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拉致られ、異世界。 〜存在意義を証明せよ〜2

【登場人物】
相良さがら ミチ・・・高校二年生。とある出来事から、自分には価値がないと感じるように。人とは距離を取りがち。
・unknown・・・突然現れたクラスメイト。赤髪に灰色の瞳と、明らかに日本人ではないが、そう見えているのはミチだけらしい。
町田まちだ 清歌さやか・・・高校二年生。誰からも好かれる心優しい少女。ミチと仲良くなりたい。
◇第二話◇

 次の日、下駄箱前で待ち構えていたのはサヤカだった。
「おはよう、ミチちゃん」
「おはよう……」
 昨日のことを考えると顔が引き攣ってしまう。
「もしかして、昨日のこと?」
「うん、そうなの」
 スニーカーを履き替えながら問うと、思いの外真剣味を帯びた声が返ってきた。表情を見ても何処か決意を秘めたような雰囲気だ。
「あのね、阿部くんがミチちゃんと話したいって言ってて」
 思わず渋い顔になる。
 正直勘弁して欲しい。話したいと言われても、会話が成り立たない相手とどう意思疎通すれば良いのか。ジェスチャーするにしても、こちらの意味不明な事情を信じてもらえるとも思えない。寧ろ気味の悪い奴だと距離を置いてもらえるかもしれないが、妙な噂が立つのは御免だ。
「悪いけど、私、阿部くんとは……」
「あっ、あのね、阿部くんね、ミチちゃんに嫌われたんじゃないかって、すっごく気にしててね、誤解があるなら解きたいって言ってるの」
 断り切る前に捲し立てられた内容はどうにも信じ難い。それは私とサヤカの認識に違いがあるからだろうか。
 そもそも、unknownくんと阿部くんはどちらが本物なのだろうか。てっきり私の目に映る姿がunknownくんの本性だと解釈していたが、全く逆の可能性もある事に気付いてしまった。私だけが欺かれていたとしてもまた恐怖だが。
「……阿部くんは、もう来てるの?」
「うん、八時に家庭科室に来て欲しいって」
「……なんで家庭科室?」
 サヤカは首を傾げて「服飾部だから?」と答えたが、いまいち答えになっていない。
「もう来てると思うから、行こう」
「え、いや、まだ行くとは言ってない……」
「少しで良いから。私からもお願い」
 可愛らしい顔で申し訳なさそうに微笑まれたら、拒否するのは難しい。
 手を引かれている所為だと自分に言い訳をして、投げやりに足を踏み出した。



