその先へと続く自己受容の連鎖と向き合い、いかに自分の人生に客観的でいられるかに悩み続ける自分にとってこの作品は頭の中で大きく膨張し圧迫する霧を晴らせると思わしてくれた。


そしてこの映画は「リコリスピザ」同様走る映画であり、「わたしは最悪。」は主人公の動きを広く撮り、「リコリスピザ」はどちらかと言うと狭く撮っている。前者はそれが孤独や不安を匂わせ、後者は主人公二人の閉鎖性をいい意味で際立たせている。また風景と人物の捉え方や街の景色に対する物語の託し方は是枝作品を見ている様でした。






Well it harms me, it harms me, harms me, I’ll let it in

00000 Million by Bon Iver


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