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拉致られ、異世界。 〜存在意義を証明せよ〜 3

【登場人物】
相良さがら ミチ・・・高校二年生。とある出来事から、自分には価値がないと感じるように。人とは距離を取りがち。

町田まちだ 清歌さやか・・・高校二年生。誰からも好かれる心優しい少女。ミチと仲良くなりたい。

・unknown・・・突然現れたクラスメイト。赤髪に灰色の瞳と、明らかに日本人ではないが、そう見えているのはミチだけらしい。
◇第三話◇

 そこは、家庭科室ではなかった。
 抱えられている間に何処かに移動した事は振動で察していたけれど、精々隣の準備室か空いている教室かと考えていた。
 しかし現状はどちらでもない。更に言うなら学校ですらない。
 四方八方白い部屋。照明は見当たらず、中央に鎮座する巨大な鏡だけが煌々と輝いていた。磨き上げられたそれに、呆けた顔の自分が映っている。その下にはやたらと大きなクッション。投げられた私を受け止めた柔らかい地面はこれだったらしい。
 現状を把握しようと必死な私の横で、クッションが大きく揺れる。驚き見遣れば眠るサヤカの姿。
「町田さん!」
 はっとして呼びかけると瞼がピクリと動いた。一拍置いて、ゆっくりと目覚めていく。
「ミチちゃん…?」
「…良かった」
 私は脱力し、噛み締めるように言った。
 良かった、彼女が無事に目を覚まして。不可解な出来事が続く中、一生目を覚まさない可能性もあった事に今更思い至り、身震いしてしまう。
「   。      」
 低い声が聞こえて、この事態の元凶の存在を思い出した。目を向ければ、愉快そうに笑っている。
 睨み付ける私の隣で、サヤカが声を上げた。
「誰、ですか…?」
「え?」
 素っ頓狂な声は私のものだった。
 サヤカの視線は彼に向いている。彼女が“阿部くん”と呼ぶその人に。二人は知り合いだったはずだ。それを「誰?」と口にするのはおかしい。という事はーー
「町田さん、阿部くんの事、覚えてないの…?」
 眠っている間に、記憶を失ってしまったという事か。けれど先程、サヤカは私の名前を口にした。彼に関する記憶だけ消えたのだろうか。
 恐る恐る問えば、返ってきたのはキョトンとした表情だった。
「え、阿部くん? あっ、そういえば阿部くんはどこに行ったの? というか、ここどこ? なんで私、眠ってたんだろう」
 私の予想は外れたらしい。尚更訳が分からなくなる。
「   。       」
「わあ! 日本語お上手ですね!」
「  、     。      」
「自動翻訳?」
「   」
「不思議な力? まるで魔法ですね」
 何やら談笑が始まってしまった。私には聞き取れない言語に平然と日本語で返すサヤカに、何とも言えない気持ちになる。
「あの、ここはどこなんでしょう? もう一人男の子がいたはずなんですけど、知りませんか?」
「    、    」
「手ですか? はい」
 胡散臭い笑顔で手を差し出す男に、彼女は何の躊躇いもなく近づこうとする。
「待って、町田さん! 駄目だよ!」
「え?」
「もう少し警戒してよ、ここに私達を連れてきたのは、あの男なんだよ?」
「そう、なの? でも、悪い人じゃなさそうだよ」
「見た目で判断しちゃ駄目だって! 私達は誘拐されたの!」
「  。     」
 すぐ後ろから声がした。振り向く前に、私の顔の横を白い手が通る。そして長い指先で、サヤカの額に触れた。
 頭で考えるよりも前に後ろを振り返った。恐らく殴るつもりだった手は、残念ながら空を切る。

「本当に物騒。君達を害する気はないんだよ」

 言葉が届いた。今まで知らない言語を発していた口から、私の知っている音がする。
「なんで、言葉が・・・・・・」
「分かる? 伝わった?」
 弾む声も身を乗り出す様も嬉しそうで、私は一歩後退る。自分だけが理解出来ない状況も恐ろしかったけれど、理解出来ても同じ気持ちになるとは思いもしなかった。
「君のお友達の頭をちょっと借りさせてもらったよ。ああ、でも安心して、害はないから。俺は君の言葉が分かるけど、君に伝わらないんじゃ話が出来ないだろう?」
 聞き取れるはずなのに内容が殆ど分からない。けれど聞き捨てならない部分もあって、慌ててサヤカを振り返った。
 先程触れられていた額は見た限りでは何ともないし、顔色も悪くない。もう一度気を失うなんて様子もなく、ぱちくりと瞬きをして「ミチちゃん?」なんて口にする。あまりに平然としていて言葉に詰まってしまった。
「さて、まずは自己紹介かな。と、その前に」
 彼がパチンと指を鳴らすと、突然目の前にテーブルが現れた。まるで元からそこにあったかのように、音もなく。
「すごい! どうなってるの? 手品?」
 目を輝かせて驚くサヤカに反して、私の恐怖は増していくばかりだった。種も仕掛けも隠せないような空間で手品なんて有り得ない。もし仮に手品だったとして、こんな状況でそれを披露する人間の気が知れない。
「それも含めて説明するから、どうぞ座って」
 言いながら、赤髪の男は三脚ある内の一つの椅子に腰掛ける。手元にまた音もなくティーポットとカップが現れ、横でサヤカがはしゃいでいる。
 怯えている私がおかしいのだろうか。無警戒に席に着くサヤカや、どれだけ睨み付けてもどこ吹く風な彼を見ていると、自分の考えが間違っているような気がしてくる。
「立ったままでも構わないけど、結構長くなるよ?」
 一瞬考えて、話を聞かない事には始まらないと席に着いた。出された紅茶には口を付けないと心に決めて。隣の彼女はもう飲んでしまったけれど、同じポットの紅茶を男が優雅に味わっているので問題はないと思いたい。
「それでは、まずは自己紹介から。俺はルアン。君達がいた世界とは別の世界のこの国で、魔法使いやってます」

ーーー第四話へ続くーーー

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