 サヤカの言葉通り、彼は家庭科室にいた。
 後方の窓際に嵌め込まれた大きな鏡の前に、朝日を浴びて佇んでいる。私の目に映る赤毛と白皙の肌が透き通るようで、少し見惚れてしまった。
 そして振り返った灰色の瞳は、不敵に輝いていた。
「   町田。相良、    」
「ううん、私も二人に仲良くなってもらいたいから」
 やはり私に彼の言葉は分からない。投げやりになった二分前の自分が恨めしい。
「   」
 言葉は分からないが、手招きしている仕草で意味は伝わる。私一人では彼に近付きたくないのだが、どうやらサヤカも一緒に手招かれているらしい。彼女に手を引かれてunknownくんに歩み寄る。
 目の前まで来た所で、unknownくんは何故か私達を通り越して、背後に回った。
 動きを追っても彼は爽やかに笑うだけで何も言わない。元々言葉の分からない私は勿論、私を連れて来ただけのサヤカも不思議そうな表情を浮かべている。
「  」
 聞こえる音もやはり意味が伝わらない。けれどそれに顔を顰める暇はなかった。
 サヤカが突然、崩れ落ちてしまったのだ。
 咄嗟に腕を伸ばしたおかげで頭を打ち付ける事態は避けられたが、彼女の全身には力が全く入っておらず、支え切れずに私もへたり込んでしまった。
「町田さん? 町田さんっ」
 呼び掛けても目は閉じられたまま。顔色は悪くない。もしもこれがベッドの上だったなら、健やかな寝顔と呼べるものだった。
 貧血や失神とは考え難い。だからこそ不可解だ。
 彼女が倒れる前、何か変わった事があっただろうか。
 そう例えば、意味の分からない言葉とか——
「  、  相良   」
 人が倒れる非常事態に、彼は何処までもにこやかで、私を更に混乱させる。
「……阿部くんがやったの?」
「ハハッ、   、        」
 相変わらず言葉は分からないけれど、心底楽しそうなのは十分読み取れた。
「何が目的なの?」
 意思疎通は出来ないけれど、聞かずにはいられなかった。
 言葉が通じないだけならまだ良かった。怖い存在ではあるけれど、関わらなければ良い話だ。
 けれど彼に悪意があって、その矛先がこちらに向いているのなら、黙っているわけにはいかない。
 ある『事情』から、私とサヤカは友達にはなれない。
 それでも私には、彼女を守らなければならない『理由』がある。
「何がしたいの?」
 眠るサヤカを抱き寄せて、真っ直ぐに彼を睨む。
 私の言葉が伝わっているのかいないのか、彼は不敵に笑い、徐に手を上げる。
 その時、カーテンが大きく揺れた。窓が開いていた事に初めて気付いて、思わず目を向けてしまった。
 だから、彼がカーテンを掴んだ事に気付けなかった。
「  」
 彼が触れたからか、唱えたからか、分厚いカーテンが奇怪な動きを見せる。
 風で煽られただけでは決して有り得ない、まるで意思を持った生き物のように、私の視界を覆う。
 咄嗟にサヤカを抱え込んで伏せた。
 重たい布が身体全体に伸し掛かる。このまま押し潰されるとか、外から脚や拳が飛んで来るとか、包まれて誘拐されるとか、嫌な想像が頭を駆け巡る。
 しかし、それだけだった。
 力尽きたように私達に凭れるだけで、カーテンだった布はうんともすんとも言わない。
 首を回しても視界は暗闇。僅かに漏れる光だけでは周りの様子は分からなかった。彼が今、どんな表情を浮かべているのかも。
「  」
 嫌な予感がした。
 先程からの不可解な現象は、全て彼の言葉が合図となっている。
 予想も付かない事が再び起こる。分かってはいても、身構えるしか出来る事はなかった。
 それも、無駄な足掻きでしかなかったけれど。
 何かに肩を強く掴まれた。前触れのない衝撃に息が止まる。抵抗する暇もないまま、布を被った状態で無理やり立たされた。
 ヒヤリとした。私の腕にはサヤカがいたから。
 私が上に引っ張られた勢いでサヤカの上体も起き上がり、私の脚に寄り掛かる形に落ち着いた。
 床に落とさずに済んだのも束の間、肩を掴む力は私を移動させようとする。
「町田さっ……」
 力に抗えず脚を動かしてしまえば、意識のないサヤカは倒れていく。腕を伸ばしても肩を制限されて全く届かず、支えを失くした彼女は重力に従って床に落ちていく——はずだった。
「え……?」
 サヤカが倒れる事はなかった。
 見えない何かで固定されたように、倒れていく途中で止まっている。
 時が止まったのかと思った。けれど彼女を覆っていたカーテンは、私が離れるごとにするすると身体を滑り、彼女を暗闇から解放していく。
「  」
 ビクリと肩が跳ねる。また何かの呪文かと身構えたが、今度はただ座らされただけだった。
 家庭科室の後方には丸椅子が纏めて置かれている。恐らくその中の一つに腰掛けたのだろうと、頭の妙に冷静な部分で思う。
 押されるがまま座ってしまったけれど、大人しく従っていたら何をされるか分からない。サヤカと切り離されてしまった事も私を大いに焦らせる。
 とにかく視界を確保する事が先決だと、分厚い布の端を手繰り寄せようとしたその瞬間、唐突に足を掬われた。
「ひゃっ!」
 あまりに突然で体勢が崩れる。何かにしがみ付こうと腕を伸ばしても重たいカーテンでもたついて間に合わなかった。
 ゴンッ、と鈍い音がした。同時に頭にも鈍い痛みが走る。
「っ……」
 声にならない声を上げて頭を押さえる。そんな事をしてもズキズキとした痛みはなくならないけれど。
 痛みに耐えて暫く、ようやく気付いた。
 足元の光が消えた事に。
 慌てて手を伸ばしても遅かった。
 きっちりと隙間なく、蓋をするように閉じられている。
 私が痛みに悶えている間に、足元を紐か何かで縛ったのだろう。相当きつく結んだのか、私の力ではビクともしない。
「ちょっと……何で、こんな事……」
 暗闇で狼狽えても答えは返ってこない。ただ場違いな鼻歌が聞こえて、恐ろしさが増すだけだった。
 何とか脱出しようと必死で踠いても、愉しげな彼は意にも介さず私を持ち上げる。
 一瞬浮いたような感覚の後に、頭と脚が宙ぶらりんになる。お腹が圧迫されて苦しい事から、肩に担がれていると思われた。
 再度、『誘拐』の二文字が浮かんだ。
 嫌な想像が当たってしまったようだ。
 血の気が引いていく。抵抗しなければと思うのに、身体は動かなかった。知らずカーテンを握り締めていた手が、情けなく震え出す。
 怯えが伝わったのか、背中に添えられていた手だと思われるものが、ポン、ポンとリズムを刻み出した。
 宥めているつもりだろうか。恐怖を与えている張本人が。
 恐怖の影に苛立ちが芽生えた時、猛烈な耳鳴りに襲われた。
「うっ、あ……」
 脳味噌を締め付けられる。そんな表現がピッタリだった。
 耳を押さえても当然消えてはくれず、掻き毟りたい衝動を必死で抑える。
 いつの間にか手足どころか全身が力んでいて、吐き気も感じるようにまでなった。
 いよいよ頭が割れるかもしれない。
 覚悟したその時、ふっ、と嘘のように耳鳴りが止んだ。
 辺りは凪いだように静かで、静かすぎて耳が駄目になったのかと不安になった。
「  」
 どうやら鼓膜は無事らしい。あれだけ恐ろしかった彼の声に安心する瞬間があろうとは、夢にも思わなかった。
 ところが、安心したのも束の間、突然身体が反転し、浮き上がる。
 一瞬の浮遊感に硬直した身体は、柔らかい地面に受け止められた。
 放り投げられたようだ。
 包む時といい、担ぐ時といい、随分と雑が過ぎるのではないだろうか。
 文句の一つでも言ってやりたいが、状況の把握も出来ない内は相手を刺激してはいけないと、また妙に冷静な頭が告げている。
「    、      」
 笑い混じりに何か言っているが、私の頭では理解出来ないのだと、いい加減伝わらないだろうか。それとも全て分かった上で好き勝手に話しているのだろうか。どちらにしても質が悪い。
 シュルッと衣擦れの音がした。間を置かずにカーテンが取り払われる。遮光性の優れた布に包まれていた所為で、突然の光は目に痛い。
 何度も瞬いて、徐々に周囲の状況を掴む。
「……え」
 思わず絶句する。
 そこは、家庭科室ではなかった。

ーーー第三話へ続くーーー

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