新婚1ヶ月の嫁さんが、出産で死にかけた話2️⃣
シャコは苦虫を踏み潰したような顔でおれを見つめながら、
といい、ワンボックスは颯爽と国道へ走り出していった。
19時半
嫁から、子宮口が8,9センチくらいになってきた
もう少しで娘に会えるとLINEあり。
助産師さんに痛みに強いと言われているとのこと。
おれは、シャコ相手が原因の脳疲労と
待ち時間の長さにより少し緊張感が薄れてきており、
さほど興味のないオリンピックを見ながら、ぼーっとしていた。
21時半
シャコからLINEがくる。
なんでまだ産まれないんだ、餃子の食べる時間を調整してきたのにと
謎のご立腹。
餃子と娘の安否どちらが大事なんだ。
外に出てくれと言われ、外に出ると餃子を渡され、
1時間に1回、LINEしてと言われ、帰っていった。
22時
少し眠くなってくる。
22時40分
ナースコールがなる。
さぁ、ついにきた。
一気にスイッチが入る。
脳に、身体に、心に、気合が漲るのがわかる。
これは8人目だからと言って、慣れることはない。
ただ、おれはこの自分の漲る感じがとても好きだった。
陣痛室に向かうと、助産師さんにこれに着替えて、呼ぶまで
待っていてくださいと言われる。
緑色の背もたれのない5人がけくらいの椅子に座る。
目の前になぜかいくつかのマンガが置かれていた。
一貫性のないジャンルが多く、とくにサイコメトラーEIJIに
目がいった。
なぜ分娩室にサイコメトラーEIJIがあるのだろう。
しかし、光より早く閃いた。
答えは一つだった。
おそらくここで妻の分娩成功を祈るように待っている父親は
サイコメトラーEIJIに、力を借りたいのだ。
ん?でもおかしい。
サイコメトラーとは、物や人に触れるとそれに残った過去の記憶の断片を
読み取る能力である。
嫁さんの過去を探ったところで、元彼との思い出とか、昔捨てられた男の話とかネガティブなことを拾ってしまったら、それが分娩成功にどうつながるのか。
むしろ自分のメンタルが削られるだけではないか。
サイコメトラー失敗ではないか。
全くもって無駄な方向に、脳を使ってしまっている中で、
男性の医者がこちらへ駆け寄ってきた。
おれは吸引分娩について、事前に理解していた。
医者は戻り、その1分後、、、、
あの声は生涯忘れることはできない。
そう、断末魔の声。
おれの心に、緊張感がカウンターパンチがモロに入った。
それとともに、生死の危機がちらりと心によぎった。
その直後、
医者、看護師がお祭りのような掛け声を上げ、嫁を励ましてる。
サイコメトラーEIJIに、人の絶命、お祭りと、もうよくわからなく
なってきた。
人が産まれるときなんて、何がどうなるなんてわからない。
おれも心を前に出して、腹をくくった。
その瞬間、
小走りに入った瞬間、
22時52分
おめでとうございます〜の声が耳に入ってきた。
今までの人生で、色んなおめでとうございますは聞いてきたけど、
力を出し切った体温を感じた、おめでとうございますは初めてだった。
嫁はにこやかに笑い、おれも嫁の頭を優しくなでた。
下半身は血まみれ、誕生した娘も元気よく泣いていた。
女の子だった。
いやぁ、嫁さんも赤ちゃんも本当に頑張ったね〜
と皆一様に話していた。
助産師は、手際良く、娘をタオルで拭き、
あっという間に着替えさせた。
娘は元気いっぱいに泣いている。
嫁の腕にもってきて、記念撮影をしたり、
穏やかな時間を過ごした。
嫁は医者と助産師と軽口を叩いている。
母親は時にとんでもない力を出すのだと思った。
火事場のクソ力とはこのことだ。
娘は別部屋に運ばれ、嫁も引き続き下半身の処理を
行うため、おれは今日は帰ることになった。
8月8日 0時15分
病院を出た。
家までは車で40分ほどかかる。
暗闇の山道を事故らないように事故らないようにと
ハンドルを握る手に力を込めた。
前も後ろも全く車はいない。該当もない。
闇に吸い込まれていきそうな道だった。
反射板だけがライトに照らされ、おれを照らす。
山道なので、ラジオの声もところどころかすれていた。
どうでもいい歌謡曲が流れていたけど、こういう時の内容って
記憶に残るよな。
山道を下り、いつものすき家がみえてきた。
おれは、お祝いだと言い聞かせ、右折してドライブスルーの
すき家へ入った。
いらっしゃいませ!とマイク越しに聞こえる店員のあいさつは、
真夜中とは思えないくらい明るい。
おれは、それに呼応するようにメガ牛丼の汁抜きを頼んだ。
1時10分
家につき、すぐシャワーを浴び、牛丼を食おうかと思ったが、
なんとなく昼飯の残りのおにぎりに手をつけた。
あっという間に食べ終わったテレビをつけた。
オリンピックが流れていた。
内容は何でもよかった。
とにかく音が欲しかった。
気分が高揚して眠れなかった。
なんとなくだが、まだ続きがある気がした。
3時17分
ウトウトしていると、携帯が光った。
知らない番号だが、何となくどこからかわかった。
まだ続きがある。
その予感はあたっていた。
長い夜の始まりだった。
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